聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助

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 外を知る王女 4

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「どういうことだっ?!」

「どうとは?」

 御茶会が終わり、兄王子達に呼び出されたバルバロッサは、激昂する王太子に凄まじい眼差しで睨みつけられた。

「デザアトが呪いをかけたと、貴族らが怯えていたぞ? いったい、何をした?」

 うんざりと天井を仰ぎ、バルバロッサは起きた出来事を詳らかにする。

「呪いなどかけてはおりません。涸れてしまえとおっしゃっただけでございます」

「は…?」

 思わず惚ける兄貴ーズ。それに嘆息して、家庭教師は説明を続けた。

 暗澹たる領地に聖女の祝福をと欲した加害者家族を、ばっさり斬り捨てたこと。彼女は悪意も何もなく、ただ思ったことを口にしただけなこと。そして、そうされて当たり前な家だとういうことも、バルバロッサはきっちり付け加える。

「聖女様を長々と虐待してきた者の生家です。祝福を望める立場ではないでしょう? 烏滸がましい。放置されて当たり前ではないですか」

「それは…… ……そうかもしれないが」

 聖女は国の安寧を望み、祈る生き物なはずだ。そうして各国は回っていた。そのために聖女を慈しみ、下にも置かない待遇を与える王家。稀有な聖女を尊び、敬う国民。
 自分を大切に大切にしてくれる王家や国に感謝し、聖女は惜しみない慈悲をもたらしてくれる。
 その大前提が最初から瓦解しているデザアトには、国に対する愛着もなくば、民に寄せる情もない。ただ淡々と日々を過ごすだけ。

 むしろ恨まれていて当たり前の、前途多難な袋小路。

「労られたことがないのに、労りを知ってるわけがないでしょう? なにそれ、美味しいの? と聞き返されて終わりですよ。家族の情も知らないのに、赤の他人に持つ情なんてありゃしません。国民なんてなおさらです。彼女にとっては心の底からどうでも良い存在に過ぎません」

 国という概念すら持ち合わせていないのだとバルバロッサに説明されて、真っ青な顔を真っ白に変える兄達。

「国どころが街すら理解しておりませんね。王宮と、その片隅の離宮。今、彼女が理解できているのは、その辺りです。だから離宮が自分の棲家と思っていて、あんなに祝福を溢れさせております」

 他人事のように淡々と語られる絶望的な内容。

 人間の十五年を奪った代償を、ようやく王子達も理解し始めた。それも、情緒や感覚を養うべき一番大切な幼少期をだ。そのしっぺ返しは途方もなく昏い未来を三人に予想させる。
 祝福は成されないと。この国の困窮は、このまま続いていくのだと。

 深く項垂れた王子達を見て、胸の空く思いでバルバロッサは微かに嗤った。

 



「貴殿にもお見せしたかったですよ。王子達の、あの顔を」

「是非見てみたかったですな。……が、そうなると、事が進むのも早くなりましょう」

「……ですね。ああいった権力者の考えることは、古今東西、同じですから」

 にやりと悪びた笑みで視線を交わす家庭教師と護衛騎士。

 そんな彼等の思う通り、デザアトが聖女として役にたたないのだと理解した王太子は、苦悶に頭を悩ませていた。



「……これからか? まだ我々に努力する余地はあろうか?」

「……するしかないだろう? 一度聖女が定められたら、五十年は新たな聖女は生まれない。心を通わす誰かを見つけてしまったら、それこそさらに長く聖女の祝福が失われる。父上の長患いの二の舞いは御免だ」
 
「今のデザアトの幸せは、離宮のみなのですよね? もっと頻繁に交流を持って、我々や外の世界に関心を持ってもらうのはどうでしょうか?」

 末っ子のエーデルの出した案が、一番現実的だろう。王宮は、どう足掻いてもデザアトの好意を得られない。それは御茶会ではっきりした。
 王侯貴族は、デザアトにとって忌むべき相手。祝福どころが、一片の情すら期待は出来ない。
 ならばもっと広い世界、街や民に触れてもらい、漠然とでも良いから興味を引かれて欲しかった。
 誰それの領地だからという区切りも今の彼女にはないだろう。それを逆手に取って、無辜の民を慈しむように誘導したい。
 そして民にかけられる彼女の情が、それぞれの土地を潤してくれるように。

「あとは…… 我々も。ほんの少しでもデザアトに寄り添わせてもらえたら」

「…………そうだな」

 今になって雪崩のごとき後悔に溺れる兄貴ーズ。

 母親に瓜二つな妹に冷たくされるのが、これほど堪えるとは思ってもみなかった。あんなに、妹という存在が愛おしいものだとは知りもしなかった。
 虫けらを見るような彼女の眼差しで心がひきつれる。まるで蝋燭の焔に炙られるかのようなじわじわした痛みが三人の胸を襲った。

 全ては手遅れであるとも知らずに。





「最近、お茶会の招待や面会の申込みが増えておりますね」

「……増えてというか、押しつけてというか。これはもはや悲鳴に近いですな」

 丁寧な文面から感じる、助けて助けてという悲痛な叫び。鬼気迫るほどのソレに、家庭教師と護衛はうんざり顔を見合わせた。
 そんな益体もない手紙だけでなく、最近は王宮からの招喚も多い。くだらない物は一蹴するバルバロッサだが、中には無下に出来ない物もある。

「……孤児院への慰問。まあ妥当な公務でしょうか?」

「今までの冷遇を思えば、公務なぞする必要はありませんがな」

 少なくとも十年はデザアトを敬い、崇め奉ってくれなくては腹の虫がおさまらない忠犬二匹。

「でも、デザアト様も、そろそろ人に触れるべき時期でしょう。変に警戒させる貴族らより、子供達から始めるのは悪いことでないと私は思いますね」

 無邪気=害意がないというスチュワードの素朴な図式。それに眼を細め、バルバロッサは腹黒い笑みを刷いた。

 ……子供ぐらい愚直で残酷な生き物もいないんですがね。

 知らないというのは無敵だ。過去のデザアトがそうであったように、無知は口さがをなくさせる。素直な無疑問で、大人を奈落に突き落とし現実を直視しさせる。
 でもそれもまた経験かと、バルバロッサはデザアトに話を持っていった。



「バルがそういうなら、私はかまわないぞ?」

「………………………………」

 ほにゃりと柔らかく笑う王女殿下。彼女から全幅の信頼を向けられ、家庭教師は感無量である。

 ……ああ、お守りします。何があろうと、たとえ大人気なかろうと、子供らが貴女を傷つけるようなことがあれば、全力で蹴散らします。

 こうして決まった孤児院の慰問。

 話を詰めるべく王宮で文官らと相談しているところに、なぜかやってくる兄貴ーズ。

「公務を引き受けてくれたらしいな。感謝するよ」

 断りもなくソファーに座るガイロックやスウフィスに鼻白みつつも、バルバロッサはデザアトの横で文官と相談を進めた。

「こういう時は…… どうすべきなのだ? バル」

 ……バル?

 愛称で呼ばれているらしい家庭教師に、兄貴達の辛辣な眼差しが向けられる。

「そうですね。とりあえず挨拶だけは必要かと」

「そうか。ごきげんよう、王太子殿下。第二王子殿下」

「……ああ」

「……………」

 前は兄上様とも呼ばれていたのに、すっかり様変わりした妹は、そう呼ばなくなった。正しい呼び方ではあるのだが、以前よりもお互いの溝が深まった気がして、なんとなく落ち着かない兄王子達。
 そんな焦燥を抱く二人を余所に、親密な雰囲気の家庭教師が彼らは気に入らない。愛称呼びなど、よっぽと親しくなくばしないものだ。
 そんな子供じみた嫉妬を恥じ入る王子達だが、そういった感情は理屈ではないから止めようもない。

「……では王都外れと、隣領地。そして海岸近くの三つを回りましょう。あとは季節の変わり目に順次予定をたてる感じで」

「そうだな。バルに任せる」

「かしこまりました。護衛はこちらで見繕いましょう。十人ほど騎士をおつけします」

 話が終わった頃を見計らい、ガイロックがデザアトに声をかけた。

「この後、時間はあるだろう? 良い水菓子が手に入ったのだ。少しお茶でもしてゆかぬか?」

 優しく微笑む王太子を一瞥し、デザアトはちらりと横に座る家庭教師に視線を振る。
 家庭教師と席を共にしているだけでも業腹なのに、その頼りにしている感じが王子達の鼻についた。

「バルバロッサ。そなたは席を外せ。兄妹水入らずで話したいことがある」

「……御意」

 仕方なしに立ち上がろうとしたバルバロッサの袖を掴み、デザアトが素に戻った。

「駄目だ、バルっ! お前がいないなら、アタシも離宮に帰るよっ!」

 唖然とする兄貴ーズと、王宮の人々。

 さも当然と言わんばかりな家庭教師と護衛騎士。

 そこに横たわる無情な温度差を、初めて知った兄王子達である。
 
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