耽溺の森 〜だから僕らは森から出ない〜

一 千之助

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 耽溺の森 8

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「……四肢を落とされた時点で早世は決まっていたんだ。敦がいたからこそ、ここまで生きられたし、子供にも恵まれた。運が悪かったとは思うが、悪い中でも幸せだったんじゃないかと思うよ?」

 窶れ果てた少年の髪を撫でながら、ドゥエルはナズナを心から呪う。

 アツシまで連れていくなよ。ねぇ? 私を恨んでるのかい?

 そう。最後の出産でナズナが命を落としたのはドゥエルの仕業だった。八人もの子供がいれば十分と、彼は雑な後産をし、わざと大出血を引き起こしたのである。
 優秀な魔術師であり錬金術師でもある彼には容易いこと。治癒も薬も間に合わなかった振りを装い、事故に見せかけて彼女を殺した。
 しかし、それが原因でアツシが寝込むとは思わなかった。まさか、これほど精神的に脆いとは。
 ドゥエルにとってナズナは玩具であると同時に忌々しい邪魔者だった。敦の意識を僅かにでも奪う彼女が大嫌いだった。廃棄するのに躊躇はない。敦を依存させるためだけに生かしていたに過ぎないゴミだ。
 子供らも生まれ、もはやナズナは用済み。敦の気持ちも子供に向いている。やるなら今だと思った。

 ……なのに、結果は最悪へと転ぶ。自分には分からない絆が二人にはあったのかもしれない。でなくば、これほど敦が弱るわけはないのだ。
 恨まれても仕方のないことをした自覚があるゆえの呪詛。口に上らせられないことを脳裏に描きつつ、ドゥエルは敦を親身に看病した。

 彼の想像は当たっている。シークレットの守護者として初精を吸収した敦は、ナズナと一心同体。彼女がいなくば生きて行けないよう繋がれていたのをドゥエルは知らなかった。
 だが心残りが敦を生かす。小さな子供達の存在が、敦の命を現在に繋ぎとめた。か細い執着を糧に、敦は細く長く生きていく。





「みんな元気にしてるよ? たまには見にいかないかい?」

 寝たきりになって動けない敦を抱き上げ、ドゥエルは外の空気を吸わせる。そして他愛もない話をした。
 今日は子供らが畑を手伝ってくれたとか、上の子と下の子が取っ組み合いの喧嘩をしたとか。日々の何気ない風景が浮かぶ話を。

「そう。世話をかけるね、御主人様」

 折れそうなほど窶れ、変り果てた姿の敦。あらゆる治療を試みたが、快方には向かわなかった。エリクサーすら効かない、例の石も効果がない。
 こんな彼を抱く気になどなれず、腕の中で看取りはしたいが、それより一日でも長く生きて欲しいと彼は切実に祈っていた。

 ……前に聞いたヨボヨボって、こんな感じなのかな。知らないって恐ろしいよ。怖くて抱けないよ、こんな状態じゃあ。絶対に死なせちゃうじゃない。

 八方塞がりなドゥエルは、未だに主従関係を続ける敦に切れるような切なさを感じる。
 自分がそのようにしたのだ。なのに心臓が破れそうなほど痛む。身勝手にも程があるとは思うが、それが彼の正直な気持ちだった。そしてソレはドゥエルの口をつく。

「……ここでは必要ない呼び方だね。ドゥエルと呼ぶことを許すよ」

 いや、呼んで欲しい。命令するのは簡単だ。だが、そうではない。敦、自ら口にして欲しいのだ。

「…………」

 自分を抱くドゥエルを見上げて、敦は初めて見る彼の表情に目を見張った。
 そこにいる彼は、苦悶とも恥じらいともつかぬ不可思議な顔で唇を噛み締めている。
 
「………呼んで?」

 今にも泣き出しそうなドゥエルの瞳。微かに揺れる脆い光を見て、敦は胸が高鳴るのを止められない。

 なぜだろう。ドキドキするよ?

 敦は早鐘を打つ心臓に狼狽えながらも、彼の名を呼んだ。

「ドゥエル……?」
 
 途端に綻ぶドゥエルの満面の笑み。そして、いつものように飄々と彼は憎まれ口を叩いた。

「なんで疑問系なのさ。ホントに君って可愛いよね」

 知らず知らず口元が緩み、二人は声をあげて笑う。それを聞きつけた子供らが集まってきて、いきなり賑やかになった中庭。

「ドゥエル父さん? えっ? あ、父ちゃんもいるっ! おーい、みんなぁーっ!」

 わちゃわちゃして走り去るのは長男のアユム。それを唖然と見送り、敦はドゥエルを振り返った。

「ドゥエル父さん…って? 呼ばせてるの?」

「私の子供にするって約束したよね? 当然だよね?」

 もにょもにょと口籠るドゥエル。こんな彼を見るのも敦は初めてだった。そして気づく己の恋心。彼になら何をされても良い。彼が歓ぶ顔が見たい。淫猥なドゥエルの瞳に嬉しさを感じるようになったのは、いつだったか。もはや思い出せないくらい前に思う。

 ……鈍感にも程があるよなぁ。僕。

 そして今のドゥエルから感じられる歯がゆさ。何かを伝えたげな彼が、自身の名前を敦に呼ばせる意味は一つしか浮かばない。
 
「……ドゥエルに出逢えて幸せだったよ? 僕らを助けてくれて。ありがとうね」

「ああ。まだ、これからだ。子供ら小さいんだから、早く良くなって手伝ってくれよ?」

 ふふっと笑う二人。初めて通わす御互いの気持ち。面映ゆく擽ったいその気持ちが、なんという名前なのか知らない二人ではない。

 この様子なら大丈夫。きっと良くなる。

 そう思うドゥエルの希望的観測を余所に、敦の症状は悪化し、数日後、床に着いたまま儚くなった。

 安心してしまったのだ。子供らは大丈夫だと。そんな淡い気の緩みをシークレットとの絆は見逃してくれなかった。

 敦のためを思ってやったことが、その寿命を縮めてしまうことになるなど、思いもよらなかったドゥエルである。





「………またな」

 ドゥエルの家の裏手に造られた敦の墓。そこに花を手向け、彼は子供達と敦を見送った。その墓石にはオレンジ色の鉱石が埋め込まれている。
 以前にナズナが出した溶岩のような精の塊だ。灼熱のソレはシリンジの中で冷えて固まり、円柱の宝石のように煌めいている。

 これが何なのか、長く調べてみたドゥエルだが、結局、治癒力以外は解明に至らなかった。

「父ちゃん……」

 ドゥエルと共に並ぶ子供達。
 最初に生まれた双子は今年で十三歳。末の子供は四歳。まだまだ親の庇護が必要な年齢である。

「安心しろ。今までどおり私がお前らを育ててやるから。そう約束したんだよ、敦と。……じっくり可愛がってやるよ」

 ギラリと光る情欲にまみれた淫猥な眼。

 双子は大きくなり、出逢ったころの敦にそっくりだった。他の子供らもどことなく敦の面影がある。むろん、ナズナのも。
 
 ああ、可愛がってやるさ。敦のように念入りにね。

 この深い森が彼等の世界の全て。

 ドゥエルは病的な執着を子供らにスライドさせ、耽溺の森の宴は終わらない。今日も泣き叫ぶ誰かの声が、昏い木陰の闇に呑まれる異世界の森だった。

                 ~了~





~あとがき~

 ここまで読了、ありがとうございます。

 異世界に迷い込んだ薄幸の少年、敦の物語は、これにて終幕。
 この後、敦の子供達とドゥエルの物語が始まります。妄執にも近い愛情を敦に捧げていたドゥエル。その愛情を一心に受ける子供達の話です。
 少し御時間を頂いてから投稿する予定です。

 これまでのタグに加えてショタや近親相姦も混じります。御注意を。

 既読、ありがとうございました。
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