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皇帝陛下は離さない
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「……なんだ?」
物言いたげな狼を睨みつけて、アンドリューは書類に眼を通す。
あれから三日。夜の捕縛劇のあと、いつものように寝台に繋がれたオルフェウスは、アンドリューに嬲られた。目の奥に火花が散るほど獰猛な手つきでイかされまくり、久々の快感に溺れ、気づけば失神していた。
そして目覚めた時、横で眠るアンドリューに至福を感じる。
抱きしめるように首へ回された逞しい腕。オルフェウスが身動き出来ぬよう足まで絡めていた。
……嬉しい。
ここにきて、本当にようやく、アンドリューの執着と愛情を理解したオルフェウス。
逃げられぬようになら鎖である必要はない。どこぞに閉じ込めてしまえば良い。
そうでなく、彼はオルフェウスを側に置きたかったのだ。共にあり、同じ時間を過ごしたかったのだ。そのために鎖が必要だった。
逃さないためではない。逃がしたくないためだ。同じ意味に聞こえるが、実は全く違う二つの言葉。
前者は冷徹な独断のみだが、後者には、恋い慕う切なさが含まれている。
その繊細な感情の揺れを、前のオルフェウスは理解しなかった。
それを理解した途端、この鎖すら愛おしく思える不思議。これがアンドリューの執着だと思うと、不覚にも胸が震える。
……こんなに好きになっていたのに。馬鹿だよなあ、僕は。
四肢を鎖で繋がれて動けないが、オルフェウスは皇帝に顔を寄せ、ぺろりとその頬を舐めた。
そこから始まった妙な暮らし。
アンドリューはオルフェウスを失神させるほど責め苛みイかせるものの、一線は越えなかった。奉仕もさせないし、口移しで食べさせることもしない。
気が違ったかのように毎夜責め立てるだけで、貫くこともない。
……どうして?
訝る狼様に気づき、皇帝は、あらさからさまに顔を歪める。
「……なんだ?」
問われても答えようがないオルフェウスは、小さく嘆息した。
「……陛下。オルフェウス様をこのままで?」
「そうだが?」
何の感情もないアンドリューの声。
「……俺は嫌われているからな。近くにいてくれるだけで良い。多くは望まないよ」
……それは違うっ! 貴方の勝手な思い込みですっ!!
抑えきれない焦燥が護衛騎士の喉元にまで迫り上がった。憑き物が落ちたかのように精彩さを欠いたアンドリュー。
かつての彼からは想像も出来ない萎れっぷりだ。
「……アレを庭にでも連れ出してやってくれ。運動もさせないとな。……今度は眼を離すなよ」
ぎらりと光る昏い瞳。狂気を孕んだソレに、護衛騎士らは背筋を震わせた。
「オルフェウス様。少しは駆けてみませんか?」
こちらもこちらで、のっぺり横たわり日向ぼっこ。全く動かず、ときおり皇帝陛下の執務室を見上げている。
……なんで。……こんなにお互い気にしておられるのに、通じていないんだ?!
思わず奥歯を噛み締め、護衛騎士は意を決したかのようにオルフェウスを見る。
「あの…… 僭越ながら、私が陛下にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
何のことか分からず首を傾げる狼。
……無自覚でしょうが、そういう仕草はやめましょう。人間の時もそうでしたが、無邪気すぎてこちらがハラハラします。
案の定、庭師や侍従らが顔を赤らめてオルフェウスを窺っていた。
……なんというか、この人は妙な色香があるんだよな。特に泣き顔が。見ていると胸が痛くて、なんでもしてやりたくなる。
気を取り直し、騎士は核心を口にする。
「貴方様が陛下を慕っておられることです。私どもは聞き及んでおりますが…… 陛下もお知りになったら、きっと喜ばれるかと。……こんな状態は良くありませんよ?」
ぎょっと眼を剥き、オルフェウスは全力で頭を横に振る。
……人に伝えてもらうなど冗談ではないっ! それこそ、陛下に嫌われてしまうっ! 信じてもらえるわけがないっ!!
「ですが……っ」
さらに言い募ろうとした騎士を黙らせるかのように、オルフェウスは身体を跳ね起こすと、獰猛な唸りをあげた。そして護衛に突進し、何度も頭突きをかます。
……絶対に言うなという意思表示。
力ない体当たりを受け止め、護衛も切なげに顔を歪めた。
「そこまで仰るなら…… 私どもの胸に秘めておきましょう」
微笑ましい一幕。それでしかなかったのに、間の悪い人間は、どこまでいっても間が悪い。
ガウっと吠え立てる声を聞きつけたアンドリューが、執務室のカーテンを引いてしまったのだ。
そして、そこに睦まじく絡まるように見えた護衛とオルフェウス。勘違いとも知らず、彼の心は引き攣れた。
……元気にしてるな。……なんで。
悔しげに唇を噛み、嫉妬の嵐に見舞われたアンドリューは思わず叫ぶ。
「何をしているかっ! 盛るなら別の場所でやれっ!」
その心ない怒鳴り声を耳にして、一斉に鼻白む騎士や侍従達。
……どの口が言うか。と。
ただ一人、絶望的な顔で項垂れる狼を皇帝陛下は知らない。
「たっぷり愛してやるとか仰ってましたよねっ? これが陛下の愛ですかっ?」
オルフェウスが駄目ならこちらだと、騎士らはアンドリューを焚きつけることにした。
元々、目に余るほど溺愛していたのだ。箍を外してやれば良い。そのように思っていた騎士達だが、ここに来て事態が深刻なことを察する。
「愛だろ? アレの嫌がることはしない。させない。十分な暮らしを与えて自由に散策も許している。……まあ、夜は繋ぐけど。これ以上、何を許したら良いんだ? あ? 俺は、側にいてくれること以外、何も望んでいないんだぞっ!!」
今にも泣き出しそうなアンドリューに、騎士達は呆れて何も言えなかった。
……あんたら二人共、拗らせ過ぎだわぁぁーっ!! どうしたら、そう、極端から極端に爆走出来るんだよぉぉーっ!!
今の皇帝陛下がやっているのは、以前のオルフェウスに必要だったモノだ。婚約前の。
今のオルフェウスには逆効果。今のオルフェウスはアンドリューの愛情に飢えている。
そして、以前はオルフェウスに飢えて獰猛だったアンドリューだが、今は萎れまくってしまい、そういう気も起きないのだと言う。
最愛に逃げられたことが、よほど堪えたのだろう。逃げたいと思われないように、細心の注意を払って扱っているらしい。
「……逃げられるより、ずっとマシだ。側に置けるなら、何でもするさ。……お前らと遊ぶのも見逃してやる……けど…… あんまり近くに寄るなよ?」
じっとり恨みがましい眼で睨みつけられ、護衛騎士らはアンドリューを殴り倒したくなった。不敬を承知で。
……見逃してないでしょーがっ!! あんな暴言吐いていて、よくもまあ、涼しい顔でっ!!
相変わらず盛大なすれ違いを見せる二人。
だがそれは、ふとした切っ掛けから大きく変わる。
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