そう音

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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鈴の音

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『ねえねえ』

「……」

『ねえってばぁ』

「……」

 俺は聞こえてくる声をひたすら無視しながら、地元方面に向かう電車を待っていた。
 なぜなら、その声は、俺にしか聞こえず。姿も俺にしか見えていないからだ。
 返事をしたくないのではなく、人目のあるこの場所では、したくてもできないのである。

 先ほどから、綺麗なブロンドヘアーの――手のひらサイズの少女が、俺の顔のまわりを飛び回っているのだが。
 周囲の人間はその飛びまわる小さな少女に、やはり誰一人気づいていない様子だ。
 もし気づいている人がいたのなら、なんらかのリアクションをとるのではないだろうかと思う。
 だが、通りすがる人たちはその少女に目を向けるどころか、何人かは、ちらちらと周囲を観察している俺のほうに意識を向けてきていた。

 普通なら、少しばかり挙動不審な俺よりも、宙を飛び回る小さな少女のほうに目を向けるのではないだろうか。
 まあ、人それぞれだとは思うが。
 とにかく、彼女が他者の目に見えていないのは間違いないようで。
 さらに、それを裏付ける出来事が、先ほどあったばかりだったりする。
 というのも――。

 バイト先から帰宅するため、駅までの道中を歩いていた時だった。
 夕暮れの人工的な光で照らされる道の途中。
 駅周辺はアミューズメント系の店が多いため、それなりに人がおおく。
 そんな場所を歩いていた時。
 俺はその――手のひらサイズの少女を見つけた。

 なんだろうと、ひらひらと彼女が飛び回る姿を観察していると。
 その子が余所見をしていたところに、サラリーマンの人にぶつかったのだった。

 当然、圧倒的な体重の差を前に、少女は簡単にふっとばされてしまい。
 俺はとっさにその身体をキャッチし、「大丈夫?」と声をかけてしまってから気づいた。

 ――おかしいと。

 少女にぶつかったサラリーマンだが。
 表面的に見る感じでは、わりとまじめそうな雰囲気の人だった。
 おそらく、誰かにぶつかった時は、頭をさげるぐらいするだろう、と思う。
 だというのに、ぶつかった少女に対して、視線を向けることすらしなかった。
 さらに、周囲の人たちも様子が変で。
 小さく悲鳴をあげて飛ばされてく少女にたいして、なんのリアクションもとらないのだ。

 もう、ここまできたら、間違いないだろう。
 どうやら――俺はつかれているようで。
 やれやれと、ため息を吐いた俺は、少女を安全そうな場所へ放し、駅へと向かったのだった。

 そして状況は――今にいたり。

『わたしは、ヴェルっていうんだけど。きみはなんていうの?』

「……」

 どうやら、少女の名前はヴェルというらしい。

『ねえ、見えてるんでしょ? どうして無視するの?』

 俺がそのまま彼女を無視し続けていると、

『ふーん。無視するんだぁ……』

「……っ」

 俺は思わず、リアクションをしそうになる。
 ヴェルが唐突に、俺の鼻の上へ、ちょこんと座ったからだ。
 どうゆうつもりなんだろう、と。
 俺はそう思いつつも、より目になるのをこらえながら、意識を別のところに向けた。

 ああ、これは相当に疲れているようだ。

 今日はお酒でも飲むか、と適当にビールの広告を眺めながら、目頭をほぐそうと手を動かそうとして――やめた。
 少女はそんな俺の動きに気づくと、

『ほら、わたしのこと見えてるんじゃん! 今、わたしをつぶさないようにしたんでしょ! ねえ! ねえって――むぎゅう……』

 ほんの少しうるさかったので、そいつを手でつまんでやる。
 慎重な力加減で、綿毛に触れるようにやんわりとつまんでやった。
 すると、さらにそいつは、ぴーちくぱーちくと、うるさくなり。
 やれやれ、と。俺が手をはなすと、

『ほら! ほらほら! 見えてるじゃん! 見えてるのにぃ! 見えて……』

 俺がちょんちょんと頭を撫でてやると、おとなしくなった。
 なんとなく。急につまんでしまって、わるかったと。
 そんなつもりで、少女の頭を撫でてから、手をおろし。
 押し黙ったヴェルの様子に、ほっと安堵する。
 しかし、

『ねえねえ……。ちょっと言いづらいんだけどさぁ……』

「……」

『おならしても、いい?』

 唐突に、ヴェルがとんでもないことを言い出した。

「……」

 一瞬何を言われたのかわからなかったが。
 ゆっくりと今の発言を理解した俺は、慌てて自分の鼻へ手を伸ばし、ヴェルを身体をつまむと、

『あ! ちょっと! やめて!』

 いや、だったら鼻からどければいいじゃないか。
 と、俺は少しあせりながら、ヴェルを自分の鼻からどかそうとする。
 しかし、相手は小さいとはいえ、女の子だ。
 そんな相手に、力づくな方法なんてとれるはずもなく。
 彼女を引きはがしきれずにいた。
 すると、

 ぷう……

「……」

 ……。
 俺はヴェルの尻から聞こえてきた放屁音に脱力し、彼女の身体から手をはなすと、

「……っ」

 思いのほかきつかった卵系のニオイに、くらりと、軽く目を回す。
 そんな俺の様子を見て、ヴェルは肩をすくめると、

『刺激するから、出ちゃったじゃん』

 彼女はそう言い、してやったりといわんばかりに、小さく笑った。
 その様子に、俺は少しむっとするが、人の多いこんな場所で、リアクションを取るわけにもいかず。
 俺は嗅覚を刺激し続ける臭いに耐えながら――。

 ようやく到着した、地元方面に向かう電車にのり。
 俺はげんなりとした気分で、空いていた席に腰を下ろした。
 そして、そんな俺の鼻に乗ったまま、

『ちなみになんだけど……。このまま無視を続けてたら、もう一回”したく“なっちゃうかもしれないから』

 気をつけてね――と。
 ヴェルはそう言って、いたずらっぽく笑ったのだった。
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