『下品注意』僕のハナはどこですか?

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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安心できる場所

03――【続く日常】

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 なんだかんだあり、結局。
 僕の鼻探しは、新しくルールが追加されて、再開されることとなった。
 そして部屋を出て、僕は馬小屋へと、探しに来てみたのだが、

「ラミィ……、一つ聞きたいんだけど、さっき感じたニオイって、こんな感じのニオイだった?」

「うーん。なんていうか……」

 僕は数頭いる馬の一頭を撫でながら答える。
 先ほどの悪臭をヒントに、臭いが発生しそうなところとして、この場所が思いついたのだが。まあ、野生感のあるニオイはする。だが、

「ぜんぜん、違う、かな……」

 僕がそう言うと、リリィは「そう」とだけ返してきた。
 なにやら、聞いてきたわりに、そっけないなと思ったが、僕は気を取り直して、思考を続ける。

「まあ、考えてみれば、そんなわけがないよな」

「そんなわけないって?」

「ここであんな臭いが発生してたら、馬たちがひっくりかってそうな気がするし」

「…………」

「ほんと、さっきの臭いには、参ったよ。あれはまるで毒ガスだ。まあ、身体に害はないみたいだけど……」

 ~ ――――。

「――!?!?!?!?」

 と、それは唐突だった。
 喋っている途中に、また“あの臭い”がきたのだ。
 とんでもない臭いに、僕は声をもらし、嗅覚への衝撃に、思わず地面に膝をついた。すると、リリィが慌てて駆け寄ってくる。

「へ? またなの? なんでだろう、別にそんなへんな所に隠したつもりはないんだけど……」

 故意によるものではないのか。リリィは僕の鼻の隠し場所を思い浮かべるようにしてつぶやき、

「それにしても、毒ガスかぁ……。ふーん……」

 彼女はそう言って、考えこみ。
 そのすぐあとに、

 ~ ――――。

「がっ……! ぐっ……、くさい……」

「大丈夫? へえ、そんなに臭いんだね」

 再びきたニオイに衝撃を受ける僕に、リリィは心配げに言いつつも、どんな感情なのかわからないような曖昧な表情を浮べた。まあ、臭いが彼女に伝わっていないのだから、このキツさを理解するのは難しいだろう。と、彼女の反応に僕が納得していると、

「もっと、嗅がせてあげたいな……」

「へ?」

 一瞬何を言われたのか理解できなかった。
 彼女の言葉の意味も。
 突然入ってきた情報に、頭の中の線が絡み合っていき、思考力をうばっていくような悪臭に、その絡みつきをさらに酷くなっていく。そして、ぽかんとする僕に、

「――冗談だよ」

 リリィはそう言って、にっ、と笑った。
 まるで花が咲くように、晴れ晴れとしたような笑みで、その様子に、僕は少しのあいだ。困惑も、臭いのことすらも、忘れてしまっていた。
 そして、彼女にはかなわない、と僕は思った。
 もし仮に、彼女にとんでもないイタズラをされたとしても、僕はその笑みを前に、許してしまう気がする。
 要するに、僕はもうずっと前から、リリィのことが――、

「リ、リリィ……、あのさ、僕……」

 ~ ――――。

「――ぐぎいいぃぃっ!!」

 思考を遮るように、尋常でない臭気が僕の嗅覚を襲う。
 ほんとうに、なんのニオイなんだろうか。最初は、リリィが僕の鼻をポケットにでもいれていて、そのままオナラでもしたんじゃないだろうかと、そんな考えも過ぎったことがあったが、これは人間のだせる臭いではない――と思うし、今ではそれらの発想はいっさい結びつかないものになっていた。
 と、僕が臭いの衝撃に思考を流されていると、

「やっぱり、ギブアップする?」

「…………」

 リリィの提案に、僕は息を飲み込む。
 待ち焦がれてたような言葉だった。しかし、

「けど……、それだと罰ゲームが……」

「うん、その罰ゲームなんだけどね。別に、ラミィ次第ではどうとでもなるものなんだよ」

「へ? 僕……、次第……?」

 つまり、それだけ軽い罰ゲームという意味なんだろうか。だが、ニュアンスが少し違う気がする。
 そんな疑問を抱く僕の問いに、リリィは「そういうこと」と頷いて答えた。

「だってこの罰ゲームは、【リリィがまた鼻を落としたらしたら】、っていう条件付だから」

「鼻を……?」

「そう。つまり、【リリィがまた鼻をなくしたら、1時間、また同じ場所に隠す】っていうのが、罰ゲームなんだけど……」

「ん……? それってつまり……」

 苦笑いを浮べるリリィを見て、僕の中である想像が結びついていく。

「まさか……、このゲーム自体、初めから僕のために考えたものだったんじゃ……」

 要するに、僕がもう鼻をなくさなければ、罰ゲームは、ないのと一緒ってことだ。そんな僕の考えに、リリィは今更気づいたのか、と言いたげに苦笑いを浮べて言った。

「じゃなかったら、こんな問題の発生するような場所に隠したりしないって」

「それも……、そうか……」

 確かに、リリィが考えたにしては、少し変だとは思っていた。 しかし――それでも。
 こういった時間でも。
 楽しいって、無意識に思っていたのかもしれない。
 だから、酷い目にあっているという思いが薄れていたんだろう。まあ蓋《ふた》を開けてみれば、それも思いやりのある行動だったわけだが、とにかく、

「だったら、するよ。――ギブアップ」

 そんな僕の言葉に、リリィは「りょうかい」と答えると、

「それじゃあ、ちょっとここで待ってて。今ラミィの鼻、とってくるから」

 リリィはそう言うと、駆け足で、何処かへ向かっていったのだった――。

 + + + + + +

 ――リリィに鼻を隠されるという、あの出来事があった日から数日がたったが、あの日リリィが僕の鼻を隠した場所は、いまだに分かっていない。
 気になった俺は、屋敷中の臭いが発生しそうな場所――トイレや、下水の通り道などを確認してみたが、どれもこれも違う気がする。とはいえ、そんな興味はすぐに消え、あの日のことを、思い出さなくなっていた。
 受けることになってしまった罰ゲームについても、結局のところ、鼻を無くさなければ、ないのと同じで――まあそのおかげで、以前よりも鼻への警戒するようになり、落とす、なんてことはなくなったわけで、むしろいい薬になったと、今では思っている。

 と――そんなふうに。僕は久しぶりに、あの日のことを思い出しながら、自宅の庭に生えている生い茂った草の上で寝転ぶ。
 今日は天気が良かったので、スケッチでもと、絵を描きに外へ出てきたのだ。そして、数時間絵に没頭していた僕は、集中力がきれ、そのまま――。

「――ねえ」

 リリィの声だ。

「ねえ、ラミィってば」

 再び、僕を起こそうと声がかけられ、僕は少し驚きながら目を開いた。

「……リリィ。どうしたの? 今日って、約束してたっけ?」

 今日はリリィとの予定はなかったはずだ。いつもなら、尋ねてくる前に、何かしらの約束をしたりするのだが、今日はなんだか突然だなと、僕がぽかんとしていると、

「なによ。私が来たの、そんなに嫌だったの?」

「ち、違うって! 別にそういうわけじゃなくって……。その……」

 むっとしなが言うリリィに、

「会いに来てくれて嬉しいよ」

 僕は慌てて言葉を続けた。
 すると、リリィはしばらく言葉に詰まったように、口をぱくぱくさせてから、少しして、気を取り直した様子で、「そう」とだけ返し、そんな彼女の様子に、我ながらくさい言葉だったかと、僕は頬をかいた。
 それから、しばらくの沈黙が流れ。
 リリィがおもむろに、「で……」とリリィがが口を開き、僕に何かを見せてくる。

「これ……、何だと思う?」

「……へ?」

 僕は目の前のものを見ながら、ぼんやりと返す。
 わけがわからなかったからだ。
 疑問は複数あった。

「なんで……。まさか、僕が寝てるいあいだにリリィが……?」

 一つ目の疑問に、リリィは首を横に振る。

「私が来たときには、そこに落ちてたんだよ」

「落ちて……、ああ、なるほど……。でも、ここは僕の家の敷地ないだし、落としても、なんの問題もないだろ……?」

 僕は二つ目疑問を口にした。
 すると、リリィは首を縦に振り肯定し――、

「けど――罰ゲームの内容って、覚えてる?」

「…………」

 リリィの言葉に、僕は息をのむ。
 あの日の出来事は、なんだかんだ――まあまあのトラウマだったからだ。できれば、思い出すことのないようにしたい出来事の一つであり、

「いや! けどそれは、僕が鼻を落としたらっていう……」

 言いながら、僕は青ざめていく。
 僕の罰ゲームは【鼻を落としてしまったら】という条件であり、【どこに】なんていう条件はなかったのだ。無意識に、人目のない場所なら大丈夫だろうと思ってたが、僕は――気づいてしまった。
 そして、思わず黙り込んでしまった僕に、リリィは方をすくめ、やれやれと苦笑いを浮べると、

「じゃあ――隠してくるね」

 無常にも。
 リリィそう言って、どこかへ向かってしまい、僕はその背中を、声をかけることができず、ぼんやりと見送った。
 そして――しばらくしてから。
 徐々に心臓の鼓動が早くなっていき。
 皮膚を、ぞっとしたものが流れていく。
 ようやく、混乱していた脳が、思考する力を取り戻したのだ。
 いやだ――と、嫌悪感が、胸中を満たしていき。
 こわい、とまで、思ってしまう。
 臭いの沼にでも溺れたかのような、あの感覚がこわいのだ。
 まあ、毒ガスではないだろう。
 そんなものを、リリィが嗅がせようとするなんて考えられない。
 だがあれは、そういう類のものなのではないだろうか。
 そう思うほどに、以前嗅いだ臭いは強烈だった。
 毒ガス。兵器。拷問。
 思わず物騒な言葉が脳裏をかすめるよな臭い。
 あれをまた嗅ぐことになるのだろうか。
 そう思うと、こわくて、しかたがなかった。
 だが、しかたがない。
 あの日、ギブアップをして、罰ゲームを受け入れたのは、僕なのだから。
 仕方がない――と、僕が覚悟を決めていると、

 ~ ――――。

「――ごっ!?!?」

 口から苦鳴の声がもれる。
 『あれ』が、きたのだ。
 来てしまったのだ。
 それは想像通りの――いや、想像以上のような気がする。
 あの日感じたものよりも、さらに一回りほど濃厚な臭気の感覚が、嗅覚に感じ、俺は震えた。
 考えがあまかったかもしれない。
 なぜあの日、簡単に受け入れてしまったんだろう。
 そんな後悔を覚えながら、僕はどろっとしたような腐卵臭系の臭いにうめき声をあげながら、しばらく地面にうずくまっていた。
 すると、

「――探しに、行かないの?」

 リリィの声が聞こえてくる。
 いつの間に、戻ってきていたらしい。
 そして、疑問の表情を浮べる僕に、

「見つけたら、終わりでいいよ」

 リリィは続けて言った。
 その声に、僕は答えようとして、しかしそのタイミングで――、

 ~ ――――。

 なんの気配もなく、再び臭いがくる。

「――ぁ!?!?」

 鼻に感じた臭いに、僕は再び喋る余裕を無くし、そのようすに、リリィがおかしそうに笑った。
 そんな彼女に、少しむっとした表情を向けると、

「ごめんごめん。けど、そんなにすごいんだね……」

 リリィは苦笑いを浮かべ、

「じゃあ、また――ギブアップする?」

 リリィの言葉に、僕は思わず息を飲む。
 それが、なんとも甘い囁きのように、聞こえたからだ。
 可能であるのなら、したいと思った。先ほど後悔をしたばかりなのにだ。そんな自分に、苦笑いを吐きたい気分になるが、それをする余裕すらなく、僕は――。

 と――まあ。こんな具合に。
 僕はこの先も、同じような失敗を繰り返していくわけだが。
 それらの話は。
 また別の機会に――ということで。
 特になんてことのない話で。
 下品な話で。
 たいしたオチのない、そんな平和な日常が。
 これから先も続くのだった――。
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