淫獣の育て方 〜皇帝陛下は人目を憚らない〜

一 千之助

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 皇帝陛下は離さない 4

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「……このままで良いかもな。狼でも良いから俺と結婚しよう。指輪の代わりにお揃いの首輪を作ってさ」

『………………』

 とろんっと夢心地な顔で話すアンドリュー。

 さすがにそれは如何なものかと思うが、その気持ちが嬉しいので、オルフェウスは黙っていた。
 仲直りしてからずっと鎖に繋がれない。掛布の下で二人して絡まり、イチャイチャしている。
 沢山可愛がられて、きゅんきゅん泣くオルフェウス。
 前のように強引で暴力のような行為でなく、甘く二人して蕩けるような深い満足感を得る睦み。最後までいたさないものの、アンドリューに溶かされ、オルフェウスもアンドリューを溶かし、二人ドロドロに混ざり合うような濡れたひと時は、至福の極みである。

 そんな心地好い事後の微睡みで、アンドリューは夢を語った。

 狼でもかまわないから結婚しようと。皇帝を廃されようが、共にありたいと。
 アンドリューはオルフェウスの前脚を鼻に当て、ふすふす匂いを嗅ぎながら肉球を噛む。ちゅうちゅう吸い付きつつ、尖らせた舌先でチロチロ舐められると堪らない。

 ……んのぉぉ、そこは駄目ですっ、陛下ぁぁっ

 地味な快感に仰け反るオルフェウスは、少し暗いアンドリューの呟きを耳にした。

「……この姿なら。自慰防止に手を戒めなくて済むしな。……うん、このままが良い」

 ……は?

 思わず身体を反転させ、オルフェウスはじっとアンドリューを見る。半寝ぼけなアンドリューは、鼻からオルフェウスの前脚が外れたことにも気づいていない。

「俺が……してやる……から」

『……ぅぉん?』

 疑問げな声に気づいたのか、無意識なままアンドリューの手がオルフェウスを探していた。
 そこにオルフェウスが身体を忍ばせると、アンドリューは安心したかのように抱きしめる。

「……してやる。……一杯……だから…… 自分で……やる……な。両手……禁止……」

 ………まさか。

 タラリと冷や汗を垂らす珍しい狼。

 アンドリューの寝言を耳にしたオルフェウスは、翌日、ちょいと悪戯を仕掛けてみた。
 狼は自分の舌が股間に届くのだ。
 わざと大きく股を広げ、そこに舌を忍ばせようとしたオルフェウス。それを見た途端、アンドリューの顔色が変わった。

「オ、オルっ? 犬じゃないんだから、それは……っ」

 あわあわ手を上下させて、止めようとするアンドリュー。
 それを無視して舐めようとすると、とうとう絶叫が上がった。

「駄目だ、オルぅぅーっ! 俺がっ! そこを舐めても良いのは俺だけだからぁぁーっ!! 誰か、鎖持ってこいっ!!」

 ……やっぱり。

 わあわあ大騒ぎとなった執務室。

 その日の夜、オルフェウスは鎖で寝台に繋がれた。四肢を広げてぺったりさせられるのも久しぶりだ。
 そんな最愛に抱きつき、鼻をすする皇帝陛下。

「頼むよ、オルぅぅ…… お前を可愛がるのは俺だけにしてくれぇぇ…… 自慰も駄目だ、お前の手に嫉妬させるなぁぁ…… 喘ぐお前は俺だけのモンだ、お前にもやらねぇぇ…… うぇ……っ」

 ……なんたる思考。

 思わず呆れる狼の三白眼。

 ……でも。

 ぴすぴすと犬のような鼻息で抱きつくアンドリューの顔を、オルフェウスはぺろっと舐めた。まるで子どものようにすがりつく皇帝陛下。
 仲直りしてからこちら、オルフェウスの知らない彼がいくつも出てくる。
 萎れて力なく背中を丸める彼。悋気丸だしで護衛騎士にすら怒鳴りつける彼。呆然と立ち竦み、オルフェウスの好意に眼を丸くする彼。
 そしてオルフェウスの愛撫で乱れ、発情してくれる彼。こうしてオルフェウスにすがり、半泣きな彼も初めて見た。

 その全てが可愛らしく愛おしい。

 きゅるんっとした紅い眼に見つめられ、アンドリューは赤面する。とつとつと口走った己の戯言を思いだしたのだろう。

 ……僕の手に嫉妬してたの? 悪戯防止に繋いでたって本当?

 そう問いかけられている気がして、アンドリューの顔がさらに赤くなる。

「……見るな。……良いか? 禁止だからな? 悪戯したらお仕置きすっから」

 もはや恥も外聞もない皇帝陛下。

 オルフェウスの毛皮に顔を埋めて羞恥に身悶えるアンドリューに、愛しさが止まらないオルフェウスだった。

 そして時は流れ…… 運命の日がやってくる。





「似合うな。はは、狼を連れて入ったら、奴らはどんな顔をするだろう」

 今日は二人の婚儀の日。ベールをつけたオルフェウスは死んだような顔で宙を見ていた。

 結局、あれから騎士団総動員で探したが首輪は見つからず、オルフェウスの呪いは解けなかったのだ。

 だが幸いなことに、アンドリューは虚仮の一念な不屈の恋心を貫き、やり直すつもりを初志貫徹。
 イチャイチャ淫らに遊びはしても、一線を越えることはなかった。

 これには護衛騎士や侍従一同、驚きを隠せない。

 だが、日数が僅かに足りなかった。今日は二十九日。あと一日で呪いは解けるのだが。それをアンドリューに伝えられないジレンマで、内心、地団駄を踏み鳴らす護衛騎士達。

 ……僕は、なんて馬鹿なことばかりしてたんだろう。

 オルフェウスの不在をさとられぬよう、お揃いのタキシードを対で作ったが、アンドリューは狼なオルフェウスでも並ぶ気満々である。
 
 さらに間が悪いのは、今夜、初夜になること。浮き立つアンドリューを誰も止められないし、この先なし崩しにいたすことになるだろう。新婚だ。蜜月だ。ここまで待たせた分以上、止めようもない。
 
 狼でもオルフェウスなら愛せてしまう、溺愛底なし沼なアンドリュー。呪いのリセットも間違いなし。

「どうした? 元気がないな。笑え?」

 如何にも幸せそうな皇帝陛下。

 ……陛下が嬉しいなら、いっか。愛してもらえるのは確かだから。

 そう気を取り直し、オルフェウスもアンドリューの茶番に付き合うことにした。

 意気揚々と教会へ向かおうとした二人は、ハラリと舞った何かに気づいて顔を上げる。
 それは花弁。無数の花びらが窓から吹き込んでいた。
 七色の花びらはオルフェウスに巻き付き、その身体を包んだと思った瞬間、パンっと弾け霧散する。

「え?」

「……は?」

 そこに現れたのは全裸のオルフェウス。いや、ベールだけ着けた可愛らしい最愛。
 途端にアンドリューが、ダンっと脚を踏み鳴らし絶叫した。

「見るなっ! 後ろを向けーっ!!」

 驚愕に固まっていた室内の人々が、はっとした顔で慌てて身体を反転させる。
 
 ぼうっと己の手を見つめるオルフェウスに上着をかけて、アンドリューが心配げに見つめてきた。

「何が起きたんだ? 呪いが解けたのか?」

「僕にも何がなんだか……?」

 疑問符を浮かべで見つめ合う二人の前に、再び花びらが舞い散り、今度は見慣れた女性が現れる。

「はあ~い♪ 三十日たったし、陛下もやってこないから、こっちから来ちゃったわあ。結婚式なのね、おめでとうっ!」

「三十日……って?」

「まだ二十九日じゃ……?」

 再び、二人の口からまろびる疑問符。

「ん~? アタシが呪いをかけてから三十日よ? 数えよ?」

 あっ、とばかりにオルフェウスの顔がひらめいた。
 丸三十日ではなく、かけた日から三十日。つまり、ラグが発生するのだと。
 てっきり呪いが解けるのは、丸三十日になる明日の夕方ばかりだと思っていたオルフェウス達。

 何が何やら分からない人々と、それを理解して得心顔な人々。そして背後でバーンっと扉が開く。

「お着替えをお持ちしましたっ! ささっ! 着替えましょうっ!!」

 こうした異常事態に慣れているアンドリューの部下は、オルフェウスが人間に戻ったのを見て、速攻動いてくれていた。
 早く、早くと急かす侍従らに連れられ、着替えるオルフェウス。
 それを眺めながら、アンドリューがシニカルに眉を上げる。

「……呪いも魔術だ。数えで解けるなんて聞いたことねぇがな?」

 アンドリュー自身が高い魔力を持つ魔術師。どちらかといえば身体強化向きな脳筋タイプとはいえ、それなりの知識は持っていた。周りは気づかなかったようだが、アンドリューは騙せない。

「御祝儀よ。オルフェウス様へのね。……あの方を泣かすようなら、一生呪いを解いてやらないつもりだったけど。……幸せにしてくれるんでしょ?」

 この魔女は侯爵領に棲む魔女である。それなりの敬意と忠誠心を侯爵家に、ひいては跡取りたるオルフェウスに持っていた。
 オルフェウスが幸福ならそれで良いと思っている。だから面倒な条件付けな呪いを解いてくれたのだ。
 それを聞いて、アンドリューが軽く眼を剥く。

「それじゃ、前の侯爵の呪いも解けたんじゃねえかっ! お前、俺を騙したな?」

「当たり前じゃない。こちとら魔術で生業たててんのよ? 依頼主を裏切るようなこと出来ないわよ。おまんまの食い上げだわ」

 しれっと宣う魔女に、苦虫を噛み潰すアンドリュー。

「それに、アンタが来ると思って楽しみにしてたのに。……教えんじゃなかったわね」

 こちらもまた、苦虫を噛み潰す魔女。

「……まあな。お前が教えてくれたから。……オルフェウスの呪いの解き方をな」

 だから、アンドリューはオルフェウスが狼でも良かったのだ。自分の精を注げば、オルフェウスは人間でいられるし、普段は狼の姿の方が悪い虫もつかない。アンドリュー自身、安心していられる。

 相変わらずな拗らせっぷりを披露する皇帝陛下。

 しかしそこで、魔女がにや~っと悪い顔をした。

「それしたら終わってたんだけどね? オルフェウス様の獣化は、ずっと解けなかったわ」

「……は?」

 にやにやの止まらない魔女からオルフェウスがつけた条件を聞き、ざーっとアンドリューの血の気が下がった。

 ……あっぶねぇぇーーーっ!! なんだ、その初見殺しっ!! エグい条件づけしやがってっ!!

 本来なら、高い魔力持ちが上書き優先出来るが、条件付にアンドリューの精を使われたため、同じ高さの魔力同士で相殺されてしまう。
 結果、アンドリューの精を注いでもオルフェウスの呪いは消せないのだ。 

 技術だけは皇帝陛下を上回る魔女のあざとさよ。

 冷や汗タラタラで顔面蒼白な皇帝陛下がカタカタ震えている所に、ざわっとどよめきが起きる。
 そこにはアンドリューとお揃いのタキシードを纏い、小花のついたベールと同じ色合いのブーケを持つオルフェウスがいた。

 銀糸に霞む繊細なレース。彩られた花の配色も良く、同じ装いなのに、なぜか幻想的な美しさを醸している。紅い瞳が白いタキシードによく映えていた。

「綺麗だな。行くか……」

 万感のこもるアンドリューの言葉。

 差し出された手を掴み、オルフェウスが恥じらうように微笑んだ。
 その笑みに感無量な面持ちのアンドリュー。
 連れ立つ二人を見守り、魔女は来た時同様、花びらと共に消え失せた。

 紆余曲折した二人の結婚式が、ようやく厳かに始まる。
 
 魔女も呆れる拗らせ男どもの未来に幸あれ♪

                ~了~ 


 ~あとがき~

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
 
 ストイックな青年が恋に落ち、淫らに花開く様を書きたかったのですが、なぜかキャラが暴走して、勝手に無邪気な仔犬に変貌してしまいました。
 きゃんきゃん、ぺろぺろ。………逆に危ない話に。 ……オルフェウス、無邪気も過ぎると凶器だな。 

 そして淫獣顔負けなケダモノ様も、なぜか純情一路な番犬に……。 あれぇ? ま、二人が幸せだから、いっか。

 タイトル詐欺になってしまったような、なっていないような微妙な話。

 なので、番外編エピソードを数本書きます。いつになるか分からないため、これにて完結。

 既読、ありがとうございました。また、別の物語で。さらばです♪
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