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悪夢の女 2
しおりを挟む「こんなんどうだ?」
「さと、ぴんく、いやー」
睦月が選んだモスピンクのワンピースはお気に召さなかったらしい聡子。
可愛いと思うんだけどな。
少ししょんぼりとした睦月を賢が慰めた。
「聡子は黒とか赤とかはっきりした色が好きなんだよ、おじさん」
渋いな。いや、逆に派手なのか?
うむむと悩みつつ、真剣に服を選ぶ睦月。
通販と違い、物を手にして選ぶとなると地味に選択肢が増えて困る。
手触りとか質感とか。カタログにはないモノを感じてしまい、久々の買い物に戸惑う睦月だ。
「おいちゃん、さと、こえがいーっ」
「え? は? えぇっ?」
聡子が持ってきたのはサンタのコスプレ。それもミニスカサンタ。
帽子とセットのソレには、御丁寧なことに、ブーツに模したハイソックスもついている。
誰得だよ、コレっ! デザインした奴、でてこーいっ!!
見も知らぬ相手を脳内で毒づきながら、賢に手伝われていそいそ着替える聡子を、あわわわわっと狼狽えて見つめる睦月。
「かーいー?」
.....可愛い。さっきのは無しで。デザイナー、GJ!!
実際に着てみると見た目ほど派手ではなかった。
上にボレロでもはおらせたら、ちょいと気の利いたコスプレになりそうな上品さもある。
「でもなー。普段着を買いにきたんだけどなー」
少し悩んだ睦月だが、こうして試着をしてみれば、悪くはない的なモノも多いのかもしれない。
これもカタログでは分からない事だろう。
「あら、可愛い」
「良いわねー、お兄ちゃんとお揃いで」
はい?
道行くおばさま方の言葉に睦月が振り返ると、そこにもサンタコスプレな幼児がいた。
サンタのジャケットにサンタの半ズボン。
いや、半ズボンのサンタって、それこそ誰得よ。.....俺得かーっ!!
鼻血が出そうなほど良く似合う。斜にかまえたサンタ帽子が悩ましい賢君である。
二人並ぶと破壊力五割増し。
「.....買います。買わせていただきます」
ちゃっクレジットカードを出す睦月から、店員のお姉さんは、とても良い笑顔でカードを受け取った。
普段着は通販でも良いか。普段は買えない物を買おう。
目的が迷走しだした睦月を引っ張り、あちらこちらへと飛び回る兄妹。
しかし、いかにも楽しげなそれを、隠れて見守る怪しげな影がいた。
何で、あんなに楽しそうなのよーっ、あんた子供嫌いじゃなかったの、睦月!!
先ほど賢に撃退された女、遥である。
彼女は子供の頃から睦月が好きだった。歳をおうごとに柔らかく穏やかな少年に成長する睦月から眼が離せなかった。
線が細く整った美貌に、キツい眼差し。クールビューティーと噂する周りの女子らが知らない、睦月の優しい微笑みを遥は知っていた。
しかし、遥は睦月よりも五つも年上だ。相手にされる訳もない。
思い余った彼女は、睦月をたらしこもうと頑張った。
男性経験を積み、大人の女の魅力で落とそうと研鑽を積んだのだ。
だが、結果は玉砕。
睦月から冷ややかな白眼視を受ける結末に終わり、ならば死なば諸ともと、彼をレイプしたのである。
勃たない睦月に、自分の愛用していた道具を使った時。遥はえもいわれぬ興奮に満たされた。
苦悶に歪む睦月の顔。否応なしに勃ちあがる彼の一物。
これをさせているのが自分だと思うと、ゾクゾクする愉悦が彼女の背筋を這い上る。
もっと彼を支配したい。あられもなく泣き叫ばせ、許しをこわせてみたい。
睦月が賢に向けるような、どす黒い感情を遥も身の内に飼っていたのだ。
そこから彼女の行動はエスカレートしていく。
睦月が嫌がることを無理やりさせる心地好さ。遥を心の底から嫌悪しつつも、それでも彼女に屈服し、命令に従う睦月の姿が艶かしくて、わざと冷酷な事を命じ続けた。
遥が満足するまで口淫させたり、無理やり口を開けさせて、逃げ惑う舌を思う存分絡めてキスをしたり、それこそ、足の指全てを舌で舐め回させたり。
涙にけぶる睦月の屈辱に満ちた瞳が、すこぶる遥を興奮させる。
彼が完全に堕ちるまで、遥の幸せな調教は続くはずだったのだ。
高校を卒業して定職についたら自活し、レイプの写メで脅して睦月を飼う予定だった彼女だが、何故か両親にバレてその野望は潰えた。
その後は疎遠を通り越して絶縁的な付き合いとなり、両親も犯罪まがいを犯した娘と縁を切ったので、睦月の居所は全く掴めなかった。
それもそのはず。彼は一人山奥で隠遁生活をしていたのだから掴める訳もない。
今回の偶然がなくば、この先も掴めなかったことだろう。
待ってなさいよ、睦月っ! 今度こそ、あんたを繋いで飼ってみせるからっ!!
帰りに後をつけようと、遥は虎視眈々である。
だが、それに気づいている幼児が一人。
彼女の思惑は分からねど、そのギラついた眼差しで、だいたいのことは察していた。
あの女、おじさんをねらってるな。
すうっと眼をすがめ、賢は獣のように口角を不均等に歪めた。
「どうした? 賢」
「しっこ、少しトイレ行くね」
「一人で行けるか?」
「うんっ」
パタパタとトイレへ向かう賢。それを見て、遥は賢を追っていった。
個室に入ろうとした賢が扉を閉める前に、遥は扉の隙間へ足を入れる。
ぽやんと見上げる幼児を睨み付け、彼女は憤怒も顕に口を開いた。
「ちょっと、さっきはよくもやってくれたわね?」
「あ、へんたいのおばさん」
「おばさんじゃないっ!!」
反論すべきなのはそっちなのか。
遥の荒らげた声に気づいた何人かの男性がトイレを覗きにきた。
それに曖昧な笑みを返し、彼女は素知らぬ振りで賢に話しかける。
「さ、早く済ませちゃいなさい」
ああ、母親か。
そんな安堵を浮かべた男性らの前で、賢は個室から逃げ出し涙目で泣き喚いた。
「しらないおばさんだよぅぅっ、たすけてぇっ!!」
「「なっ?!」」
遥と男性らが異口同音を口にする。
「幼児狙いの変態かっ! 誰か店員を呼んでくれっ!」
わぁわぁと大騒ぎになり、慌てて駆けつけた睦月は、遥を見て唖然とする。
「お前..... こんな子供にまで? 俺が言うのもなんだが、頭おかしいぞ?」
「なっっ、女にも男にも勃たない不能に言われたくないわっ!!」
周囲がぎょっと眼を見張る。
だが睦月は狼狽えず、淡々と言葉を紡いだ。
「それがどうした? 誰の迷惑にもなっていないだろう? 相手の同意もなく蹂躙するより、よっぽどマシだ。しかも、こんな子供を襲おうとするなんて。.....呆れたよ」
盛大な、おまゆうにも見えるが、賢と睦月は合意だし、何より愛がある。
そのため睦月の脳内では、無理強いにカウントされていない。
酷薄な冷笑を浮かべ、睦月は賢を抱き上げる。
何事もなかったかのように背を向けた睦月に、遥は憤り、嘲笑うかの如く叫んだ。
「はっ、あたしに良いように遊ばれてたくせに.....」
そこまで口にした遥だが、二の句は継げず、思わず喉を凍らせる。
振り返った睦月の眼に宿る極寒の光が、それを封じ込めた。
「それ以上口にするなら、覚悟はあるんだろうな? お前、罰金忘れてないか?」
はっと遥は両手で口を押さえる。
睦月を性的虐待し、売春もどきまでさせていた彼女が実刑を受けなかったのは、ひとえに彼が事実を隠したかったからだ。
その代わりに交わされた誓約で、いかなる理由があろうとも、この事件が外部に漏れた場合、遥は多大な罰金を慰謝料として睦月に支払わなければならない事になっている。
「..........」
黙り込んだ遥に溜飲を下ろし、念のため警備員に彼女を拘束してもらって、三人は帰路についた。
「悪かったな、賢。怖かっただろう?」
車の中で、睦月は賢に謝罪する。
「おじさんのせいじゃないよ。あの女がバカなんだよ」
ほんと。かんたんに引っかかつてくれて、良かった。
賢は、わざと一人になり、遥を誘きだしたのだ。そして、被害者を装い、社会的に貶めようとした。
小さい子供を虐めるのは犯罪なのだ。警察に捕まるのだと、賢は睦月から教わっていたから。
その状態を意図的に作り上げただけ。これが本当に悪いことなら、後は勝手に周りの大人が大事にしてくれるだろうと思っていた。
五歳児とは思えない狡猾さ。
そして、ふと賢は睦月の苦々しい顔に気づく。
何とも言えぬ怒りや口惜しさの同衾する憤怒の面差し。
普段、優しくて穏やかな彼が滅多に見せない顔である。
あの女が引き出した特別な睦月の表情に、賢は腹の奥がモヤモヤした。
「おじさん、かえったら、かわいがってね」
いきなり艶っぽい事を言われ、睦月の眼が真ん丸に見開いた。
それに、くふりと可愛らしい笑みを浮かべ、賢は、ちゅっと唇を尖らせる。
そのあまりの愛らしさに、思わず睦月の瞳が蕩けた。
「ああ、何をしようか。楽しみだね」
賢色に染まった睦月の淫猥な瞳。それに満足して、賢は窓の外を眺める。
もう、まちはいいや。おでかけして、おじさんをねらわれたら、こまるもの。
.....おじさんは、僕のものなんだから。
ニタリと笑う小悪魔は、今日も大切な人を独り占め出来る調教に胸を踊らせる。
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