そう音

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

文字の大きさ
3 / 3

爽の音

しおりを挟む
『ねえ』

「……っ」

『ねえって』

「……っ」


 俺は聞こえてくるヴェルの声を無視しながら、早足で歩いていく。
 一刻も早く人気のないところへいかなければ、ならないのだ。
 なぜなら――、

『いつまで無視を続けるつもり? そっちが、その気なら……』

 ぷう~……

「……っ!」

 手のひらサイズの少女――ヴェルは俺の鼻先に器用に腰を下ろしたまま、本日何度目かの放屁をした。
 そして、呼吸するたび、卵系のえぐい臭気が俺の鼻腔へ流れ込んでくる。

 驚愕だ。
 臭いも、そのサイズにしては、なかなかのものをお持ちのようで。
 もっと言えば――何発こくんだ、と。
 その部分にも、俺は驚いていた。

 強烈過ぎて、さすがに目が回ってくる。
 いい加減にしてもらわなければ、そろそろ俺は胃の中のものをぶちまけてしまうだろう。
 ひとまず、人前でそんな醜態をさらすわけにはいかないので、俺は必死で足を動かした。
 しかし、あまり急ぎすぎると――、

『ちょっと、揺らさないでよ!』

 ぼふうぅ……っ!

「……。うぐっ……!」

 理不尽な話だが。
 こうなってしまうため、俺は早歩きの範囲で賢明に駅の出口を目指していた。
 本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう。
 俺はげんなりしながら、ここ一時間ほどの記憶を振り返る。

 手のひらサイズ少女と出会った時こと。
 彼女がヴェルという名前だと知ったときのことや。
 数々の理不尽なヴェルの振る舞い。

 俺はそんなことを思い返しながら、疑問を抱いていた。
 なぜかは知らないが。
 不思議と――腹は立っていないのだ。

 多少はむっとしつつも、なんだかんだで。
 心のどこかで、ほっこりしていて。
 なぜだろう、と。
 俺は疑問を覚えながら、自分の鼻の頭に止まっているヴェルへと視線を向ける。

 相変わらず、見た目は可愛らしい。
 しかしその実、力が驚くほどに強く、侮れない存在であり。
 わがままで、理不尽なことばかりいう子で。

 俺はそんな彼女と、面と向かって会話をしようと考えていた。
 しかし、今ここでそれをやってしまうと、色々とやばいきがするため、適した場所を探しているのだ。

 ともあれ、駅を出て帰り道のほうへ歩いていけば、人の気配は落ち着いてくる。
 本来であれば、駅からバスで帰るのがルーチンなのだが。
 今日は特別に、鼻の上でふてくされているヴェルと会話でもしながら、歩いて帰るのもいいかなと思ったのだ。
 そして――。

 駅をでて、人ごみが落ち着いてくる。
 だが、周囲にはなんだかんだで人がおり、もどかしい気持ちでいると、

『ねえ』

「……」

『やっぱりキミって、わたしのおならのニオイが、好きなんじゃないの?』

「……っ」

 そんなわけがないだろう。
 と、そういいたいが、まだリアクションをとってもいいような頃合ではない。
 俺が少しむっとしながらも、黙ったまま早足であるいていると、

『だから、わざとわたしに意地悪をしてるんでしょ?』

「……」

 ヴェルの声に俺がさらに黙り込んだままでいると。
 ふと、沈黙が流れた。
 その空気に俺はいたたまれなさを感じながら、黙々と歩き続け、

「ちがうよ……」

『っ……!?』

 俺の声に、ヴェルは驚いたようにのどを鳴らす。
 その様子に俺は苦笑いで肩をすくめると、

「ごめん……。きみ、他の人には見えてないみたいだからさ。へたに声をかけられなかったんだよ……」

『……本当に?』

 少しの間をおいて、ヴェルが首をかしげる。

『……怒ってるんじゃないの?』

「……」

 俺はヴェルからの問いに迷い。
 少し間を置いてから答えた。

「別に、怒っちゃいないよ。本当に事情があって、返事ができなかっただけだから」

 自分でも不思議なのだが、本当に怒っていなかった。
 近い気持ちで言うなら、あれだ。
 猫にパンチをされて、怒る人はほとんどいないと思うが。
 偏見の混じった説明だが、とにかくそういった心境に近いかんじで。

 鼻の上でいたずらをしてくるのは、勘弁してほしいが。
 別に許容できないことでもないと、思っていた。
 そして、そんな俺の言葉に、ヴェルは不機嫌そうにむっとすると、

『もう! そうならそうって、ちゃんと言ってよ!』

 ぶふうぅ……!

「ちょっ……! うわっ! 臭いから! それ、マジでやめてくれってば!」

『わたしを怒らせた、キミがわるい!』

 ぶびぃ……!

「っ……! だ、だからっ、色々事情があったんだって! 説明したじゃんっ!」

『知らない! とにかく! これから先、わたしを怒らせたらこうなるんだからね! わかった!?』

 むっすううぅぅ~~……

 と、ダメ押しのすかしっ屁。
 いかにも――といった感じの音だったが。
 想像の通り、臭いも強烈で、

「おっ! おええぇぇ……っ! くっ、うえぇ……!」

『わかったの!?』

 繰り返し訊いてくるヴェル。
 そんな彼女の言葉に疑問を覚えた俺は、臭いに目を回しながらも、声を絞り出すように返事をした。

「っていうか……、これから先、って。きみ……、ずっとついてくるつもりなの?」

『きみじゃなくて、ヴェルだってば! っていうか、まだキミのほうから名前聞いてないんだけど! 教えてよ!』

 質問をまったく聞いていない様子のヴェルに、俺はやれやれと心中で溜息をつきながら返事をした。

「か、かなで……」

『カナデ?』

 首をかしげるヴェルに俺はうなづいて、返事をする。

「そう。立花たちばな かなで

 俺が言うと、ヴェルは『ふぅん』とようやく落ち着いた様子で、腕を組んで言った。

『それじゃあ、奏。これからもよろしくね』

「……」

 なんだか、強引な子だな。
 俺は心中でそんな風に思い、苦笑いをすると、

「ああ、よろしく。ヴェル」

 と――そんなこんなで。
 俺とヴェルという小さな少女は出会ったのだった――。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

グラタン
2020.07.20 グラタン

それは残念ですね、分かりました!
また気が向いたら、ぜひ新作などお願いしたいです!それまで、過去作を見て気長に待ってます!笑

解除
グラタン
2020.07.16 グラタン

毎日楽しませてもらってます〜!!
連日更新は止まった感じでしょうか?

2020.07.17 𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたのでしたら、嬉しいです。

はい、この作品で、更新は打ち止めとなります。

ひとまずは、今のところ新しいお話を書く予定はないですが、
また気が向いたときに、思い出していただけたら嬉しいです。

解除

あなたにおすすめの小説

おかしな家

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ おかしな家の、不思議で下品なお話です。

三匹の○○○

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ とある家を襲おうとしている狼の、下品な話。

ほんの小さな好奇心

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢
大衆娯楽
【注意】特殊な小説を書いています。下品注意なので、タグをご確認のうえ、閲覧をよろしくお願いいたします。・・・ 好奇心が招き展開していく、下品な秘密のお話です。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。