作り物のお話

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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作り物の台本

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 ――さて。
 先日は自分と同い年ぐらいの少年を連れてきていた音夢だったが、今回も、また面白そうな人を連れてきていた。
 ちなにみ、どんな人をつれてくるのかは、音夢に任せており、今回は、成人を超えた青年を連れてきているようだ。

「それじゃ、はじめてくれ」

 俺が指示を出すと、音夢はベッドに腰を下ろし、ほんのり赤みのあるウェーブがかった髪をかき上げた。
 それが合図なのだ。

『では、はずしますね』

 音夢は俺からの指示を受けると、すぐ横で座っている男のアイマスクをはずす。
 それを受け、男は困惑気味に、『ああ……、うん』と曖昧な返事をした。
 男はここがどこだか知らないのだ。

 アイマスクを外した男は、ベッドにクローゼット。勉強机――といった。
 いかにも女学生の部屋といった部屋を見回すと、

『ここは……』

『私の部屋よ』

『へえ……、どうし……、……ん?』

 状況を整理しようと男は質問しようとして、その動きを唐突に止める。
 そして、ある異変に気づいた――その瞬間。
 男は『うっ……!?!?』と、声をつまらせ、唐突にベッドにうずくまり、鼻を押さえ始める。
 
『がはっ……! これっ、なんの……っ!』

『…………』

 音夢は男の疑問に、沈黙のまま苦笑いで肩をすくめる。

 ――さて。
 男がなぜ苦しんでいるのか。

 前回の少年が来たときのことを思い出せば、おのずと答えはわかるだろう。

 しかし、男にはわからない。
 なぜ――卵の腐ったような臭いがするのか。
 そして、なぜその臭いが次第に強くなっていくのか。
 男は、理解できない様子だ。

 まさか、音夢が――屁をしたわけではあるまい。
 彼女はなんだかんだで、まるでフランス人形を思わせるような、綺麗な見た目をしている。
 そんな子が屁をするなんて、男には理解できないのだ。

 ひょっとすると、もう頭では理解できているのかもしれない。
 だが、脳では理解していない様子で、男は驚愕しているようだ。
 そこへ――、

『ううぅ……っ!?!? おっ!! ごええぇぇ!!』

 さらに強まってくる臭いに、男はさらに苦しみだす。
 まるで、毒ガスか何かでも吸い込んでいるかの表情だ。
 しかし、彼が吸い込んでいるのは、毒ガスでもなんでもなく。

 ただの――音夢の屁だ。
 つまり、音夢が音もなく、屁を放ち。
 男はその臭いに苦しんでいるのだ。

 ちなみに、音夢は屁をしたのではない。

 っすううぅぅ――――――

 過去形ではなく。
 彼女は今まさに――屁を放出し続けているのである。
 だが、その音が小さすぎで、男には聞こえておらず。
 唐突に、部屋へ強烈な臭いが漂ってきたとでも、思い込んでいるのだろう。
 正常な思考力ならそうは思わないだろうが、彼の肺を満たしている空気がそれを狂わせているのかもしれない。

『ご、ごめっ……。ちょ、なんだかあつくて……。窓……、うぅ……!』

 男は疑問の表情でベッドから立ち上がると、ふらつきながら、窓のほうへとあるいていく。
 まあ、室温はまあまあ暖かい。それを考えれば、なくもない口実だろう。
 そして、男はなるべく呼吸をしないよう、ぶつぶつ言いながら、窓を開け――、

『……ぇ?』

 男の眼前に、青空はなかった。
 曇ってるわけでも。夜なわけでもなく。
 彼の視界に広がったのは――コンクリートの壁だったのだ。
 男は、理解できていない様子で、その壁をぺたぺたと触ると、

『なに……、こっ……、うぐっ、おおええええっ……!?!?』

 ますます強まる臭気に、男は胃の中のものを吐き出してしまい。
 そのまま、ついに倒れこんでしまった。

 やれやれ。
 掃除が大変だ――なんて。実は、そんなこともない。

 その部屋は――作り物だ。
 ある目的のためだけに作られた部屋で。
 その部屋にはある仕掛けを使えば、実は簡単に、清掃ができてしまうだが。
 まあそれはいいとして――。

『ちょっと。なに人の部屋を汚しているんですか?』

『ぁ……』

 苛立ちをにじませる音夢に、男は動揺で目を揺らす。
 それから、すぐに誤ろうとしたのか、体を起こし――、

『……ぇ?』

 目の前の光景に、呆然とする。
 男が起き上がったのと同時に、音夢が、くるりとデニムの尻を男の鼻先に向けたのだ。
 そして、ふわりと漂った屁の残り香を感じ取ったのか。
 男が、うっ、と息を詰まらせたところに――、

 ふっすううううぅぅううぅぅううぅぅ~~……

 音夢は今まで少しずつ放出していたガスを、今度は男の顔へ、思いっきり吹きかけた。
 恐ろしいことに、鼻の先で放出したのだ。

 ちなみに、なにが、恐ろしいかって。
 音夢は屁が臭いのだ。それも、規格外に。
 もしかすると、スカンクの血がでも流れているのではないかと、冗談半分に思ったりすることもあるが。
 そんな発想をしてしまうほど、音夢の屁は強烈なのである。

 さらに、彼女がこの部屋にくるとき――犠牲者を連れてくるときは。
 事前に、いろいろと準備してくるようで。
 恐らく、ただでさえ臭い屁が、さらに強烈になっていることだろう。

 とはいえ、俺の今いる場所は、音夢のいる部屋から、マジックミラーのガラスを挟んだこちら側。
 その臭いが届かない場所にいるので、仕込みにどれほどの効果があるのはわからない。
 俺は音夢がつれてきた男の反応を見て、判断しているにすぎないからだ。

 しかし、そんなことはどうでもいい。
 俺にとって重要なのは、臭いがどうというよりも――シナリオだ。
 どのように嗅がせ、どのように苦しませるか。
 その欲求を正しく満たしてくれるのが――音夢であり。
 俺は荒くなってくる呼吸を落ち着かせながら、目の前のやりとりに目を向け続ける。

『あら。すっかり、元気がなくなってしまってしまいましたね……。じゃあ今度は……、うーん、そうですねぇ……』

 音夢はもうすっかり意識をもうろうとさせている男に目を向けながら、考えるようにしてつぶやくと、近くにあったティッシュ数枚を使い、少し汚れた男の口周りを綺麗にした。
 それから、先ほどの吐瀉物が男の衣類にかかっていないことを確認すると、『よいしょ』と、男をベッドの方へとひっぱっていく。

 華奢な感じの音夢だが、その見た目とは裏腹に、彼女は力がある。
 まあ、男の体重は60キロといった感じだから、そのぐらいは俺にも余裕でできるし、当然だろうと思うが。
 女性の体力で、それはたいしたものなのではないだろうか。
 まあ、そんなことはさておき――。
 音夢は男をベッドに寝かせると、

『では。今度は……』

 そういって、音夢は机の引き出しを開けると、大きめのビニール袋を取り出した。
 ちなみに、側だけはしっかり勉強机のようなのに、中身にはまったくこだわっていないため。
 そういった雑貨が入っていたりもする。
 まあ、そんなことはさておくとして――。
 音夢は袋の口を少し広げると、それを尻のほうまで持っていった。
 そして――、

『こんなのは、どうでしょうか?』

 ふすううううぅぅううぅぅ~~……

 長い、すかし。
 ねっとりとした空気で、袋が膨らんでいく。
 だか、そこで終わらない。

 しゅううううぅぅううぅぅ~~……

 三割ほどふくらみ。

 むすううぅぅ――ふすううううぅぅ~~……

 五割、六割と、袋が音夢の体内にあったガスで、膨らんでく。
 そこからさらに――、

 すふしゅううううぅぅ~~……すかああああぁぁ~~……

 なんと、聞きごたえのある屁だろうか。
 肺活量ならぬ――と、いうべきか。
 これほどまでの空気が、体内のどこに収まっていたのだろうか。
 不思議である。
 もっと言えば言えば、これまでに出した分だけでも、十分に規格外であり、さらにこれだ。
 10キロの米がすっぽり入るようなサイズの袋が――八割ほどまで膨らんでしまっていた。

 さて。
 彼女はそれをどうするつもりなのだろうか――なんて、考える必要もないだろう。

『これ、全部、おならです』

 音夢はそういって、男の目の前へ、パンパンにふくらんだ袋をもっていき、見せ付ける。
 だが、男の反応は先ほど、音夢の屁を受けてから、まだ鈍く。
 今ようやく袋の存在に気づいたようすで、ぼんやりと視線を視線を動かした――とたん。
 男は小さく『ひっ……』となきそうな声を漏らした。
 その様子に、音夢はにやりと笑みを浮かべると、

『何秒、たえられますかね?』

『……ぁ』

 まるで、猛獣にであった人の反応だ。
 恐怖で、声も出ない様子で。
 それほどまでに、音夢の屁はやばいのである。

『ちなみに、全部すかしっ屁でした。ぷすぅ~、って……。だからですかね? 袋がなんだか……、暖かいです……』

 そんな音夢の言葉に、男はさらにおびえ。
 彼女から、距離をとろうとした。
 だが、まるで、神経が麻痺でもしているかのように、動きが鈍く、

『では、そろそろ……、やっちゃいますか……。さすがに回復されては、男の人の腕力にはかないませんし……。まあ、そうなったら』

 あなたが助けてくれるんでしょうけど――と。
 音夢はそう言って、マジックミラーごしに、ちらっとだけ、俺を見た、気がした。

 そして、気づけば音夢の意識は男へと向けられていて、

『じゃあ、カウントして』

 ……ん?

『できてなかったら……、今度は――あなたに嗅がせちゃうから』

 音夢はそう言って――すぐ。
 袋を男の頭にかぶせた。
 すると、

『――――ぁ!?!?!?』

 男があばれ。
 それは――すぐに静まった。
 だが、まだ体が、ぴくぴく、と痙攣しており。
 その様子を、音夢は注意深く見つめていた。

 少しずつ。
 少しずつ……。
 男から、力が抜けていき。
 生気がなくなっていく。

 それでもなお。
 袋の中の空気をのがさないと。
 男の首を絞めるようにして、音夢は袋の口を、ぎゅ、と握り続けている。

 まだだ。
 まだ、終わりではない。
 音夢は注意深く、男の動きをみ続けた。

 痙攣が、完全に止まるまで。
 彼の中にある火が、ふ、と消えてしまうまで。
 見続けていた。

 そのあいだ。
 俺はもちろん時間を計っていた。

 本当に、気づいてよかった。
 あと少し、音夢の言葉に気づくのが遅かったらと。
 俺はぞっとする。

 そして、男の動きが完全に停止し。
 音夢が、ちら、とこちらをみたのを合図に、時間を計っていたタイマーをとめる。

 ちなみに、男のいのちを奪っているとか、そういうことはない。
 だが、もしかすると、いっそのこと――そうしてほしいと、彼は思ったかもしれないし。思ってなかったかもしれない。
 それは、俺にはわからないことであり。
 要するに――。
 世の中には、知らなくてもいいものというものがあったりするのである。

 と――そんなところで。
 こうして、本日の幕は、おりたのだった。
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