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症状四、それは風邪みたいなものでして。

症状四、それは風邪みたいなものでして。⑩

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誰か知ってるって言ってた。でも貴方のその様子じゃ、どうやら本当の婚約者は違う人みたいね」
私ではない?
「私が攻撃すると思って本命は隠してたのかな。歳が離れてるから、合わせる前に父親にちゃんと話し合ったッて言ってたわよ」
そう言えば先日、父に会うからと朝から正装していた気がする。歳が離れているけど、ちゃんと認めてもらいたいと思う人?
どうしよう。一人だけ浮かんでしまった。
さっき、私に忠告してくれた店長の顔が、浮かんでしまった。
「あの、ピアス落としてませんでしたか、音符型のルビーが入った……」
「ええ。これでしょ?」
茜さんは耳に髪をかけるとピアスを見せてくれた。
「なんだ、貴方が見つけたんだ。残念。本命が見つければダメージ与えられたのに」
「じ、じゃあサングラスのケースも?」
最上階に到着して扉が開いた。
それでも茜さんは、持っていたバックから颯真さんの部屋で見たサングラスケースを取り出した。
「私の。それも貴方が見つけたのかあ」
「返してもらったんですか?」
茜さんは、上機嫌で頷くと一階のボタンを押して、私の腕を掴んだ。
そのままエレベーターから私を下ろすと、手入れされた綺麗な手を私に振る。
「朝、ルームサービスが二人前あったでしょ? あれ、どうせ編集者の分とか適当な事言ったのよね?」
そして彼女はまたカバンから小さな瓶を取り出した。
それは、ルームサービスで五種類出している小瓶に入ったジャムの一つだった。
使わなかったジャムも持って帰って使って頂けたらと、それでまたレストランに足を運んで頂けたら、そう思って小瓶に入れている。そのジャムを彼女が一つ持っている。
「今からルームサービスを取りに行くんでしょ? 美味しかったわ。ありがとう」
「茜さん、待って下さい」
「良かったじゃん。元カノにこそこそ会う男だよ? 本当の婚約者じゃなくて貴方本当に良かったじゃない」
「よ、良くないです。私、本当に婚約者です」
挙動不審でうろたえる私を見て、茜さんはほくそ笑む。
「貴方は違うよ、本当の婚約者なら颯真が本気で尽してくれて、幸せオーラ全開のはずじゃない。貴方からは不安そうな片思いオーラしか感じないもの」
女の勘は鋭い。確かにそうなのかもしれない。私はただの片思いだから、だからこの嘘の婚約者の位置でしか颯真さんの傍に居られない。
だから余裕なんてない。免疫がないと、颯真さんにからかわれたのも、――本当にだたからかわれただけなんだ。私の知識も経験もない頭では分らなかったことが、ジクソーパズルのようにピースが埋まっていく。
本当の婚約者を茜さんから遠ざける為に私が居るんだ。婚約者がいるのに、茜さんと朝から会ってたり。婚約者さんが心配して忠告してくれてたり。
私だけが何も知らなかったんだ。
「教えていただき、ありがとうございました」
「んーん。またね」
茜さんは、婚約者がいても颯真さんと会いたいのだろうか。
それぐらい好きなのかな?
じゃあ私はどうなんだろう。
風邪の引き始めみたいに熱も高くて、判断力もなくて、処方箋もない私は?

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