朝がくるまで待ってて

詩条夏葵

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11 それはホタルの光のような

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 暗闇の中、細い川のほとりで、ホタルの黄色っぽい光によって浮かび上がった玲司の顔は綺麗だった。
 一度跳ねた俺の心臓はなかなか落ち着いてくれず、そのあとは、ホタルよりも玲司のことが気になって仕方がなくなった。

 ホタルを見るふりをして、何度も何度もちらちらと玲司の顔を見た。
 まわりには他にも子供や大人がたくさんいたが、地元ではないため、知り合いはほとんどいない。
 駅で俺たちと待ち合わせてここまで車で連れてきてくれた親戚のおじさんは、まだ四歳だという自分の娘に手を引っ張られて、どこかに行ってしまっていた。

「志岐、ほら、オスとメスで、光り方が違うのがわかるか?」
 落ち着かない心地で手持ち無沙汰になっていたら、玲司の方から話しかけてきた。

『え……どれも同じに見えるけど』
『葉にとまってじっと光ってるのがメス。飛び回ってるのがオス。さらに言うと、明滅のスピードがゆっくりなのがメスで、速いのがオスだ』
『へぇー』
 みんな同じかと思っていたけど、そういう違いでオスとメスを見分けることができるのか。
 俺もちょっと好奇心がそそられた。

『……オスの方が、光ってる部分が大きくない?』
 じっと眺めていたら、俺もホタル一匹一匹の違いが気になってきた。
『そう。メスは発光器がひとつだけど、オスは発光器がふたつついてるんだ』

『光ってないやつもいるみたいだけど?』
『息を吹きかければ光るって本に書いてあったよ』
『ほんとに?』
 二人してしゃがみこんで、光っていないホタルが止まる葉に顔を寄せた。

 どちらか一方が息を吹きかければいい話だったのだが、気づいたら二人とも『せーの』と声を合わせて、同時に息を吹きかけていた。
 真っ黒だったホタルは見事に光り始めたが、いささか吹く力が強すぎたのか、驚いた様子で飛び去っていく。
 俺は玲司と顔を見合わせて笑っていた。


 ホタルは一晩中ずっと光りながら飛び回っているわけではないらしく、鑑賞会の開始から一時間もたてば、あたりを包んでいた光は徐々に減っていった。

『本日はお集まりいただき、ありがとうございました。いかがでしたか? 今では貴重になったホタルの……』
 館長のおじいさんのスピーチがはじまると、ようやく親戚のおじさんが俺と玲司のところに戻ってきた。
『そろそろ帰るか』
 おじさんの娘はもう、抱っこされた格好で眠っていた。まだ四歳なのだ。夜の九時近くまで外ではしゃいで眠くならないわけがない。

 今日はおじさんの家に泊まらせてもらって、明日の朝に、俺の親が車で迎えにくることになっていた。
 駐車場に向かう道すがら、俺はなんとなく玲司と手を繋いでいた。
 どうしてそうなったのかはよくわからない。
 あえて言うなら多分、見知らぬ土地で暗いなか歩かなければならないのが心細かったから。
それから、なんとなく仲良くなれたような気がして嬉しかったから。


 その日の夜は、なかなか寝付けなかった。
 常夜灯に照らされたおじさんの家の客間の天井を、ぼんやりといつまでも眺めていた。

 だけど不思議と、眠れないことに対する不快感はなかった。目蓋の裏に焼きついたホタルの光と、手に残ったぬくもりが高揚感をもたらしていたせいで、起きてはいるけど夢心地のような気分だったのである。

『ホタル、また見たいね』
 寝付けないのは玲司も同じだったらしく、ぼそりと話しかけられた。
『あれ、うちの家の庭では飼えないのかな? うちの家なら、小さいけど池もあるし……』

『ホタルは、綺麗な水がないと生きていけないんだ。ホタルを育てられる環境を作るのは難しいよ。それに、成虫になったホタルの寿命は、一週間から二週間って言われてる。がんばって育てても、すぐに死んでしまうんだよ』
『……セミとおんなじくらいしか生きられないの?』
『うん。そうだね。ホタルもセミも、成虫になったあとは食べ物はほとんど食べないらしいから、幼虫だった時に蓄えたエネルギーが尽きてしまうと死んでしまうんだよ』

『なんで食べないの?』
『口や消化機能が退化してしまうから食べられないんだよ。ホタルは水、セミは木の樹液しか口にできないんだ』
『変なの。人間は、大人の方が美味しそうなものばっかり食べてるのに』
『生き物としての造りが違うんだよ』
 大人びた口調で言う玲司だったが、顔を見たら、あくびをもらしている。

『志岐は明日、なにが食べたい?』
『えーと……お寿司!』
『あはは、いいね。お昼ご飯はうちで用意してくれるらしいから、明日の朝になったら、お寿司買っておいて、って母さんに連絡してみよう……』
 語尾はだいぶ小さな声になっていた。

 言い終わる前に玲司の目蓋は閉じていて、さっきまで難しいことを喋っていた口元からは、穏やかな寝息らしきものが聞こえてきた。
 寝顔はなんだか、可愛かった。
 わけもわからず、ドキドキした。

 俺は無理やり目を伏せて、そのわけのわからない感覚をごまかそうとした。
 そのあたりでようやく一日の疲れが襲ってきて、俺もまもなくして寝落ちていた。

 たぶん、その時からずっと玲司のことが好きだった。



「おまえはまだ成人にもなってなかっただろ。子供のうちに死ぬなよ、ばか……」
 懐かしく優しい思い出にひたっていたはずが、無性に悲しさがこみあげてきて、俺は誰もいない道の途中でしゃがみこんでいた。

 一週間かそこらしか生きられないホタルに比べれば、長生きできた方かもしれない。
 それでも、たった十七年だ。
 人生八十年と言われる今の時代の人間の平均寿命から考えると、あまりにも短すぎる。

「おまえが生きるには、この世界は汚すぎたのかな……」
 綺麗な水がないと生きられないというホタル。
 玲司はそんな儚いイメージとは結びつかないけど、どこにいてもいつだって光っているように見えたさまは、なんとなく似ているようにも思えた。

 今でも俺は、その光に焦がれ続けている。


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