『下品注意』僕のハナはどこですか?

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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安心できる場所

02――【目には見えない】

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 二、三人ほど座れる程度のソファにリリィと腰をおろし、馴染みのある洋室にぼんやりと目を向けながら、僕はゆっくりと気分を落ちつかせていく。
 部屋には大したものは置いていない。窓際には物書き用の机に本棚、クローゼットにベッドがある程度だ。そんな空間の中、僕は適当に目を向けながら、重たい口を開いた。

「リリィ……。あの……、さっきの臭いなんだけどさ……。あれってもしかして……」

「臭い? あ。うん……、ごめんね……」

「いやいや。別にあやまることじゃ……。うっ……」

 言いながら僕は先ほど感じた臭いを思い出して、胃から込み上げてくるものを感じた。それだけ強烈だったのだ。恐らく、悪臭の“発射口”の間近に僕の鼻がある。まるで質量のあるような臭いの中に、どっぷりと漬け込まれているかのようだった。その臭いは少しずつ薄まって、再び甘い匂いに戻りつつあり、そこに今は、うっすらとした汗ののようなニオイも混じっている。その在りかを想像し、予想外すぎて、事実を疑いたくなるが、ここまで根拠がそろえば、間違いないだろう。
 僕はリリィに手を差し出すと、

「もういいでしょ。さあ、返して」

「……ん?」

「…………」

 ここにきて首を傾げるリリィに、僕は呆れる。
 もう言い逃れなんてできるはずがない。あの臭い。そしてあの音――は、あまりにかすかだったので定かではないが、間違いないだろう。しかし、それを口にするのは――少し恥ずかしかった。
 ここはそんな僕のニュアンスを汲み取って欲しいところなのだが、

「だから、隠したんだってば」

「いやいや。恥ずかしいのはわかるけど、白状してくれないと、僕のほうが……」

「恥ずかしい? 私が?」

「大丈夫だって。僕は例えリリィが……、その――、別に引かないし。むしろ、それだけ気を許してくれているんだなって、ほっとするっていうか……。だからさ……、リ――ぎゃっひぃ!」

 言葉の途中で僕の口から奇声がもれる。
 リリィに突き飛ばされたのだ。

「何するのさリリィ!」

 カーペットの床に転がった僕は、困惑の目をリリィに向ける。
 すると、顔を真っ赤にしたリリィが怒ったような様子で言った。

「私が、……なんて? つまり、私が、その……、したっていいたいの? そんなわけないでしょ」

「けど……、さっき、臭いが……」

「うん。だから――隠した場所が悪かったのよ。それは謝るわ。けど、私のせいにされたんじゃ、たまったもんじゃないわよ」

 要するに、さきほどの解釈が、僕の勘違いだといいたいらしい。だが、そう言われてしまえば、はっきりとした証拠は確かになく。なんだか、リリィの言っていることの方が正しいような気がしてくる。

「ご、ごめん、リリィ。そんなつもりじゃなかったんだ……」

「そんなつもりって?」

「リリィを疑うつもりじゃなかった、っていうか……」

 僕は混乱しつつ、どうにかそう口にした。
 すると、リリィは、ほっ、とするように息を吐き、「そう」と苦笑いを浮べる。

「けど、誤解を生むような場所に隠した私にも責任があるわ。私の方こそ……、ごめんね」

「リ、リリィは謝らなくていいんだよ」

 僕は慌てて立ち上がると、ソファに戻りながら言う。
 そんな僕の様子に、リリィはくすっ、と笑みをこぼすと、

「ただ、言質はとったわよ」

「へ?」

「私がその……、しても、嫌いにならないって……」

 おずおずと口にするリリィ。
 その様子を見て、僕ははっと、気づくと、

「そんなの、あたりまえじゃないか。っていうか、僕がその程度でリリィを嫌いになるように見える?」

「わかんないわよ。人の気持ちなんて、すぐに変わるんだから……」

 ぽつりと寂しそうに言うリリィ。
 そんな彼女への返答を僕は躊躇《ためら》ってしまう。そんなことない、と言葉で言ったところで、薄っぺらいと思ったからだ。しかし何の返事もないと、先ほどのリリィの発言を肯定してしまうことになる。そこで、僕はおもむろに口を開き、

「うーん。そんなことは……」

 ~ ――――。

「……へ?」

 思わず声が漏れる。“あの感覚が”また来たからだ。
 脳が、何かを伝え、それを無意識で拒絶しようとするような、混乱状態になり、僕の思考はこの一瞬のあいだに、ブレーカーが落ちたかのように停止する。
 何がおきたんだろうか。
 しかしそれを理解してはいけない気がする。
 だが――と、走馬灯でも見るかのような、刹那の時間。
 僕のは停止した思考は、水の中から水面へ上がるように、ゆっくりと浮上していき、

 ――臭い。

 と、そう思った。
 瞬間、

「――きゅぅっ!?!?」

 僕は慌てて本来鼻のある場所を、ぎゅっと押さえて、口から無意識に奇声をもらす。その原因は、またしてもさっきのニオイだ。
 卵のような大根のような肉のようなそれらを、しっかりと――腐らせ、凝縮させ、その中に、どっぷりと鼻を潜らせたかのような、強烈な悪臭。もはやなにかの兵器といってもいいのではないだろうか。と、そんなふうに思ってしまうぐらいに、その臭いは酷いものであり――オナラのようだ、とも思ったのだが、ここまで酷い臭いが体内からでてくるだろうか、という疑問によって、その選択肢は消されたのだった。
 そして、そのニオイに、僕はおもわず、

「……ラミィ?」

 僕の様子に、リリィが困惑するように、首を傾げる。
 そんな彼女の視線の先で、僕は、くっく、と声をもらし――笑った。
 そういった性癖があったりだとか、マゾに目覚めた、などの理由ではなく、臭いし、苦しいし、もう嗅ぎたくない、と思いつつも。
 なぜか――面白かった。
 臭いがあまりに酷すぎて、それがなんだか、面白くなってしまったのだ。
 とはいえ、いつまでも嗅いでいたら、気が狂いそうだ。僕は笑いを引っ込めると、

「ごめん。今、またニオイがきてさ。あまりにすごかったから、面白くなっちゃって……、はあ。たのむリリィ、ギブアップだ。僕の鼻の場所を教えてくれ」

 もしかしたら、そういったニオイのある場所を探せば見つかるかもしれない。だが、探しに行く余裕はなく、一刻も早く鼻を取り戻すため、もうギブアップをしてしまうことにしたのだ。
 僕がそう言って降参の言葉を口にすると、リリィはきょとんとした表情を浮べて言った。

「もう、降参なの?」

「あ……、え? いや……」

 思わず、言葉に詰まる僕。
 リリィの表情に、落胆のような何かが浮かんでいる気がしたからだ。そんな顔をさせて、堂々と頷くことは、なんとなくできなかった。気のせいかもしれない。だが、気のせいだったとしても、

「うーん……、もう少し、頑張ってみようか?」

 微妙に、疑問系。僕の想像が思い込みだったときのための、保険だ。疑問系にすれば、ひとまず彼女の様子をみる猶予《ゆうよ》があるからだ。しかし、

「お、じゃあ、再開だね」

「あ、いや――」

「ちなみに、ギブアップしたら、罰ゲームね」

「……罰ゲームって?」

 不穏なワードに、言いかけてた言葉を遮られ、僕はの意識をそちらに向けられる。そして、僕の問いに、リリィは笑みで返し、

「それは、ギブアップをしたら教えてあげるよ」
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