仔犬拾いました 〜だから、何でも言えってのっ!〜

一 千之助

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 誤解でした

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「ば……っかじゃないのか、お前ぇぇぇーーーっ!!」

「悪かったな。初めての結婚なんだ。夢を見たって良かろうがよ」

 開いた口が塞がらず、眼を剥いて叫ぶトニーと、それがどうした? とまでに踏ん反り返る豪。

「……結婚?」

 仔犬は、子犬でまた、本来問題にすべき部分と別なところに驚愕していた。

 トニーに詰め寄られ、豪がしぶしぶ白状した企み。

 風月が叔父に狙われたのを皮切りに、少年の親に金を貸していた親族が、風月に支払わせようと群がってきたという。
 そのため、裁判を起こして風月の監護権を豪から奪い取ろうとしたとか。
 後見人の交代は基本的に不可能。だがそれは、他人から他人への場合だ。血の繋がった親族である彼らは、風月の親権を得ることが可能。その場合、後見人はお払い箱となる。
 豪が後見人に名乗りを上げた時、親戚らは一度、後見人を断わり風月を放棄した。
 金を返して欲しいのは山々だが、それより未成年を養い育てる方が大変だし金がかかる。しかも風月個人にも借金があって、それが高額と説明され、誰もが蜘蛛の子をちらすがごとく逃げ出したのだ。

 なのに風月の後見人となった豪が金持ちで、風月の借金も消えていると知った親族らは、色気を出してくる。こちらの借金も精算してもらえないかと。
 豪は、風月の借金だから精算したのだ。その両親の借財まで贖う気はないと、けんもほろろに一蹴した。
 それを逆恨みし、彼らは親権取得の裁判を起こすと豪を脅した。
 これは法的に可能で、他人より親族が優先される司法の世知辛さ。
 だが裁判とは金がかかるモノ。脅しただけで動きはしなかった親戚達だが、いつ何時、また馬鹿なことを考えるか知れたものではない。

「それで……法的に風月を俺の配偶者にしようと考えたんだよ」

 実際のところ、未成年に後見人が必要な場合は限られる。管理すべき財産があるとか、継続的な治療が必要な持病があるとか、後見人が適用されるのは何かしら大人の手助けが必要な子供のみ。
 借金持ちだったせいでそれがあてはまり、豪は風月の後見人になれた。
 だがそれでは風月を守るのに弱いことが判明し、次には、別の意味でも危ない目に遭う風月。
 現金の強奪、恐喝、カード不正使用の教唆。ずらっと並んだ罪状も、犯人が未成年だったのと、どれも未遂だったため、結局、厳重注意だけで終わってしまった。
 後見人には親と同じ義務と権利があるが、やはりここでも立場は弱かった。
 激昂して厳罰を望んだ豪の声は、大事にしたくないと必死に頭を下げる犯人の親の声より軽んじられてしまったのだ。

 この先、何度こんな悔しい思いをせねばならないのか。

「……それで、本人にも知らせず結婚に持ち込むつもりだったと?」

「……知るも何も、こいつから告白してきたんだから。否やがあるなんて思いもしなかったさ」

 本当は、式当日に伝えてサプライズにしたかったのにと苦虫を噛み潰したような顔の豪を見上げて、風月は狼狽える。

「僕が告白……? いつ?」

「青柳とかいう奴らに恐喝されてた時。お前、俺に言ったんだぞ? 俺のことを大好きって。一緒に暮らせなくなりそうで怖かったって…… 覚えてなさげだけどな」

 思いもよらぬ説明を耳にして、風月は己の口走ったらしいアレコレに赤面した。

 ……えっ? そんなことを? えっ? えっ?

 真っ赤な顔で放心する風月を微笑ましく見つめ、トニーは核心を尋ねる。

「ん~? まあ、そういった行動に至った経緯は分かったよ。で、プレイってのは? そこらだろ? この子が誤解してんのは」

「そこが俺にも分かんねぇんだよ。毎週末、とかく念入りに可愛がっていたんだ。好きだとも、愛してるとも伝えて、いざ、こいつを抱いた時、痛い思いをしないように、慎重に慣らしてきただけでな?」

 ……慣らし?

 風月は二人の会話に耳を欹てた。

「……ふうん? ま、慣らしは大切だよね。初めてなら特に。……にしても、それだけ? 三年間、ずっと慣らしてただけ?」

「……んだよ、しゃーないだろうが。金払ってんだぞ? 初めてが売春で終わるなんて可哀想過ぎだろ? だから身綺麗になって、何の気兼ねもなくなってから抱いてやりたかったんだ」

「紫の上計画か。ある意味、羨ましいね。……となると、どこで誤解されたんだ? フーガ、これを聞いてどう思…… フーガっ?!」

 赤裸々な告白の数々に悶絶し、風月は茹でダコみたいに真っ赤な顔で床に突っ伏していた。

「……すいません、すいません、邪なのは僕でした。いや、僕の閲覧していたサイトでした。豪さん、まったく悪くないぃぃ……」

 ごめんなさい、ごめんなさいと呟く仔犬。

 身を縮めてぷるぷる震える風月があまりに愛らしく、身を仰け反らせて固まった豪を置き去りにし、トニーが詳しい話を聞いた。



「あ~、これか」

「ん~っ、コアなサイトだね?」

 風月に聞いて開いたサイトは、御主人様の集まるSMクラブ。そこには数多な人々が書き込みをしており、どんな躾けをしたか、どんなプレイをしたかなど、事細かに記されている。
 その各プレイの説明なども載っており、初心者にも親切設計なサイトだった。

「豪さんにされたことをここで確認してて…… どう反応したら良いのか聞いたりしてたんです。豪さん、僕のこと仔犬って呼んでたでしょ? ……だから。……その。……立派な雌犬になったら、捨てられないかなって………」

 ……そんな言葉をどこで覚えたぁぁーーっ! ……いや、このサイトでかっ! たしかに、そんなことを考えたこともあったけど、ほんの少しの間だけだぞ? 玩具や道具も使ったが、それは、お前が悦んでたからで、そんで俺も興奮しちゃって……… あーーーっ、アレも、ここで学んだ反応かっ!! うわあぁーーーっ!!

 最初はそのつもりだった豪は反論する術を持たない。顔面蒼白で立ち竦むしかなく、それを冷ややかに一瞥するトニーから、再びガトリング砲のごとくダメ出しをくらった。

「はあ~ん? そういうプレイをしてたんだ? させてたんだ? そりゃあ誤解もするわ。しかも大枚渡してたんでしょ? 見ただけで分かるよ、この子真面目そうだし。必死に応えようしていたんだろうねぇ?」

「いやっ! たしかに最初はなっ? でも、雌犬になんて思ってねえってっ!!」

「……でも、躾けだって。豪さんが言ってたから。お尻叩くのはスパンキングっていうプレイでしょ? ローションも使ってたし、ああいうので豪さん、興奮するんでしょ?」

 ……言い訳出来ねえぇぇーーっ!!

「タケシ…… 君ねぇ……」

「うわああぁぁっ! 認めるっ! そういう性癖があるのは認めるっ!! けど、俺は風月を雌犬にしたいなんて思ってないからっ!」

 そこで、ようよう豪も己のお粗末さに気がついた。

 このサイトを閲覧して学んでいた風月は、豪に気に入られようと、わざわざ淫らに佳がり遊ばれたのだ。それを少年が悦んでいると勘違いした豪が、遊びのグレードを上げていった結果、このような誤解を生んでしまった。

 ……噛み合ってなかったわけだよっ!! コイツは必死に我慢して付き合ってくれていたに過ぎない。そんな躾けと思われるようなプレイの数々に……っ

 豪が遊び人で、下手に爛れた遊びを熟知していたのも仇になる。豪にとっては何の抵抗もない興奮するためだけのプレイは、無垢な仔犬にとって未知の快楽。
 それを詳しく知りたいと思うのも人情だし、それを詳しく教えてくれるネット環境。
 その全てがまるで悪意を持つかのように、見事最悪へと噛み合った。

 何でも知っていた豪と、何も知らなかった風月。
  
 横たわる無常な温度差に、お互い全く気づかなかったのだ。

「……昔の君、お盛んだったもんねぇ? フーガとは見解も常識も違ったわけだ。あの勢いで責められたうえ、このサイトを見たんなら、そりゃ愛玩調教されてると思うわ。好きも愛してるも、言葉責めの一種としか聞こえなかっただろうねぇ?」

 冷淡なトニーの的確な分析。

 それに瀕死になりつつ、口も聞けないほど悄然とする大の男を、風月が不思議そうに見つめていた。
 
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