上 下
14 / 75
一、過去系両想い

一、過去系両想い⑬

しおりを挟む
「昨日って、私、昨日いきなりプロポーズされたのよ」

「じゃあそのあとね。貴方が断ったから、そんな手段を取ったのかしら。結納金と思えば、悪い話じゃないわ」

母は、今の生活を捨てたくなくて、私を売るのに全く躊躇していない様子だ。

……自分の親がこんな人だったなんて、そっちの方がショックは大きい。

「別に相手は貴方が好き。貴方のためならお金も労力も厭わない。問題は貴方のその逃げている根性だけ。何も問題ないじゃない」

「お母さんじゃ話にならない。父やおじいちゃんともちゃんと話をさせて」

「断るの? 有名私立に編入させてもらって、大学も行かず専門学校なんて行って安月給で生活して、おじいさまが困っても何も力になれないのに? じゃあ貴方は何ができるの?」

今まであの事件について、母がこんなに言ってくることはなかった。

それは、私が傷ついているから、敢えて避けてくれていたと思っていた。

なのに、今、目の前にいる母が今までずっと暮らしていた母には思えなかった。
確かにお受験しなきゃ入れないような、有名私立中学に編入できたのは祖父や母の力があったかもしれない。

でも――。

「強制じゃないけど、貴方の良心を信じているわ」

たった一杯の珈琲を飲んだだけの時間で、私の休日はどしゃぶりのように暗く最低な一日へ変わった。

代わりに母の飲んだコーヒーカップをシンクに置きながら、決意する。

「朝早くごめん。今、時間、大丈夫?」

電話をかけた相手は、美里。

美里から彼の電話番号を聞くと、電話はすぐに繋がり、そして電話ではなく話がしたいと言ってきた。

――メリットならあるよ。

そう笑った昨日の彼の顔しか思い出されず、憎らしかった。
男性と二人で話すなんて、今までしたこともない。

父は、病院に行って治療した方がいいと言ったのだけど、母は『娘を精神異常者みたいに扱わないで』とヒステリックに叫んで、病院に行くことはしなかった。

なので、私は失神しないよう、嘔吐しないよう、避けるしか術を知らなかった。

待ち合わせは、都内の有名クラシックホテルのロビーラウンジ。

七階にお洒落なバイキングランチをしているレストランがあると言われたが、人目の多いロビーがいいと私が言った。

ランチを一緒にしたくて電話をしたわけではないので、そこで話せばいいと思っていた。

大きな窓から光が注ぎ、クラシックなBGMとともにホテルの利用客がタクシーを待つ間のひとときや、主婦のお茶会などの賑やかな話声が聞こえてくる。

入り口の一番人の出入りが見える位置で、ホテルの玄関から見える位置で紅茶を飲みながらエントランスを見ていると、タクシーから降りてこちらに走ってくる彼が見えた。
しおりを挟む

処理中です...