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三、雷、雨、不器用に降り積もる。

三、雷、雨、不器用に降り積もる。③

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意外と笑い上戸だったと知る。

テレビではなくて笑っている彼を見ていたら、なんだか胸が変な感じ。

モヤモヤでもないし、ちくちくでもないし、ドキドキでもない。

柔らかいタオルを、指でツンツン押す感じにも似てる。

知らなかった感情を、刺激されてるようだ。

「いたっ」

「どうしたの!?」

 見れば、ソファから笑い転げた彼がいた。

「……何してんの」

「いつも家でもこんな感じ」

中学時代、君が窓辺で佇むだけで盗撮している女子で溢れ、私の髪に触れただけで「あのブス、生意気」とファンが聞えるようにつぶやいてくるのに。

クールなふりをして実は、家での彼はお笑い好きで笑い上戸で優しくて、傷つきやすくてちょっと強引な人だ。

「華怜さんも家ではもっと寛げばいいよ」

「寛いでるし。今もお風呂上がりですっぴんですよ」

「うん。すっぴんも可愛い」

 おまけに気障。思いっきりクッションを投げると、笑い上戸の君はケラケラ笑ったのだった。
「華怜、今日はもういいよ」

19時を過ぎた時点で、外は斜めの突き刺さる雨が降り出していた。

水曜に来るはずの台風は、火曜の今現在、速度を速めてやってきている。

真夜中にはここら辺に上陸してしまうとかしないとか。

お店も予約をキャンセルされ、早々と閉店することになった。

「車で送ってやりたいんだが、早くても21時過ぎちまうよ。待てるかなら送るけど」

「いえ。バスが動いているので大丈夫です。お疲れ様です」

美香さんは非番で、お客も少なくて先に掃除や片づけを済ましていたので、助かった。

白鳥さんにお礼を言いつつ、バスが来たタイミングで走った。

 それでも傘が意味を持たないぐらいの雨に、マンションにつく頃にはびしょ濡れになっていたのだった。
ドアの外に傘を立てかけて、玄関に足を一歩踏み入れてから気づく。

足から滴る水。その場でストッキングを脱いで一歩歩くが、床を濡らすのには変わりなさそうだった。

下着まで濡れてしまった冷えた体で、脱衣所まで走っていき、滴るジャケットとワンピースを脱いでから、廊下を雑巾で拭いた。

下着姿で廊下を拭く。

こんなこと、彼が居たらできなかったであろう。

早く帰れてよかった。

でもやっぱ一人ぐらしじゃないとそれは気を使うなあ。

彼も下着姿でうろうろしないし、自由がなくなったんじゃ――。

カッとカーテンの向こうがフレッシュを炊いたように光ったので思考が止まった。

今、自分が何を考えていたのかなんて、数秒遅れて聞えてきた雷の音にかき消された。

「ひいいい」

雷は嫌いだ。下手すれば、彼に切られた髪よりもトラウマに違いない。

また空が光ったので、リビングから逃げてお風呂場に逃げ込んだ。

シャワーで雨を流して、そしてベットに逃げ込んで、ヘッドフォンで音楽を聴きながら布団の中で丸くなれば大丈夫だ。大丈夫だ。
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