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四、蓋を開けると。

四、蓋を開けると。④

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「晴は本当に私が行くから、ホワイトデーのお返ししてきなよ」


後ろから、私に背中を突かれて、不服そうな顔で振り返る。

「お返しを用意しなかったのに、受け取ったアンタが悪い」
一瞬、眉を寄せてきつく睨まれたが、結局は何も言わずに、小さく溜息を零して観念したようだ。

「そのおはぎはどうするんだ」
「一旦、実家に寄ってください」
「……分かった。支度する」


幹太の顔は渋いままだったけれど、美鈴ちゃんの顔はピンク色に染まり、可愛らしくガッツポーズをすると美麗ちゃんにVサインまでしていた。
恋をしている。隠すことも忘れて。
冷たい表情でも、嬉しそうなのは幹太がどんな奴かちゃんと分かってくれているからだ。

申し分ない、良い子だと思う。

御本家の跡取りだとか小さなことに拘らなきゃ、恋人になってしまえば良いと思うぐらい。

調理場の奥にはおじさんがいたけど、息子の恋路には我関せずと、もくもくとどら焼きに焼き印を押していた。
私も昨日は幹太へ怒っていたけど、次の日にはもうその気持ちが収まってしまうような程度だし、余計なおせっかいで身を滅ぼしたくないからのんびりしておこう。

「おじさん、おばさんは配達?」

こんな面白い状況の幹太を見られないなんて、と辺りを探しても居なかった。

「廊下のスケジュールの所を見てくれ」

廊下に出て、ボードやカレンダーを見ていたら、焼き菓子の配達とメモが書かれていた。
どこかお世話になった所への挨拶も兼ねていると思う。

「おい」

ボードのメモに、見ましたよという意味で名前を書くのがルールなので、名前を書いていた私に、幹太が後ろから名前を呼ぶ。

「あ、いってらっしゃい」
「お前は本当に俺に興味ないよな」
「そう? あんま聞いたらいけないかと思ったから」
「……俺が誰が別の女を好きになっても?」

低い声。
絞り出すような、切なく苦い声。
顔を見上げても、表情からは何も読みとれない。

その言葉の裏の裏に気付いてほしいのか、気付かなくてもいいからただ吐き出したいのか。
私には何一つ分からない。

「私はなんて言ったら、正解なの?」

分からない。
何を言えば、幹太のそのしかめっ面が、綻ぶのか。
何を私に言わせたいのか。

昔からそうだったし、私と晴哉が婚約した時も『おめでとう』なんて言ってくれなかったんだもの。
頑なに言わなくて、背中しか見せない幹太に、私が無理矢理言わせた風で決着が付いたけど。

「行ってくる」

短いレスポンスで、ニュアンスで、イメージで。
全て全て、分かって欲しいと思うのは無理な話だ。
気づいたら、いけない。

気付かない。

裏口を開けると、店の中で待っていた美鈴ちゃんが既にもう笑顔でスタンバイしていた。

振り返らない幹太の代わりに、私に手を振ってくれた。
眩しくて愛らしい笑顔で。
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