聖女狂詩曲 〜獣は野に還る〜

一 千之助

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 外を知る王女 3

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「そ…… それは一体……?」

「? 言葉通りだ。あんな女の住む領地など涸れてしまえばよい」

 ぞわ…っと周りの人々の肌が粟立つ。

 淡々とした涼やかな声。なのに、ソレのまとう冴えた響きが、なんとも言えぬ恐怖を彼らに与えた。
 悪意も何もない。ただ、心からそう願っているというだけの純粋な望み。全く感情を窺えない無機質な言葉。
 酷いことや冷たいことを心無いとか表現することがあるが、そういった言動や行為には悪意や害意といったモノが存在する。そんな悪辣な感情も、ある意味、心だ。心情だ。心ないとは言い難い。

 しかし今のデザアトの無機質な台詞は、まさに心ないとしか表現の仕様がなかった。比喩でなく。

 本当に心底そのようにあれと願う彼女の瞳には何の感情も見えない。まるで壁か鏡にでも話しかけているかのような無力感が人々を襲う。
 何を言っても無駄だという確信。言葉をかける気も失せる彼女の無関心。

 ……我々は、本当にここに存在しているのか?

 思わず、そう疑ってしまいたくなるくらい、王女殿下は自然体で周りを黙殺していた。
 
 だからといって、このまま聖女様の不興を放置するわけにはいかないと、リーガルは平伏すように謝罪を続ける。

「我が妹の犯した過ちは許されるモノではありません。……が、民に罪はないのです。我が家はどのような罰でも受けますゆえ、民を苦しめることだけは御容赦を……っ!」

 最悪、家が取り潰されても仕方ない。それだけのことをリーガルの妹はやらかしてしまった。しかし、領民に罪はないのだ。せめて無辜の民らにだけでも情をかけてもらえまいか。
 真摯なリーガルの訴えに、周りの貴族は己の領地を顧みた。
 誰もが気持ちは同じである。ここにはデザアトを害した他の侍女らの家族もいた。聖女となった王女殿下は、今や国の命運を握るも同然。
 この方が聖女でさえなくば、もう少し何とかなったものをと、考えてもどうにもならない愚考が脳裏を過る。

 そして、そんなことはお見通しなバルバロッサ。

 ……侍女らのやらかしを、やらかしとしか思っていないのでしょうねぇ。まあ、王子達が許していた背景もありますし? そのように考えるのも仕方ないことですが。

 仕えるべき王家の血族に行われた虐待。しかも聖女の子供にだ。本来なら、王子達の横暴を咎め、諫めなくてはならないはずなのに、そこで甘い汁を吸おうと目論んだ者らが何を言うか。
 公費が充てられていた時点で、国王がデザアトを害する気持ちがないことは表明されていた。
 幼い王子達には分からなくとも、周りの重鎮らはそれを理解していたはずだ。
 なのに、彼等は何もしなかった。彼らとて思うところは王子達と同じだったのだろう。

 ……デザアト様は、前聖女様を死に至らしめた忌み子だと。虐げ、貶め、地下深くで朽ち果てるべき人間だと、勝手な妄想と八つ当たりで、それを実行したのだ。

 そんな人間達が、如何に頭を下げたところで意味はない。むしろデザアト様は何の関心もない。心の底からどうでも良く、こうして誰かが口にでもしない限り、思い出しもしない。
 逆にバルバロッサやスチュワードの方が憤っているくらいだ。あまりに無関心な王女殿下に。



『長い期間、貴女様を害した者らです。極刑でも生温いと私は思いますがね』

 王子達の温い対応に、苦虫を噛み潰しまくるバルバロッサ。

『左様ですな。また王宮で顔を合わせようものなら、私が直々に手足を落として進ぜましょう』

 殺意マシマシで獰猛に口角を捲り上げるスチュワード。

 そんな二人を不思議そうに見上げ、デザアトは呟いた。

『なんだっけ? それ。あの女達がどうかしたのか?』

 話題に上がるまで忘れていたと宣う王女殿下。あれだけの虐待を受けながら、本気で思い出しもしなかったらしい彼女の風情に、二人は信じられない面持ちで瞠目する。
 完全に忘れ去られた侍女達。この離宮に移ったことで、王宮の地下での暮らしはデザアトの中で消去されていた。
 それを心にとめておく情緒や心情が彼女には育っていなかったのだ。だから思い返しもしないし、悩みも恨みもしない。

 ……ならば、我々が。我々がずっと覚えておきましょう。そして、どのようにしたら奴らにダメージを食らわせられるか、貴女にお教えいたします。

 勝手な感傷だ。彼女には全く関係のない身勝手な共感。それでも二人は許せなかった。侍女らの虐待はもちろん、それを増長させた王子達を。

 そこからバルバロッサは意図してデザアトに世界の成り立ちを教えていく。どうすれば領地が打撃を受けるか。それが、どれだけ王侯貴族にとって痛恨の一撃となるか。
 そして、それをする資格がデザアトにはあると。
 祝福など施す必要はない。むしろ忘れ去り、何もしないのが当たり前なのだと、素直な彼女に毒を染み渡らせた。
 聖女の祝福に左右されるこの世界で、それがどれだけ残酷なことなのか知っていながら。

 ……ああ、私は地獄に堕ちるな。こんな無垢な彼女に、悪逆非道な行いをさせようとして。……貴女の罪は全て私が背負います。申しわけありません、デザアト様。

 そう自虐しつつも、国を滅ぼしかねない悪辣なことを吹き込むバルバロッサ。

 彼は己の逆鱗を奮わせた初対面の日から、デザアトに傾倒していた。
 窶れて痩せ細った姿でありながら、ギラギラと生気に満ちた彼女の瞳。攻撃的で容赦のないその瞳の奥底にゆれる冷酷な焰。
 その美しいまでな残酷さに、バルバロッサは魅入られたのだ。僅か十五歳の少女に彼は跪きたくて堪らない。
 氏より育ちと人は言う。生まれより環境が大切なのだと。
 しかし、生まれ持った魂の輝きこそが、その人の本質だとバルバロッサは思う。
 如何に虐げようと、如何に穢そうとも揺るがない人間性。それがデザアトにはあった。
 悲惨な境遇でありながら、己を失わず、侍女らに下剋上を果たした少女。自ら周りを学び取り、自身を育ててきた少女。
 壊されもせずに飄々と佇んでいた彼女を見て、バルバロッサは身震いするほどの歓喜に見舞われた。
 これほど教育しがいのある生徒がおろうか。デザアト本人は気づいていないようだが、彼女の本質は学びに貪欲で好奇心の塊。

 これは化けるとバルバロッサは思った。

 そしてバルバロッサの予想通り、デザアトは見事な淑女に変貌する。完璧な外面を操り、人々を魅了する王女殿下に。
 
 この半年に亘る集大成。それが、今、眼の前で展開していた。

 虫けらどころが、まるで空気でもあるかのように貴族達を扱うデザアト。一種独特な高貴さに押され、そのデザアトを見つめるしか出来ない貴族達。
 残酷なまでに周りに無関心な彼女が、バルバロッサを見上げて微笑んだ。

「バル。御茶」

「はい、殿下……」

 彼女にとって特別なのは、バルバロッサとスチュワードのみ。
 その現実に震えるほどの愉悦を覚え、バルバロッサも蕩けるような笑みを浮かべる。

 ……ああ、私は、やはり地獄に堕ちるな。こんな気持ちを王女殿下に抱くなんて。

 彼女と深くかかわり、恥じらいもない獣のようなデザアトの無条件な好意に触れ、バルバロッサはいつの頃からか胸を高鳴らせるようになった。
 この笑顔を増やせるなら何でもやる。何でもしたい。彼女の人生に寄り添い、もっともっと幸せにしてさしあげたい。

 ……だから。私は許しません。貴女を苦しめた者達を。たとえこれが、国を傾がせる原因になろうとも。

 ギラリと昏い光を目に浮かべ、バルバロッサはデザアトに御茶を差し出しながら貴族らを冷たく見据えた。

 こうして冷ややかな冷水を浴びまくる貴族達の御茶会は、淡々と厳かに続けられていった。
  
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