Cafe『アルジャーノン』の、お兄さん☆

篠原愛紀

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月曜日「毎日、一つずつ謎が増えて行く」

月曜日「毎日、一つずつ謎が増えて行く」

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岳理とのデートの翌日から、店長ががよそよそしい。そう感じるのはきっとみかどの勘違いでは無いはずだ。
「こんにちはー」
「はい。こんにちは。今日もよろしくお願いします」
挨拶もそこそこに、店長はキッチンに入り、出て来ない。
「お兄さん、お昼食べました?」
「忙しいから、交代で食べましょう」
やんわり、優しく距離を取られる。日曜日の事を気にしているようだが、みかどに関係ないと突き放された手前、どうすることもできない様子だ。心なしか、今日の被りモノの兎の耳も垂れている。義母の事も、岳理の事も話せないし、フラッシュバックの件も結局は分からなかった。その代償に避けられるのならば、なんとも大きな代償だろう。一人でお昼を食べて、ロッカーから出ると、店長と定宗さんがテラス席で日向ぼっこしていた。店長が撫でようとすると、ピシャリと尻尾で手を叩く定宗。 何度かチャレンジすると、1,2度なら触らせていた。けれど、少しでも店長が定宗さんから離れると、じりじりと距離を縮める。それを店長は愛しげに見つめている。店長と定宗の間には、しっかりとした絆があって自分にはその絆が無いだけ。繋がっていれば、どんなに突き放しても、絆は壊れない。そう思うと店長の後ろ姿が、苦しい。
「す、みません。お兄さん」
勇気を出して、その背中に話しかけた。けれど、振り返るのを恐れ、そのまま後ろを向いて、ロッカーへ駆け出してしまった。
「用事を思い出したので、今日、やっぱり帰ります! 本当にすみませんっ」
そのまま、返事も聞かず、エプロンを急いで脱いで帰ってきた。アルジャーノンと一緒に窓辺でボーっとしている。
「アルジャーノン、私が悪いのに、胸が痛いんだ。何て、自分勝手で、最低なんだろう。しかも、バイトだって逃げ出してしまった。こんなの、更に明日が気まずくなるだけだ」
自分でも分からないまま、店長の背中を見たら苦しく逃げ出すしか無かったのだ。儚げで、消えてしまいそうな背中を。
『千景ちゃん、胸が苦しいです。心臓病かもしれません』
そう打って送信すると、アルジャーノンをテーブルに置いて見つめ合った。まだ心臓は重く鈍い。
(岳理さんとデートなんてしなければ良かった……? でも、岳理さんの考えやお兄さんへの気持ちだって理解できたし……)
『大丈夫か? 帰ったら部屋に行くね。』
千景からはすぐに返事が来た。速さに関心して涙が少し引っ込んでいた。
感心している最中にドアをノック。(――千景ちゃん、帰るのも早いなぁ)そう思って、急いで出たら、「心臓、大丈夫ですか!?」店長が其処にいた。 
そのまま店長の顔を見つつドアを閉めて、テーブルのアルジャーノンを持ち、窓辺に置いて、またアルジャーノンをテーブルに戻して、電気を消して、電気をつけ直した。その行動に意味は無く動揺しているのが伺えた。
「みかどちゃん? 入りますよ」
ガチャリとドアノブが回され、店長と再び向き合ってしまった。
「具合悪かったのですか? 千景さんに送ったメール、僕にも送信されたんですよ」
携帯画面を見ると登録している全員に、一斉送信してしまっている。
「熱は……?」
額に手を伸ばされそうになりつい、ビクッと震え、目を瞑ってしまった。
「あっ すいません」
お慌てて手を引っ込めて腕を離してくれたけど、顔を見れずにみかどは横を向いてしまった。
「大丈夫ですから、……帰って下さい」
今は顔を見ると、心臓が潰れるように重く苦しい。そう言ったら店長はその場で、両手を下ろし無言になった。
「また、僕には『関係ない』のですか?」
そう、両手を震わして言ったのだ。
「僕はただのお隣さんだと思ってますか? だから、相談もしてくれないんですか?」
寂しそうにそう言われ、慌てて否定しようとしたが、どう言っていいか分からない。ただ、違うのは確かなのに。
「千景さんと仲良く朝ごはんを食べるみかどちゃんを見て、とても寂しくなりました。僕には、あんな風に心から気を許してくれてないなって。本当は日曜日の事だって気になってたけど、どう聞いていいか分からなくて……。そうしたら、どんな表情で話していいか分からなくて」
「あ、の、違う、違う……です」
違うけど気持ちは同じ。お互い、距離を感じて気持ち悪かっただけ。
「け、結局、日曜日は何も良い情報は無く、て、……お兄さんを喜ばせ、てあげれなく、て。だ、から、言えなく、て……」
涙と嗚咽が邪魔をする。店長ちゃんと見てくれているのに。寂しげな背中を見てるだけだったのが、今はしっかり見つめあえているのに。
「定宗さんと、絆を感じたけど、私はただのお隣さんだから、寂しく……て」
「ううっ ……お、兄さんがよそよそし、くて悲しかった、です」
流れ落ちる涙を拭いながら、どんどん心臓が軽くなっていくのが感じている。ああ、心臓が、涙の重さで苦しかったんだ。溢れた涙は、苦しかった重みをゆっくり流してくれている。
「私が、勝手な事をしたばっかりに……本当にすみませんでしたっ」
子どもみたいに泣き出すみかどを、店長はずっと見つめてくれた。目を逸らされないって、とても嬉しいのだと気づく。
「定宗さんが羨ましかったんですか?」
クスッと優しく笑う店長に、みかどは真っ赤になりながら頷いた。素直な反応に店長の顔がとろけそうに甘く崩れた。
「髪の毛、触って良いですか?」
そう言われて黙って頷く。
「定宗さんは、僕の親代わりなんですよ」
それは、前に千景が言っていた。
「僕が記憶喪失になっちゃって、情けないから心配だったんでしょうね。せっかくここら辺りのボスだったのに、引退してくれてまで、そばに居てくれてます」
アルジャーノンが見守る中で、カフェを放りだし正面で向かい合いながら、髪の毛を結んで貰う。
「あのっ 後ろ向いた方が、結びやすくないですか?」
店長は器用に三つ編みをほどきながら、手で優しく解してくれる。
「後ろ姿じゃ、顔が見えないじゃないですか」
「うぅ……。でも、正面は恥ずかしいです」
髪をゆっくり2つに分けて、ぎこちなく結ぶ。
「愛しあってますね、定宗さんと店長って」
未だに定宗に話しかけると、チラッと横目で見てくるだけなのでみかどは拗ねてみせる。
「僕は、みかどちゃんも好きですよ」
深い意味はない癖に簡単にその言葉を吐く。
「入居してから、どんどん可愛くなっていってると思います。接客も緊張はしてるけど、慣れてきてますし」
「それは、お兄さんのおかげです」
緊張してたりオーダーの確認の時にさり気なく、近くに立ってくれたり、目線をくれるから。分からない時は、スッと隣に来て見本を見せてくれるから質問ばかりでも、嫌な顔1つせずに丁寧にしてくれるから。
「私は今まで小さい世界で、勉強だけして生きてきたから、お兄さんや千景ちゃんの優しさのおかげで、毎日が新しく、そして楽しいんです」
真っ暗な夜に、流れ星が降るように。目で追えなかった流れ星が、いっぱいいっぱい、次から次へと落ちてきて、真っ暗だった夜が明るくなった。
「お兄さんの笑顔は、とてもほっこりします。温かい、……です」
暗くドロドロした物を洗い流していく。
「何か、照れますね」
そう言って、上手に二つに結んでくれた。両手で2つに結んだ髪を握り締めながら、泣きそうになってしまいました。
「お兄さんに結んでもらったから、もう二度と外したくないです」
後はお風呂に入って眠るだけなのでどうせならお風呂に入ってから結んで貰えば良かった。またお兄さんの親切を無駄にしてしまう気がして、解きたくないと焦っている。
「じゃあ、明日の朝、また結びますよ」
「本当ですか!?」
「毎日、結ぶのを僕の当番にしましょうか。グルーミングは絆が深まる大切な行為ですしね」
私はペットじゃありません。グルーミングとは定宗と同じ扱いだと不服だったが 同じ立場なら家族以上って事になるのかと首を傾げる。
「お兄さん、カフェ! そう言えばカフェは!」
慌てて立ち上がった店長は、顔を真っ青にする。サラサラで色素の薄い髪も、長い睫毛に大きな瞳も、くるくる変わる表情も、優しい笑顔も、みかどは釘つけだった。本当に心臓病なのか、胸が痛みだす。
「あの、お兄さん。日曜日に会った人、今はお兄さんに会えないのかもしれないけれど……。本当にお兄さんを心配してて、今でも『親友』だって言ってました」
離れてしまっても、思い出は消えない。
「……そうですか、本当に、ありがとう。みかどちゃん」
店長が、優しく髪を撫でて、みかどはその気持ち良さに、ゆっくり目を閉じた。
「みかどー! 大丈夫ー!?」
「撫子ー! 倒れておらぬかー!?」
「――金曜のバイト休んじゃうのー?」
「みかどちゃーん! 冷えピタ買ってきたよ!」
「みかどちゃーん! 俺は病院まで送るベンツ借りて来たよー」
ポカンとする二人の前に皆がノックもせずに大集合した。
「あっ……」
5人は、店長が髪を撫でているのを見て、ソッとドアを閉めた。
「なんじゃ? 逢い引き中か?」
「ベンツどうしよう。千景ちゃん、ドライブ行かない?」
「あー、じゃあ、私と漫画喫茶行きますかー?」
「冷えピタ、誰かいる?」
「ちょっとっ 空気読みなさいよ! さっさと各自部屋に戻るのよ!」
部屋の外は、まだまだ賑やかで、みかどの顔は真っ赤に染まって行く。
「も、もー! 皆さん!」
すぐに店長も真っ赤になって飛び出した。
「うわー、セクハラ鳴海が出たぞー」
「違うんです! 僕はグルーミングを!」
「グルーミングですって! なんかやらしーっ」
外は、ドタバタ騒がしく、賑やかで楽しそうだ。けれどみかどは、撫でられた髪を、いつまでも触ってた。その度に痛む胸の病。病名は知らない、だがとっくに気づいているの。
「アルジャーノン、……私」
そっとアルジャーノンを持ち上げて、見つめ合う。
「もしかして、……私」
『花が咲かないサボテンなんて、要らなーい』
首を振って否定した。『もしかして』程度ならば、考えたら失礼だ。魅力なんてない自分がそんな事を思うなんて、おこがましいと。
「みかどー、本当に大丈夫ー?」
やはりノックもせずにいきなり千景は入って来た。
「うん。お兄さんが髪を結んでくれて、心臓が軽くなったから」
「へーえ」
そう言って、ほくそ笑む千景は妖艶すぎて怖い。
外へ出ると、店長以外はもう部屋に戻っていた。店長も葉瀬川さんの部屋から戻る途中だったらしく、階段の真ん中で止まった。
そう言うとにっこり笑う。
「問題無さそうだしバイトに戻るぞー」
千景ちゃんカフェへ降りるのを確認してから、みかども部屋へ戻った。部屋に入る瞬間、迎えに来た定宗さんの鳴き声し、店長があの巨体を抱きかかえていた。悩んでたけど、少しだけ、距離は短くなった。距離は近づいたら、心って温かくなる。だから人は、誰かを好きになるんだろう。自分には縁の無い話だと言い聞かせながら。嗚呼、嗚呼、アルジャーノン。
「お兄さんには定宗さん、私にはアルジャーノン」
今は、それで幸せなのだ。きっと幸せ。だから、アルジャーノン、お休みなさい。みかどはそう小さく呟いた。
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