断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

叶崎みお

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断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。

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安曇野あずみのくん。頷いて?」
 壊れものをさわるような丁寧な手つきで手を掴んでいる人が、おれの手のひらを引き寄せて甘い声で囁いた。極上の声に、心臓がドッと音を立てる。

西園寺さいおんじさん、あの……」
「ん? 崇行たかゆきと呼んではくれないの?」
「ヒェ……」
 西園寺さんがおれの手のひらにそっと頬ずりする。胸がむず痒くなって思わず小さな悲鳴が出た。

 ──どうしたんだろう、熱でもあるのかな?! だって、だって、こんなはずないのに……!

「あなたは、Ωが苦手なはずでしょう?」
 グラグラしそうな理性を総動員させて、おれが本気にしたらどうするんですか、と呻くような声を上げる。

 ──おれはあなたの苦手なΩで……今、あなたとお見合いしてるんですよ?!

 バイト先の食事処で、西園寺さんが困った顔をしていたのを何度も見てきた。──ずっと、見てきた。だから。

「そうだね。君以外のΩは苦手だ。でも君なら──おれの一生かけて大事にすると誓うよ」

 はにかみ笑う西園寺さんを見つめていると、くらりと眩暈がした。大人の男の人なのに、普段は爽やかで格好いいのに、笑うと可愛いってずるくないか? どきどきして胸が苦しい。

 ──このお見合いは、断られるのが確定してるはずだったのに……。

 昨日の夜には見合いを「無駄な時間」と言っていたはずの人が、お見合いを進めたいとおれに懇願するだなんて、想像できるはずもない。
 目の前の極上の男性・西園寺崇行は結婚をしない、つがいを作らないと堂々宣言していたのだ。自分相手ならもしかして──と期待した心は既に一度粉々に砕かれている。
 だから、おれは──この人を嫌いになろうと努力するはずだった、のに。

「君の想いを得るために、精一杯尽くすよ」
 甘い囁きにおれはぎゅっと目を瞑る。たくさんの女性やΩから想いを向けられてばかりの彼が、おれの想いを乞うているだなんて、にわかに信じられなくて。

 でも、信じさせてほしいと、信じたいと、望まずにいられない。
 震える瞼にやわらかいキスを落としてくる彼に、おれは小さく頷いた。


*****


「お兄さん、がっしりしてるね~。さてはαだな~?」
「はは、どうでしょう」
 何度目かの来店の客に声をかけられ、おれは曖昧に笑いながら、空いた皿を片付けていく。バイト中に顔を引きつらせていては飲食店の接客なんてできやしない。学生の身からすれば背伸びしないと届かない価格設定の食事処は基本的には品のいいお客さんばかりだけど、とっぷりと日も暮れた時間帯なので、酒気を帯びて陽気になりすぎる客も珍しくない。

 ──親しい間柄でもないなら、第二性の話はしないのがエチケットだけどな。
 心の中で溜め息を吐くが、そういう礼儀が曖昧な人は世の中に多い。
 ──まあ、αだったら逆らわない方が身のためだから、情報を押さえておきたい気持ちもわかるけどね。
 αの中には意識的にせよ無意識的にせよ、周りを威圧して支配するようなタイプもいるらしいので、警戒するに越したことはない。

 ──警戒ってよりは、仲良くなって恩恵にあやかりたい、みたいな人が多い気はするけど。αって、いろんな人にすり寄ってこられて大変だなぁ。
 αではない自分からすれば他人事だけど、少しだけ同情してしまう。

 第一性である男女の他、人類がα、β、Ωの第二性をもっていることが判明して以来かれこれの月日が経つ。
 人口の大半を占めるβは第二性として特筆する特徴をもたないけれど、αとΩには第一性を覆すほど顕著な性質が現れる者もいる。
 αは他者を率いるカリスマ性や優秀な遺伝子をもち、女性とΩを孕ませることができる。
 Ωは発情期をもち、男性とαの子を孕むことができる。

 ──αとΩは希少な存在で、人口の一割もいないって言われてるけど、ピンとこないんだよなぁ。そんなに珍しいかな?

 自分の周りでは特に珍しくないので実感が湧かない。なんせ、自分自身、希少といわれるΩなのだから。

 ──見た目は、αだと勘違いされるくらいすくすく育っちゃったから、おれは一般的なΩらしくないんだけどさ。

 おれは、Ωを輩出する歴史ある家の、分家の生まれだ。うちの家系はΩが生まれやすいらしく、親族は一様に華奢で儚げな見た目をしている。
 分家には時々おれみたいな毛色の違うΩが生まれることもあるそうだ。本家の生まれなら、一目でそれとわかる容貌に生まれていたのかもしれない、と考えたこともあるけど、良し悪しだなと思う。
 今、声をかけてきた酔客のように、興味本意で第二性を暴こうとする人間も少なくないから。
 ──それだけならまだしも、手を出そうとしてくる奴もいるらしいし。
 Ωらしからぬ見た目に育った自分には無縁の話だけれど、いかにもなΩの容姿である親族たちは揶揄われたり手を出されたり、周りを警戒しながら生きるしかないのだと口を揃えて言う。
 ──みんな、可愛かったりきれいだったりするもんな……。

 親族たちからは「お前も重々気をつけろ」と口を酸っぱくして言われるものの、無用な心配だと思っている。反論したら「こうはΩとしての自覚が足りない!」とお説教が始まるから、曖昧に笑って頷くことにしているが。

 ──みんなみたいに、ふつうのΩとして愛されるなんて、無理でしょ。

「お兄さん、恋人とか──」
 上機嫌の酔客はまだ話したいようで、言葉を止める様子はない。どうしようかな、と内心で困惑していると、「失礼」と低く艶やかな声が割って入った。

「注文をお願いしたいのでお話を中断しても?」
 酔客とともに視線を向ければ、上等なスーツを纏った黒髪の男がゆったりと微笑んでいる。
「えっ、あっ、はい、すみません」
 一目で呑まれたのだろう、慌てた様子の酔客が身ぶり手振りでおれを解放してくれた。

 ニヤけそうになる表情筋を引き締めて、おれは声をかけてくれた男の席へと移動する。
「大丈夫だった?」
「はい。ありがとうございます、西園寺さん」

 常連客の彼・西園寺さんは、おれが酔客に絡まれていると頻繁に助けてくれるいい人だ。人間的にも立派だし、社会人としてもすごく立派な人なんだろうな、と思っている。だって、いつも仕立てのいい服を着ていて所作もきれいで、覇気といってもいいような独特の雰囲気を纏っているのだ。こういう人こそαなんだろうな、と納得せずにいられないオーラみたいなものがある。

 ──ああ、今日も格好いい……!
 メロつきそうになるのを必死にこらえて、おれは顔に微笑みを張りつけ固定した。うっかりするとニヤけすぎてしまいそうで怖いからだ。
 彼の整った顔も、ごつごつ逞しい身体も、纏う雰囲気も、とにかく何もかも格好よくて困る。

「安曇野くんはテスト期間がそろそろ終わるんだよね?」
「はい。なのでバイトのシフトも通常モードです」
「安曇野くんが店に出てくれてると嬉しいよ。俺は君に癒されに来てるから」

 ──おれがふつうのΩだったら、(好意を持たれてる!?)って勘違いしかねない言葉だな。

 穏やかな笑顔とともに紡がれた言葉に、さすがのおれもちょっとだけぐらっときそうになる。でも、おれは男だし、一応Ωではあるけどαに勘違いされるような見た目をしているから──恋愛的な好意を持たれているなんて勘違いはするべきじゃない、と弁えてるんだ。

「ありがとうございます」
 余計なことは言わず、にっこり笑ったまま礼の言葉だけを口にした。
 西園寺さんは人当たりのいい笑みを浮かべたまま、やんわりと溜め息を吐く。

「大学生は学ぶことがたくさんで目まぐるしくて大変だよね。お疲れ様」
「いえ、そんな……。お仕事されてる西園寺さんこそ大変じゃないですか。お疲れ様です」
 気安い会話を長く続けたい気持ちもあるけど、注文を通してこないと西園寺さんが食事にありつけない。会話を切り上げると、彼はちょっと残念そうに肩を竦めてみせた。そんな仕草も様になる。

 知り合ってすぐの頃、「他愛ない会話に飢えてるから、気さくに話してほしい」と声をかけてくれた通り、西園寺さんはなんでもない会話が好きなようで、店に来るたびたくさん話をしてくれる。親しくしてもらってる、といってもいいレベルだと思う。

 西園寺さんと話すのは楽しい。「安曇野くんに癒される」と彼が笑ってくれると嬉しくなる。注文とサーブの前後の短い時間で彼と交わす言葉のひとつひとつがおれにとっては宝物のように思える。

 ──だとしても、ただのバイト店員と客の間柄ってことは揺るぎない事実だし。その前提がある以上、第二性の話はできないんだよなぁ。
 αやΩはその特異な第二性の性質によってロマンスの可能性が広がる、なんて羨まれたりもするけれど──第二性がトラブルのもとになることは多い。値踏みされたり、迫られたり、やっかまれたり──自分自身もΩだからこそ、敢えて第二性にふれられずに過ごせる場所は案外貴重なのだと理解している。足繁く通ってくれる西園寺さんに居心地悪い思いをさせたくないから──気安く話せる場所でいたいがゆえに、第二性を話題にはできなかった。
 ──それに、どんな反応されるか、怖いし……。

 西園寺さんへの気遣いとともに、容姿と第二性の不一致をどう思われるか、自分の本質にがっかりされないか、という怯えもあった。

 調理場へ戻り西園寺さんの料理のオーダーを通し、飲み物を先に運んでいくと、西園寺さんの傍には人影があった。西園寺さんが来店するより少し前に入ってきたきれいめの男性二人組だ。

「あのぉ、ぼくたちΩなんですけど、お兄さん素敵だなって気になって……一緒に飲みませんかぁ?」
 うっそりと微笑みかける姿は、同じ男のΩの自分から見ても魅力的に映った。αやβの男とは違うしなやかできれいな体躯はいかにもΩという見た目をしている。守ってあげたくなるような儚さがあるのに、強いαを求めるバイタリティも持っている。どれも、おれにはないものだ。

「悪いけど、ここには一人でゆっくりしに来てるから。またの機会に」
 西園寺さんは少し困った顔をしてみせながら、慣れた様子でさらりと断っている。彼が女性や男性Ωから声をかけられるのはもはや毎回のことだ。リーズナブルな居酒屋チェーンではなく、高級居酒屋と言われるような店でも頻繁に声をかけられる西園寺さんの誘引力、半端なさすぎる。
 ちなみに「またの機会」が巡っているところをおれは見たことがない。

「じゃあ、別の日に……! 連絡先だけでも──」
「つがいを作る気も結婚する気もないんだよね」
 食い下がる男性Ωをバッサリと断る姿も、何度も目にした光景だ。
 さすがにそれ以上は粘れなかったようで、男性Ω二人は不満げな顔で西園寺さんから離れていった。

 少し気まずい心地になりながら、おれは曖昧な微笑みを浮かべ、何も見てないような様子で飲み物を西園寺さんにサーブする。ただのバイト店員に「ありがとう」と優しく笑ってくれるのに、その優しさは女性や男性Ωたちには向けられないのだ。

「会社の外でくらい癒されたいのに、ぐいぐいくるΩの子相手だと安らげる気がしなくて」
「……お疲れ様です。いつも大変ですね」
 それぐらいしか返す言葉が見つからない。
 断片的な会話から、会社内での彼が競争心を燃やすαと婚活に燃えるΩに追い回されている日々らしいことを知っている。

 ──西園寺さんが優しくて素敵すぎるから、対抗心を燃やされたり、迫られたり……周りが意識しまくっちゃうんだろうな。

 αらしいαは大変だな、と彼自身にも同情するし、彼の周りの相手にも同情する。主に、女性や男性Ωたちに対して。
 ──こんなに魅力的で……好きにならずにいられない人から、冷たくされるのは、悲しいよなぁ……。
 こんなαと愛し愛される関係になれたら幸せだろうな、と憧れを抱いてしまう気持ちが痛いほどわかる。Ωとして誰かに愛されたい、なんていう欲が薄かった自分ですら、惹かれて仕方がないのだ。しあわせな結婚や相思相愛のつがい関係に憧れている者たちなら、夢見ずにいられないだろう。

 はっきり明言されたことはないが、煩わしそうにしている姿を頻繁に見ていれば、好意を向けてくる女性や男性Ωをよく思っていないのだろうと嫌でも理解させられた。

 ──だから、おれは自分がΩだって言いたくない。

 彼に対する好意をあからさまに出したことはないけれど、男性Ωと知られれば、それだけで顔をしかめられるかもしれない。自分が気さくに会話できているのは、αに間違われることもあるような容姿をしていて、Ωとして見られてないからのはずだ。

 ──憧れも、好きな気持ちも……呑み込んでしまっておかないと、彼の前に立てない。

 進展なんて望めない関係だ。でも、αに間違われるような容姿のおかげで彼に警戒されないから、他のΩたちみたいにすげなくされずにすんでいる。他のΩたちとは違う対応をしてもらえるだけでも充分特別だから、今の立ち位置におれはかなり満足している──はずだった。

「まあ、ずっと逃げられるわけでもないんだけどね。「結婚してしあわせな家庭を築け」って親からは再三せっつかれてるし」
 うっすらと顔をしかめて溜め息を吐く西園寺さんの発言に一瞬胸がずんと重く詰まって、おれはなかなか返事ができなかった。

「結婚はまだ考えられないって言っても、聞く耳もってくれなくて」
「……そう、なんですね。どこの親御さんも、子供の結婚って気になるんですね」
 やっとのことで当たり障りのない言葉を絞り出す。上手く笑えているか自信はないけど、西園寺さんは怪訝な顔をしたりしてないから、なんとか取り繕えているんだろう。それどころか、ずいっと身を乗り出してこられるほどなので、話題に食いついたように見えたのかもしれない。

「安曇野くんのところも? まだ学生さんなのに?」
「ええ、まあ……。といっても、おれの場合は付き合ってる相手がいないから先々を心配してる、っていうのが強そうですけど」
「軽々しく付き合わずに、付き合う相手をじっくり見極めてるの、俺はすごくいいと思うよ」
「はは。慰めてくれてありがとうございます」
 苦笑を返して西園寺さんの席を離れ、調理場へ足を向ける。

 ──西園寺さんが、結婚……。
 親御さんの圧力がどのくらい強いのかはわからないけど、いつかはそういうこともあるんだろう。
 自分だけが、彼にとって特別な立ち位置でいられるはずもないのだ。だって、自分と彼はただのバイト店員と常連客で、Ωということを明かさずに気安い会話を交わしているだけの、結婚や恋愛の対象外の相手なのだから。

 ──西園寺さんの隣に立てるのは、どんな人なんだろう。
 女性にしろ男性Ωにしろ、彼のようなエリートの隣に相応しいのは、きれいで素敵な人なんだろう。貧困な想像力でぼやぼやと西園寺さんの結婚相手をイメージしてみようとするけど、上手くいかない。

 その場所に、αと間違われるようなΩの自分が相応しくないことだけはわかる。

 ──わかるけど……、結構、きついな。
 気持ちは自由だなんだ言ったところで、憧れも、好きな気持ちも、許されるのは期限がある。

 ──Ωってバレたくないから西園寺さんには濁して言ったけど、おれ自身も結婚をせっつかれてるし……見合いが決まったって昨日話があったくらいだもんな。
 休みの日に詳しい話を聞かなきゃならないことを思い出して、今から気が重くなる。
 ──まず、見合いが決まると思ってなかったけど……見合いを進めても、どうせ向こうから断られるだろうしな。

 Ωの血を脈々と繋いでいる家系だからか、親族の中では、大学を卒業したら即結婚というような早婚がスタンダードだ。本家筋の生まれなら政略結婚もちらほらあるそうだけど、分家だからおれはそこまで生き方を強制されずにすんでいる。親が見合いを決めてきたのは、強制ではなく、一応、提案に乗っかったかたちだ。

 ──バイトを始めて西園寺さんに出会うまで、おれは恋愛や結婚に興味が薄すぎたから……放っておいたら一生一人でいるのかもしれないって心配されてたっぽいし。
 「いい相手がいないようならば、こちらで見繕う」という言葉を何も考えずに了承したのは結構前の話で、おれ自身は見合いをどうするか打診されたことをすっかり忘れていたくらいだ。

 ──おれの容姿はΩらしくないから……しあわせな交際、ましてやしあわせな結婚なんて期待できないけど……。

 だけど、もし見合い相手から断られなかった場合──自分が結婚することになったとしたら、西園寺さんへの気持ちは捨てなきゃいけない。実るはずのない想いとはいえ、それを抱えたままでいることは結婚相手に不実だと思うからだ。
 おれはそっと溜め息を吐くけれど、調理場から注文の料理の皿が上がってきたため、思考を中断する。顔に笑みを貼りつけホールに戻ればその後は閉店までこまごまと忙しく働くことになり、憂鬱な気分は少し紛れた。


*****


「……この人が、見合い相手?」
 釣書を見つめながら、おれは両親に問いかけた。休日の夜、なにかと生活時間帯がずれる両親と顔を合わす数少ない時間だ。

 ──写真の男性が西園寺さんに見える。
 自分の視線の先にある写真はバイト先で頻繁に顔を合わす年上男性の姿によく似ていて、恋しすぎて幻覚を見ているのかと三度見したけど、何度見ても別人の姿のものに変わる様子はなかった。文字列を確認すると、名前は西園寺崇行となっている。

 ──もしかしてもしかすると……本人?
 こんな偶然ってあるんだろうか。お見合い相手が、まさか好きな人だなんて。

 本家筋と付き合いのあるしっかりした家柄の方だとか、お相手の親御さんが乗り気になってくださっているようだという両親の説明を半ば右から左に聞きながら、おれは胸を高鳴らせた。
 顔合わせの日程まであまり日がないことを両親は申し訳なさそうにしていたけど、おれとしてはむしろ嬉しい。釣書をしっかりと掴んで感触を、都合のいい夢じゃないよな、と何度も何度も確認する。両親には人生で一番感謝をした。

 おれはとにかく浮かれていて、見合い当日が待ち遠しいのはもちろん──バイト先で西園寺さんに会ったら「すごい偶然ですね」と話せるのを楽しみにしていた。


 けれど──その数日後にバイト先で顔を合わせた彼は非常に機嫌が悪そうだった。

 西園寺さんはいつだっておおらかに笑っていることが多い。声をかけてきた女性や男性Ωを対応する時ですら、困ったような笑顔を浮かべている。そんな彼が、今夜ははっきりと怒りを顔に出している。

「どうされたんですか?」
「親に呼び出されたから会ってきたら、不快な話を聞かされてね」

 重たい溜め息に、西園寺さんと見合いの話をしたいと浮かれていた気持ちが萎む。どきん、どきん、と心臓の音がいやに大きく聞こえる気がする。緊張で、肩が、顔が、強張る。西園寺さんはさらに言葉を続けた。

「親が勝手に見合いを決めたんだ。俺の意思なんて関係なく。明日は無駄に時間をとられる」

 ──不快。親御さんが勝手に。無駄な時間。
 言葉のひとつひとつに、その不機嫌な響きに、胸が抉られるようだった。

 ──それを、ここでおれに言うってことは……それだけ不満ってことだよな……。

 騙すつもりはなかったけど、やっぱり言わずにいるのはよくなかったんだろう。
 αに間違われるような容姿をしていても自分は一応Ωだから。第二性をはっきりと言わないまま接し続けていたことが、彼からしたら嫌になったのかもしれない。

 ──勘違いをするところだった。

 他のΩたちと違う対応をしてもらえるから、自分ならもしかして──と馬鹿みたいに期待したけど、やっぱりおれは特別でも何でもないんだ。

 ──胸が引き絞られたみたいに、痛い。
 叶わない想いだと知っていたのに欲張って、粉々に砕けてしまった自分の恋心が惨めだった。

 いつものように「大変ですね」と西園寺さんを慰めることができたか記憶にない。

 バイトの帰り道、おれは一人で静かに泣きながら歩いた。
 つい数時間前までは、ずっと好きだった相手と見合いできる! と浮かれてふわふわしていたのに。帰り道を辿る足はずぶずぶと沈む泥を踏んでいるように重たい。

 ──いっそ……嫌いになれたら、苦しくなくなるのに。

 恋心を消してしまえれば、といくら願っても、それは胸にしっかりと深く根を張っている。瞼の裏に焼きついている西園寺さんの穏やかな笑顔と同じで、かき消すなんて到底無理そうだった。

「断られるのが確定してるのに、お見合い行かなきゃいけないの、しんどいなぁ……」
 涙声は夜の空気に上手く溶けず、自分の耳に惨めな響き残り続けた。


*****


 腫れぼったい瞼と重たい胃をどうにもできずに迎えたお見合い当日。高級ホテルのラウンジで、おれはお見合い相手とご家族と対面した。
「安曇野くん!?」
 そこで、西園寺さんが驚愕の声を上げて目を丸くするなんて、思ってもみなかった。

「えっ、お見合い相手って、君?!」
「はい……」
 ──親御さんの手前、断るために「知り合いと見合いなんて考えられない」みたいな演技が必要なのかな。

 西園寺さんはお芝居も上手いみたいだ。本当に驚いてるような迫真の演技だな、と心の片隅で感心しつつ、この恋を終わらせるなら一息にやってくれ、と投げやりな気持ちになる。
「西園寺さんはお断りを──」
「するわけない! 絶対に進める! 何がなんでも俺は断らない!」
「え?」
 まさかの反応に、おれはぽかんと間抜けな顔になった。

「婚約を進めよう、最短で結婚しよう。いつにする?!」
「な、なんで……?」
 バイト先で話を聞いた時は、見合いを無駄な時間と言いきっていたし、絶対に断るはずだと思っていたんだけど。
 どうして彼が意見を百八十度変えたのかわからない。

 混乱するおれを置いてきぼりに、互いの両親は西園寺さんが前のめりになっている様子を喜んでいる。
 ──いや、喜んでないで、どういうことか説明してほしい。「あとは若い二人で」とかいって置いていかないでほしい。

 発奮した西園寺さんと、呆然としたおれだけが、ラウンジに残される。
 立ち竦んだままだった身体から力が抜けて、おれはへろへろとソファに座り込んでしまった。その隣に寄り添うように、西園寺さんも腰を下ろす。

「……お見合いを、不快だって」
 頭の中を整理しきれずにこぼした声に、西園寺さんががばりと頭を下げた。
「申し訳ない! 君が相手だなんて、知らなくて……! どうせ断るつもりだったから、釣書を見てなかったんだ」
「……なるほど?」
 バイト先での西園寺さんの不機嫌な様子を思い出すに、親御さんからの説明がうちよりももっと唐突で、強制力も高かったのかもしれない。だとすれば怒りと反発心が渦巻いて、釣書なんて見る気も起きないのも納得できなくはなかった。おれはぎこちなく頷いた。

「あと、君に「お見合いなんてしないで」って嫉妬してもらえないかな、とちょっとだけ期待をしていて……」
「……どうして?」
 ──嫉妬、ってどういうことだろう。
 西園寺さんの発言がいまいち理解できなくて、おれはゆっくりと瞬きを繰り返す。
 不思議そうな顔をする俺に、彼は苦い顔で微笑んだ。

「君以外とは、結婚も恋愛も考えられなかったからだよ」
「……え?」
 ──それって……おれとなら、結婚も恋愛もしたい、って言われてるように聞こえる。
 動きの鈍った頭はまともに働いてくれず、自分に都合のいい考えを巡らせる。そんなことあるわけないのに、そうであってほしい、と思ってしまう。
「おれがΩだって知ってたんですか?」
「わかるよ。出会った時から、愛しい気配をしてたから」
 ぽろりとこぼれた問いかけにやわらかい笑みが返されて、完全に思考が停止した。

「婚約の話、進めさせてほしい。安曇野くん。どうか断らないで」
「断るも何も……おれ、夢でも見てます……?」
 あまりに都合のいい事態に、白昼夢を見ているんじゃないかと思わず疑うと、ちゃんと現実だと知らしめるように、西園寺さんがおれの手を包み込むようにして握った。

「安曇野くん。頷いて?」
 壊れものをさわるような丁寧な手つきで手を掴んでいる人が、おれの手のひらを引き寄せて甘い声で囁いた。極上の声に、心臓がドッと音を立てる。

「西園寺さん、あの……」
「ん? 崇行と呼んではくれないの?」
「ヒェ……」
 西園寺さんがおれの手のひらにそっと頬ずりする。胸がむず痒くなって思わず小さな悲鳴が出た。
 ──どうしたんだろう、熱でもあるのかな?! だって、だって、こんなはずないのに……!

「あなたは、Ωが苦手なはずでしょう?」
 グラグラしそうな理性を総動員させて、おれが本気にしたらどうするんですか、と呻くような声を上げる。
 ──おれはあなたの苦手なΩで……今、あなたとお見合いしてるんですよ?!
 バイト先の食事処で、西園寺さんが困った顔をしていたのを何度も見てきた。──ずっと、見てきた。だから。

「そうだね。君以外のΩは苦手だ。でも君なら──おれの一生かけて大事にすると誓うよ」
 はにかみ笑う西園寺さんを見つめていると、くらりと眩暈がした。大人の男の人なのに、普段は爽やかで格好いいのに、笑うと可愛いってずるくないか? どきどきして胸が苦しい。
 西園寺さんは結婚をしない、つがいを作らないと口にしていたのをおれは何度も耳にしている。自分相手ならもしかして、と期待した心は既に粉々に砕かれているから──この人を嫌いになろうと努力するはずだった、のに。

「君の想いを得るために、精一杯尽くすよ」
 甘い囁きにおれはぎゅっと目を瞑る。たくさんの女性やΩから想いを向けられてばかりの彼が、おれの想いを乞うているだなんて、にわかに信じられなくて。
 でも、信じさせてほしいと、信じたいと、望まずにいられない。

「君が好きだ。君に出会うまで、結婚も恋愛もつがいにも興味がなかった。君だけが、他の誰とも違う。──どうか、俺だけのΩでいてほしい」
 熱のこもった彼の言葉に、胸がぎゅっと痛くなる。昨夜は引き絞られるように痛かったのに、今は──甘くしあわせな痛みだと感じた。

「おれは、こんな見た目ですけど……」
「うん? 可愛いよね」
「かわ……っ?! いえ、あの、αに間違われるような見た目で……」
 Ωらしくない自分でいいのかと小さく呟けば、不安を吹き飛ばす言葉をさらりと紡がれて狼狽えた。おろおろするおれを西園寺さんはうっとりするような甘い目で見つめている。
「見た目? セクシーだと思うけど。αなんてとんでもないよ。俺は結構あからさまに口説いてたけど、伝わってなかった?」
「口説かれてた、んですか?」
 視線も、言葉も、彼がくれるものがどこまでも甘くて落ち着かない。弁えなきゃ、勘違いしないようにしなきゃ、と思っていたあれやそれは真実好意ありきの言葉だったみたいだ、なんて──嬉しすぎて心臓が爆発しそうなんだけどどうしたらいいんだろう。

「君はいつだって可愛くて、仕事がどれだけ忙しくても君に会えば癒された。Ωと一緒にいて安らげたことはなかったけど、特別に想う相手なら全然違うんだって、いつも思い知らされてた」

 他の相手からはΩに見られない自分を、西園寺さんはちゃんとΩと認識していたらしい。その上で「君に癒される」とか「他のΩだと安らげない」とか彼なりに口説いてくれていたと聞いて、時間差で盛大に照れてしまう。
 包み込まれていない方の空いた手で顔を覆い隠すと、西園寺さんが身体をずいっと寄せてきた。

「……っ」
 ──首筋に吐息がふれてる、いい匂いがする、身体ががっしりしていてドキドキする!
「こんなにいい匂いがしてるのに、Ωじゃないなんてありえない」
「ひゃ……っ!」
 先ほどの吐息を受けるのはなんとか耐えたけど、首筋に西園寺さんの高い鼻が擦りつけられたのには小さな悲鳴がこぼれた。その場所をねだるような接触に、体温が一気に上がる。

「うん。やっぱりいい匂い。君のフェロモンは君の穏やかな性格通り控えめで、だからこそずっと、たっぷり味わいたかった」
「あ、あの……」
 離れてほしいわけではない。けど、ドキドキしすぎて落ち着かない。それをどう言えばいいのかわからなくて、言葉に詰まる。そんな混乱すら、嬉しくて愛しいなんて──ゆっくりと首と身体を捻り、真っ赤になっている顔のまま西園寺さんに困惑を訴える。彼はおれの表情を目にして、上機嫌に笑みを深めた。

「俺だとわかった上で見合いを受けてくれたなら、期待していいのかな?」
 甘えるように手のひらに頬ずりされて、喉が鳴る。
 ──期待をするのは、おれの方なんですけど……!

「おれ、ふつうのΩみたいに、愛してもらえるんですか……?」
「ふつうじゃないよ。俺にとっては、君だけが、特別」
 勇気を振り絞ってどきどきしながら尋ねれば、西園寺さんに緩く首を振られる。

「愛させて」
 低くなめらかな声が耳から腰まで一直線に甘い痺れをもたらす。
 こんな嬉しい懇願があっていいのか。しあわせすぎて混乱して、どんな顔をすればいいかわからない。

 でも、彼の懇願に返す反応なんてひとつしかない。
 震える瞼にやわらかいキスを落としてくる彼に、おれは小さく頷いた。

「西園寺さんに、愛されたいです。……おれも、あなたが好きです」
 首肯と了承、そしておれなりの精一杯の愛の言葉を受け取ってくれた西園寺さんからは、情熱的なキスが返ってきた。

「ふ……、んん……っ!」
 西園寺さんの厚い胸板を叩くと、少しだけ唇が離された。吐息がふれ合う距離に戸惑うものの、止めていた息を再開するため大きく空気を吸う。
「息、上手くできなくて……」
 嫌だったから止めたわけじゃないと伝えたくて、小さな声で白状すれば、「可愛い」とうっとりした声が返ってきた。

「鼻で呼吸するんだよ。たくさんしてたら上手くなるから」
「……西園寺さんは、今までたくさんしてきたんですか」
「上手いと思ってくれたの? 嬉しいな」
 励ますつもりで発されただろう言葉に引っかかって、思わず不機嫌な声をこぼしてしまう。独占欲露わなそれに、目の前の男は顔をしかめるどころか、とろけるように甘く笑った。ちゅ、ちゅ、と啄むような口付けを繰り返され、そのうちに開いた口の中にまた彼の舌が入ってくる。

「は……、あ……っ」
 おっかなびっくりなおれの舌に、それ自体が別の生き物のような動きで彼の舌が絡みつく。舌を擦り合わせると気持ちいいなんてことも、口の中を舐め回されるとゾクゾクすることも知らなかった。ぴちゃ、くちゅ、という水音にも、互いの吐息にも煽られて、体温がどこまでも上がる。身体の中心にもじりじりとした熱が溜まっていくのがわかるのに、頭はぼんやりと痺れていって、身体から力が抜けていく。
 西園寺さんに唇を解放される頃には、おれは自分が軟体動物になったんじゃないかと錯覚するぐらいぐにゃぐにゃになっていた。

「すまない。こんなところでがっつくべきじゃなかったんだけど、夢中で」
 身体から力が抜けているおれを支えながら、彼が申し訳なさそうな声を上げる。言われてはじめて、今いる場所がホテルのラウンジだったことを思い出す。幸い他の利用客の姿はないけれど、それでも人目にふれる場所で理性をなくしていたことが恥ずかしくて、おれは身を縮こめる。

「二人きりになれる場所に行こう」
 熱のこもった囁きにおれは真っ赤な顔で、けれどしっかりと頷いた。


*****


 若干の気まずさと、その後の時間への期待を胸にホテルのラウンジを離れたおれたちは──同ホテルの部屋の一室に移動した。家の系列ホテルだからと、西園寺さんは電話一本でスマートに部屋を都合してくれたのだ。突っ込んで聞いたことはなかったけれど、やっぱり彼は相当に育ちがよく社会的立場もあるαのようだ。
 今さらながらに、自分が彼に相応しいのかと腰が引けそうになったものの──西園寺さんにがっちりと腰を支えられていて、物理的に逃げられなかった。その腕の強さが、自分を傍にとどめたいという彼の意志の強さのように思えて、嬉しくなったし安心したのだけど。

「安曇野くん……!」
 部屋のドアを閉めるなり、ラウンジでの熱を引きずるような、もしくはそれ以上の勢いで、西園寺さんに口付けられる。その舌先に応えるのでいっぱいいっぱいのおれは、半ば引きずられるようにしてベッドまで移動した。キスに夢中になってどきどきしているうちに器用な指先にするすると服を脱がされていて、ベッドに押し倒されたことでやっと、シャツと下着しか纏っていない状態にされたことに気づく。

「あ、あの、おれ、はじめてで……」
 自身の衣服を脱ぎ捨てている西園寺さんに、おれは震える声で白状する。
 Ωとしての発情期も、抑制剤を飲めば後ろをさわらずにやり過ごせた。だから──まったく開かれてない身体だからとても手間がかかると思う、と告げれば、恋しい男は面倒くさそうな顔をするどころか、とても嬉しそうに笑った。

「本当にまっさらなんだ……君自身もふれたことがないところにふれさせてもらえるなんて嬉しいよ」
 そんな風に、面倒な自分の身体をいいものであるかのように受け止めてくれた彼が、覆いかぶさるように身体を寄せ、おれの身体に手を滑らせる。

「あ……」
「ここも、さわったことない?」
「当然……、さわるとこじゃないです」
「そう? 俺はたくさん可愛がりたいけど」
 するすると肌を撫でていた彼の手が、胸の突起にふれた。ふにふにといじられているうちにその場所はピンと尖り、優しく摘まれたり捏ね回されたりするとじわじわと微かな甘い痺れをもたらす。その感覚を戸惑いながら受け止めていると、ふと身体に異変が起きた。

「な、なんか、ぬるつく……」
 下半身に違和感を覚えておれは膝を擦り合わせる。
「見せて」
「……うぁ」
 優しいのに鮮やかな手つきで下着を取り払われ、グッと膝を折り曲げられた。秘部をすべて曝け出さされるような体勢に羞恥で身体が赤くなる。

「ああ、乳首で気持ちよくなってくれたのかな。君のΩの部分が反応してくれたみたいだ」
 うっとりと笑って、西園寺さんは膝を押さえていない方の手で、おれの後孔にふれた。
 男性Ωでなければ排泄のための出口でしかないその場所は、今、Ωとしての悦びを求めるようにじりじりと疼いている。そこが、どろりと濡れる感覚もほぼ初めてだ。抑制剤のおかげで今まで知らずにいたけれど、自分の身体がこんなことになるなんて。

「可愛い」
「あっ……!」
 ぷちゅん、とさしたる抵抗もなく、そこは彼の指を受け入れたようだった。くち、ぬちゅ、という水音とともに指を浅く出し入れされると、じりじりとした疼きが少しずつ大きくなる。
 その疼きは今までに知らないものなのに、もっともっとと欲しくなる。

「わかる? 俺の指にちゅむちゅむ吸いついてきてる。君はここの反応も可愛いなぁ」
「かわいく、な……」
「可愛いよ。俺にとっては世界で唯一だ」
「ん、んん……っ」
 しあわせそうに笑う西園寺さんは後孔をほぐす指の動きを止めないまま、キスの雨を降らしてくれた。

「キス好きなんだね。おしりがきゅんきゅん反応して、すごく可愛い」
「いわ、ないで……ぇ」
「恥ずかしがる姿も可愛いよ」
 彼に指摘された通り、キスをされたり恥ずかしいことを言われると、おれの身体は西園寺さんの指を締めつけてしまうようだった。

 ──だって、嬉しいから。
 キスも、おれの反応のひとつひとつを見逃さないように言葉にしてくれるのも、彼の愛情を感じるみたいで嬉しくなってしまうのだ。

「西園寺さん、すき……すきです……」
「参ったな、可愛すぎる」
 自分から彼の唇に吸いつくと、恋しい男は目尻を下げて困ったように笑った。

「安曇野くん。こっちも可愛がってあげたいから、自分で足を持てる?」
 つう、と指先で陰茎をくすぐられ、ビクッと身体が小さく震える。そこで得る快感は知っている。今身体の奥を疼かせているものとそれがかけ合わさったらどうなるんだろう、と期待に喉が大きく鳴った。恥ずかしさに震えながらも、おれは彼の言葉と好奇心に逆らえない。両手で両足を抱えれば、西園寺さんはとろけるような甘い顔を見せた。
「いい子だね」
「ああ……っ!」

 陰茎を扱かれる気持ちよさに夢中になっている間に、後孔に差し込まれる指が増やされていく。陰茎で気持ちいいのか後孔からくる疼きに心地よさを感じているのか、おれはだんだんと境目がわからなくなっていた。
 わかるのは、後孔に感じる疼きが渇きに似た何かを求めていること。身体の奥が切なさを訴えている。自分でどうにもできないそれを──はじめて感じるわけもわからない衝動を、おれは一人で抱えきれなかった。

「西園寺さん、身体の奥、なんか、足りないです……、たすけて……西園寺さんの、ほしい……っ」
 陰茎も愛撫されて、後孔だって彼の指でたくさんいじってもらっているのに。気持ちいいのに。なのに足りない。
 ──こんなこと言われても、西園寺さんは困るかもしれないけど……助けてほしい。
 自分の渇きを満たしてくれるのは彼しかいないと、泣きそうになりながらおれは助けを求める。恋しい彼なら、きっとどうにかしてくれると信じて。

「これではじめてなんだから、たまらないな……俺はきっと、一生君に敵わない」
 後孔から指を引き抜いた彼が、ぐっと腰を寄せた。
「あ……」
「挿れるよ」
 指とは違う、熱くて硬い太いものの先端が、おれの後孔に押し込まれた。

「あ、あ、あ、あ、あああ……!」
「ああ、安曇野くんが俺のものをおいしそうに呑み込んでいってる。受け入れてくれて嬉しいよ」
 どくどくと脈打つ雄茎が埋め込まれていく圧迫感は凄まじいのに、苦しさよりも、満たされる心地で胸がいっぱいになる。指では届かない奥の奥まで埋め込まれるほどに、身体の奥に感じていた疼きが満たされていくのを感じた。

「ぜんぶ、入ったよ」
「あ、あ、うれしい……」
 彼の怒張をぜんぶ呑み込みきったことを教えられ、全身が幸福感に包まれた。緩く腰を揺すられれば、繋がったところから甘い快感がとめどない波のように広がる。気持ちよくて、しあわせで、おかしくなりそうだった。

「西園寺さん……、西園寺さん……っ、すき……っ」
「君って子は……」
 快感にとろけた頭では、もうまともな会話なんてできなくて。ただただ胸の中にある想いを口にすると、きれいな眉をひそめた彼に深く唇を重ねられた。おれと舌を絡ませながら、西園寺さんはゆっくりと抽挿を開始する。
「んぅっ、うっ……!」
 愛される悦びを求めるΩの身体は滴るほどに愛液を溢れさせ、それが恋しいαの律動をスムーズにする。徐々に強さを増したそれにより、どこもかしこも気持ちよくて、瞼の裏がチカチカと白く明滅していた。

「安曇野くん、可愛い……好きだよ」
「あっ、あっ、おれも、西園寺さん、すき、だいすき……っ」
「ああ、こんなにビクビク震えて……イキそう? いいよ、気持ちよくなって」
「んっ、あっ、ああああ……!」
 甘い声には似合わない強さで激しく奥を穿たれて、揺さぶられるごとに視界が白く染まり、ついに弾けた。射精よりも深い快感に全身が痺れる。わけもわからないまま、おれは大きく身体を震わせていた。呑み込んでいる西園寺さんの怒張を強く感じたのは、たぶんそれをぎゅっと食い締めてしまったからだろう。
「ぐ……っ!」
 おれの上で西園寺さんが低く呻くと同時、身体の奥に熱いものが注がれたような気がする。
「ああ、きもちぃ……」
 はじめてなのに、ずっと欲しかったものを与えられたような充足感がある。

「はぁ……、安曇野くんの中、俺のに絡みついてきて……ほんと、可愛い」
「あ、西園寺さん……」
 はじめて味わう強すぎる快感になかなか戻ってこれないおれをあやすように、西園寺さんが啄むようなキスをくれる。優しいキスがふわふわした心地を彷徨っていたおれを、それが少しずつ正気に戻してくれる気がした。

「可愛かったよ。ちゃんとイけてえらかったね」
「ん……」
 気持ちよすぎて怖いくらいだったのに、彼に甘やかされると怖さなんてなかったように思えてしまう。
「西園寺さんも、気持ちよかったですか……?」
「もちろん。最高だった」
 迷いない肯定の言葉と優しいキスに嬉しくなって、おれはだらしなく顔をとろかせる。

「愛されるのって、こんなにしあわせで、気持ちいいんですね……?」
 おれに覆いかぶさる逞しい身体におそるおそる抱きつけば、何倍もの強さで抱きしめ返された。
「可愛い……閉じ込めて、一生離したくないくらいだ」
 大袈裟な言葉に思わず笑ってしまったら、後孔に収めたままだった彼のものが硬さを取り戻していることに気付かされる。

「西園寺さん……また、おっきくなってませんか?」
 勘違いじゃないかこわごわ確認すると、愛しいαは困ったように笑う。
「君が可愛くて。はじめての君に無体なことは──」
「もっと、くれるんですか?」
 腰を引こうとしていた彼を引き止めるように、おれは両足を彼の腰に絡みつかせる。

 大好きな人のΩとして愛される悦びと気持ちよさを知ってしまったおれは、もっとそれが欲しくなってしまったから──つい、欲をかいてしまう。
 はじめてなのにはしたなかっただろうかとか、発情期でもないのに負担かもしれないとか──断られる可能性に思い至るまで数秒かかり、前言撤回すべきかと逡巡すれば、みちみちと大きく育った西園寺さんの熱杭に奥を穿たれ揺さぶられた。
「君が許してくれるなら、喜んで、どれだけでも愛を注ぐよ」
「あっ、あっ、うれしい……っ」



 そうして──言葉を違えず彼から散々愛を注がれたおれは、翌日一人で立てなくなるまで愛された。びっくりしたし、困ったけど、心配のあまり狼狽える西園寺さんがかわいかったから怒る気になんてならなかったし、そんなになるまで彼に愛されたことが嬉しかったので、また同じ轍を踏みそうな気がしている。
 さすがに体裁もあるから結婚するまでは控えたい、と思っていたら、有能なαの西園寺さんの手によって結婚の手続きは怒涛の速さで進められた。


「これでいくらでも昴くんに愛を注げる」としあわせそうに笑う愛しいαに、おれはくすぐったい心地で笑みを返す。
「崇行さんに愛を注がれるのに負けないくらい、あなたを癒すし、おれもあなたを愛すから……他のΩや女の人にフラついたりしないでね?」
 彼に限ってないとは思うものの、彼の唯一のΩという位置に収まったおれは欲張りになってしまったので。独占欲を露わに時々小さな釘を刺す。返ってくる答えはいつも同じだ。
「俺が夢中なのも、愛してるのも君だけだよ」

 わからないなら、たっぷり愛を注いで証明しないとな? と、うっそり笑う伴侶に、おれは腕を広げて大きく頷くのだった。

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