聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助

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 外を知る王女 5

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「デザアト…… その……な? バルバロッサは、ただの家庭教師だ。そのように王女がすがってはいかん」  

「そうだぞ? はしたない。そんな奴より、俺達の方が、そなたの役に立つはずだ」

 前のめりになって、アレコレ宣う王子達を据えた目で一瞥し、デザアトと鷹揚のない声で吐き捨てた。

「はあ? 役に立つ? どうやって?」

 思わぬ台詞を耳にし、兄達は言葉を詰まらせる。

「どうやって……って。その……」

 しどろもどろな二人を呆れたかのように見つめ、彼女の口は止まらなくなった。

「今まで何もしてこなかったどころが、アタシを虐げまくってきた人間に何を期待しろと? 寝言は寝てからほざけよ」

 辛辣極まりない妹の言葉。

「い、今までしてこなかったからこそっ! その…… 今からしてやりたいと思っているんだよ。何か望みがあれば何でも……」

「黙れよ…… 虫唾が走るわ」

 ぎろっと眼球だけを動かして、デザアトは世迷い言を口にする兄達を黙らせた。

「これまでが全てだ。これから? そんなもん信用出来るものか。アタシが何の役にも立たなかったら、アンタ達だって変わらなかっただろう? なあ? アタシが聖女とやらになったから、そうやっておべっか言ってんだよな?」

 悪し様な悪態をつかれながら、王子達は、この半年で随分と成長したものだと、明後日な方に感慨を深める。

「もし聖女でなかったら、アンタ達は、今も王宮の地下で残飯を食う生活をアタシにさせてたんだろ? なにしろ忘れていたらしいしな、アタシのこと。そんな人間の何を信用しろと? なあ? 答えてみろよ」

「「………………………」」

 返す言葉もない兄達ーズ。

「打算のみの関係だ。馴れ合いは要らないよな? どうして、それを望むんだ? 侍女らみたいに、アタシに一服盛りたいのか?」

「そんなんじゃ……っ」

「なら放っておけ。周りが敵だらけなことは自覚している。王女としての振る舞いや責務もバルやスティが教えてくれた。まだまだ勉強中だが、やれることはやろうと思う。だから、アタシのことは放っておいて」

 蛇蝎を見るがごときデザアトの顔。それに項垂れて、兄達は黙り込んだ。
 しかし、そこでスウフィスが言い募る。

「……俺達は仕方ない。自業自得だ。けど、エーデルは。弟は何も知らなかったんだ。そなたのことも、母上のことも。だから、エーデルとくらいは仲良くやってくれまいか。妹がいたと知って、末っ子だったあいつはすごく喜んでいたのだ」

 それを耳にして、バルバロッサも付け足す。

「事実です。兄殿下らにスポイルされてお育ちになったエーデル様は、何も知らされておりません」

「……ふうん。知れる立ち場にありながら、知ろうともしなかったんだな。自ら動くこともしない木偶の坊か? あいつは」

 これまた辛辣な妹の分析。兄貴ーズは驚きで見開いた眼が元に戻らない。

 ……なんという。本当に、何の教育も受けておらずに手掴みのような食事をして、感情の起伏も全くなかった、あのデザアトなのか? 

 半年前の散々な晩餐を脳裏に浮かべ、今の見違えるような妹を見つめるガイロックとスウフィス。

 彼女の言う通りだ。エーデルは研究肌で大人しく、兄らの指示待ちな所がある。末っ子だし、それで十分なのだが、周りの悪意に疎く、やや鈍感。
 王宮で公然と噂される幽閉された王女の存在に気づきもしなかったことは、ある意味木偶の坊とも言えるだろう。

 妹の的を射た的確な分析に絶句する二人。

 それを密かに眺めて、バルバロッサは昏い愉悦を胸に湧かせる。

 何でも思うがままに与えられて育った弟殿下は、甘やかされた分、そういった人の機微を察せれない。飢えを知らぬエーデルは、デザアトを理解出来ない。
 なのに、妹だからと無条件で愛そうとする。それが当たり前だと思っている。
 そうしてデザアトにも愛されると。仲睦まじい兄妹になれると夢見てる分、兄殿下らより愚かだ。

 色々学び、理解し始めたデザアトにとって、エーデルこそが一番嫌悪の対象である。
 知らなかったから仕方ないという理屈は、当事者の吐く台詞ではなかった。知らなくてごめんなさいなんて言おうものなら、バルバロッサは逆鱗を逆立てて罵る自信がある。
 今のデザアト同様、ならば放っておけと。近寄るなと。全力で吐き捨ててやりたい。

 ……知らないままであった方が幸せでしたのにね。私だって同じだ。噂は知っていたのに深入りせず、公費があてられているから王女殿下は、ちゃんとした暮らしをなさっているだろうと漠然と考えていた。

 深く憂えるバルバロッサをチラ見し、デザアトは嬉しげに頬を緩める。きっと彼は自分のことを考えているのだろうと。
 家庭教師となった彼は、必死にデザアトを庇護してくれた。なるべく王家と関わらぬように、王子達の前に立ちはだかり、矢面を担ってくれた。
 これまでのデザアトの境遇を放置してしまった罪悪感だろう。彼から底なしな愛情を注がれるたび、デザアトはそう感じる。

 ……バルは何も悪くないのにな。

 当事者でないバルバロッサだ。それでも仕方ない。彼が王家の内情を詮索して物申すなど出来るわけがない。
 調べることも、物申せる立場でもあったのに、何もしなかったエーデルとは違う。

 ようよう感情らしいモノが芽生えた彼女は、無償の愛情という存在を知った。
 バルバロッサやスチュワードが惜しみなく与えてくれる慈愛を。初めて知ったソレは、心地好く彼女の中に染み渡る。
 
 ……それと比べて。二言目には聖女としてだの、王女としてだのと、グチグチ言うこの二人は。アタシを利用することしか考えてないんだよな。

 時の権力者である二人が純粋な好意をデザアトに向けるわけはない。
 王宮の地下で朽ちていけと虐待し、忘れ去った二人だ。どんなに言葉に尽くして謝罪しようとも、その事実は変わらない。
 デザアトが聖女として覚醒しなくば、この二人の思い通り、彼女は地下で朽ち果てていただろう。かなり高い確率で。
 
 学びとは両刃の剣。あのままであったなら知りもしなかった現実を、デザアトは知ってしまった。

 そして、あらゆる感情も。

 普段はバルバロッサらに囲まれて忘れているデザアトだが、こうして眼の前に二人が現れれば厭でも思いだしてしまう。
 こいつらが妹を殺そうとしていたことを。しかも、それを綺麗さっぱり忘れていたことも。

 ……ならば、アタシも忘れてやる。貴族も民も、この国の全てを。なにもなかも忘れて、離宮にこもってやるわ。

 基本がケダモノなデザアトは、そういった割り切り方が早い。早いと言うか、心の底からどうでも良く、押し付けられた諸々に煩わしさしか感じない。覚えておく価値もないと思っている。

 ……離宮に戻りたいな。ここは面倒臭過ぎるよ。バルやスティと御茶したいな。

 ふう……っと脳内でだけ呟いたつもりのデザアト。
 だがそれは、彼女の口からもまろびていて、兄二人にトドメを刺した。
 
「面倒臭いって…… 仮にも王族の身でありながら」

 思わず非難めいたことを口にするスウフィス。

 それに速攻でカウンターを返すバルバロッサ。

「王女殿下が王族であったことが、過去に一度たりとでもありましたか? そのような待遇を受けたことが? 王族としての権利全てを奪い、人としての権利すら与えず虐待しておいて、言える言葉ですか? それはっ!」

 痛恨の一撃を食らい、押し黙る第二王子。

 そんないつもの光景に、デザアトは至福を感じる。これが幸せなのだと彼女は忠犬な従者二人から、行動と態度で教わった。
 守られる温かさ。何とも言えぬ擽ったい感じ。過去に誰も与えてくれなかった嬉しい気持ち。

 ……ああ、良いな。こんな暮らしが、ずっと続いたら良い。

 微笑むデザアトの視界には、ガトリング砲のごとく毒舌を吐きまくるバルバロッサがいる。

 険悪極まりない双方を余所に、日々悪くなる国の情勢が、じきに爆発して襲いかかる未来を、今の王子や家庭教師達は知らない。
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