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症状三、急激に体温上昇?

症状三、急激に体温上昇?④

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「で、さあ」
私も少しずつ距離をとっていたのに、彼は本屋の方へ手を振りながら此方を向かずに言う。
「彼と何を話してたの?」
「――っ」

上昇していた体温が一気に冷めていく。
聞かれてはいなかったのだけは胸を撫で下ろてしまう自分が嫌だった。

「って、本当に婚約者っぽくない?」

冗談だよって彼は誤魔化したけど、私の方は振り返らなかった。
怒っている?
助けて貰ったくせに、また柾と会っていた私に怒っているのかな。そう思ったのに、聞けないまま彼が遠ざかって行った。
呆然としている私に、彼が本屋に入って行く時振り返ったけれど、その時はいつもの笑顔だった。
でも、何だか――ちょっとだけ怖かった。優しい彼を怖いと感じたのに、何故か胸はまたドキドキと高鳴り出していた。

『傷つけていたのは柾じゃなくて私なの』

そう正直に言うべきだったのに、私は逃げた。テーブルにスーパーの袋から取り出そうともせず置くと、リビングのソファに突っ伏した。正直に柾には言ってもいいって思ったのに、彼を見たら言えなかった。
もしかしたら――。

『じゃあ婚約者のふり、しなくていいんだね?』

そう言われてしまうかもって思うと怖くて言えなかった。
言えない。私が彼に優しくして貰えているのは、茜さんと柾を騙すためだから。
そう思うと、ズキズキと胸が痛んだ。
痛い。
痛い。
私は、颯真さんに優しくされるこの特別な位置の居心地の良さに甘えて痛いんだと思う。自分の打算的な考えに自己嫌悪で気分が悪くなった。

こんな自分勝手な考えで、今の関係を続けようとしていると彼にばれたら絶対に幼稚だと呆れてしまう。ソファで自分の、こんなドロドロした考えに嫌気がして、暫く動くことが出来なかった。
その夜は、颯真さんから連絡は来なかった。それもなんだか私の不安に拍車がかかる。昨日の私の言動は、きっと不自然だったんだ。
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