淫獣の育て方 〜皇帝陛下は人目を憚らない〜

一 千之助

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 皇帝陛下は逃さない 10

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「ここで宜しいので?」

「ええ。……ありがとうございました」

 軽く会釈し、オルフェウスは森の中に入っていく。

 侯爵領外れの深い森。

「これで良かったのだろうか……」

「気になるな…… もう少しついていこう」

 消えたオルフェウスの後を追って、騎士達も森の中に入っていった。

 事の起こりは数刻前。



『……ぅく、……ぅぅ』

『……オルフェウス様? なにを?』

 夕食前の立て込んでいた時間。一人、テラスですすり泣き、カーテンを裂いて結ぶオルフェウスを護衛騎士は見つけた。
 聞けば、ロープ代わりにしてテラスから逃げようと考えたらしい。

『……なぜ、そのような? 侯爵令息様を陛下は大切にしておりますのに』

『……鎖に繋いで? ああ、正しかったかもしれませんね。こうして僕は逃げようとしているのだもの』

『……………』

 護衛に見つかっては逃げられない。そう思ったオルフェウスは、初めて己の心を吐露した。

 皇帝陛下が好きなのだと。酷い仕打ちを受けたが、そこに込められた愛情や嫉妬が面映ゆく、擽ったく、気づけば心が寄り添っていた。
 共にありたいと思った。今さらだけど、お互いを知って、睦まじくありたいと願った。

 黙って聞き入る護衛騎士達。

『……でも駄目なんです。どれだけ従順にして、側に侍っても陛下は僕を信用してくださらない。逃げない、側にいると言を尽くしても、僕を鎖で繋ぐ。……しかも。……何かは言いたくないですが、僕に対して酷い扱いをしようとしているのを知ってしまったんです。……また辱めようとしているのか、新たな華に眼を奪われたか。………僕は、もう。 …………』

 またもや顔を俯向け、声も出さずに涙するオルフェウスに、護衛騎士らの騎士道精神が炸裂する。

 ……あんの変態がっ!! こんなに慕ってくださってる婚約者がいるのに、それを虐げようとっ? あるいは浮気っ?! また狼かっ?! ああああっ、そうだよ、鎖で繋ぐとか、有り得ない辱めだろうがっ!! それでも、ずっと側にいてくれたオルフェウス様が稀有なんだっ!! 普通なら三日で振られるわっ!! 馬鹿たれがぁぁーーーっ!!

 恥ずかしい行為を強要して婚約者を甘やかしまくっていたくせに、突然、掌を返したアンドリューを護衛騎士らは心の中でだけ毒づいた。全力で。

 そして思う。これ以上の屈辱や辱めをオルフェウスに与えたくないと。

『……今なら庭に出るくらいは可能でしょう』

『我々がついていきます。周りも気にしないと思います』

『……厩の裏に下働き専用の出入り口がございます。……逃げますか?』

 アンドリューは常にオルフェウスを見張らせていた。仕事で席を外さなくてはならない時も必ず誰かをつけ、扉の外にも見張りがいる。
 見慣れた護衛騎士達。この三人は、いつもアンドリューとオルフェウスの側にいた。皇帝陛下のオルフェウスに対する無体や、横暴も全て見てきていた。

『……ぜひとも皇帝陛下のお妃様になっていただきたかったのですが』
 
『泣き暮らす貴方を見たくはありません』

『逃げたいと仰るのなら手伝います。ここまでお疲れ様でした。心からの感謝を……』

 困ったような笑顔で手を差し出してくれる三人を見上げ、オルフェウスの視界が涙で歪む。

 こうして騎士達の助けを借り、オルフェウスは父侯爵の領地まで逃げ出したのだ。

 だが、自宅に戻るわけにもいかない。すぐに皇帝の手が回るだろうし、父に匿ってもらえば迷惑になる。

 ……領地を取り上げるとか、平気で言う人だしな。

 そこまで考えてオルフェウスが思いついたのは、森の魔女。彼女に相談してみようと、件の森までやってきたのだ。

 ……うろ覚えだが一本道。迷うことはないだろう。

 溜息混じりな歩調で、彼は魔女の家に辿り着く。そしてノックをし、中に入れてもらった。



「おやまあ。侯爵令息じゃないか。どうしたね?」

「御相談があるんです。よろしいですか?」

「かまわないが…… 旦那は良いのかい? また殴り込まれるのは御免だよ?」

 茶化すようにニヤニヤと嗤い、魔女はオルフェウスの話を聞く。



「……というわけで。……また、呪いをかけていただけませんか? 対価はこれを」

 オルフェウスは左手に着けられていた腕輪と指輪を外し、魔女の前に差し出した。
 これはアンドリューからもらった物。狼になれば外れてしまうし、後日、金子と引き換えに返してもらえば良い。

 ……今は着けていたくない。……置いてもいきたくなかった。……また、別な誰かに贈るのかな、陛下は。

 沈鬱な青年を呆れたように眺め、魔女は眼を据わらせる。

「………似たもの同士が」

「え?」

「何でもないわ。条件付はするの? 加護はどうする?」

 しばらく考えて、オルフェウスは条件付をし、加護は不要と答えた。

 ……何も考えたくない。心も獣になってしまえたら良いのに。どこかで、ひっそりと朽ちていきたい。……加護があったら、死ねないものね。

 死にたいわけではないが、生きているのが辛い。陛下がまた自分を首輪に繋いで辱めたいのなら、死んでも拒否する。他の誰かを繋いで愛でるのも見たくはない。

 ……ああ、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 側にあれるなら何でも良いと思っていた。浮気も黙認するつもりだった。
 けど、あの首輪を見て……… その予感を感じただけで……… 酷く狼狽えた自分がいる。

 ……ああ、そうだ。僕は陛下と想い、想われたい。幸せに暮らしたいんだ。奴隷のように扱われるのは二度と御免だ。……対等でありたいのに。……陛下は、僕を繋ごうとする。
 ……他の誰かに使われるのも嫌だ。僕以外が愛でられるのは耐えられない。陛下の執着を骨の髄まで僕に叩き込んだ、あの激情を、他の誰かが受けるなんて…… 許しがたい。
 ……なんて我が儘なんだ僕は。自分がされるのも嫌、他の誰かがされるのも嫌。

 ……愛されたいだけなのに。愛してます、陛下。

 毎夜、重く脚に食い込む無情な金属。

 とにかくオルフェウスはアンドリューから離れたかった。自分に全く食指を動かさない彼を見るのが辛かった。他の誰かに目移りするのを見たくなかった。

 切々と語り、オルフェウスは魔女に呪いをかけてもらう。二度と人間に戻れなくても良いつもりで。

 後を追ってきていた騎士らは、魔女の家から出てくる狼を見た。白銀に紅い眼の狼を。

「……あれは。陛下が溺愛していた狼ではないか?」

「そのようだな。見当たらないと思ったら、こんな処にいたのか」

「魔女の家から出てきたようだが…… 魔女の使役獣だったのか?」

 何も知らない騎士らは、一本道の途中でオルフェウスに会わなかったので、彼は無事に魔女の家に着いたらしいと察し、そのまま王宮へ帰還する。

 しばらくして、凄まじい怒号が王宮を駆け抜けるなどと想像もせずに。
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