誰も知らない声

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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『コエ』

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 ――あの頃は。
 学校のある日は、毎日同じバスに揺られ、登校していたっけ。
 まあ、色んなことがあった気がするが。
 ぱっと思い返してみれば、印象的な記憶なんてのは、案外そんなもんで。
 今はそんな、なんてことのない、高校時代から――ずいぶんと時間がたったころ。

 大学生になった俺は、眠気の混じるため息をはきながら。
 今日も相変わらず、窓の外へ目を向け、過ぎ去っていく明け方の景色を眺めていた。
 今日は日雇いアルバイトの予定が入っていて、今は目的地のまでの途中。
 ラフでありつつも、清潔感を意識した私服に身をつつみ、俺は電車に揺られていた。

 乗った時間帯が悪かったのか、車内はだいぶこんでいる。
 とはいえ、俺は運よくドアのすぐ横にあるちょっとしたスペースに入り込めたので、よりかかれる場所がある上に、のんびりと外の景色を見ることもできるので、なんだかんだで、落ち着いた時間をすごせていた。しかし、スペースを確保できなかった人たちは、そういうわけにはいかないだろう。

 スーツ姿に、学生服、主婦の方や、お年寄りまでいる中、かわいそうなことに、中学生ぐらいの少年が、ぎゅうぎゅうに押しつぶされてしまっていたりする。
 俺は何気なく、そんな車内の様子に目を向けると、再びぼんやりと、窓の外の景色へと視線を戻した。

 それにしても、ぎゅうぎゅうにさてれている中学生だが。
 一見かわいそうだが、一概にそうともいえない。
 彼の四方中、三方向を囲んでいるのが、ふんわりとした感じの、女性の尻だからだ。

 彼――中学生君は、身長が低いようで、背丈の関係でそのようになっていて。
 その正面には、ちょっとギャルっぽいこ。
 右側には、おとなしそうな感じのこ。
 そして左側には、おっとりしたふうなこ。
 それぞれ、大学生っぽいこ達が、中学生君に気づいていない様子で、背を向けて囲んでおり。
 しかし中学生君の背後だけは、がたいのいいサラリーマンの人が、少年が倒れてしまわないように、つり革をしっかりつかみ、さりげなく背で支えてくれているような形になっていた。

 中学生君のいる場所には、つり革などの、つかまる場所がない。
 それを察した気のいいおじさんが、心配げにしているのだが。
 まあ、その行動はいいとして。
 おじさんのその行為が、中学生君を危機的な状況に陥れてしまうだなんて、まあ思いもしないだろう――俺以外は。
 なぜなら、

『あっ……。ちょっとやばいかも……』

 その『声』は、少年の正面にいる、ギャルっぽい――ギャル子ちゃんからの、声だった。
 ちなにみそれは、声帯からの声ではない。

 俺には物心ついた頃から、不思議な力がそなわっていて、その力で、彼女の『心の声』を聞き取っているのである。
 ただ、力には制限があり、自由に使えるものではなく。
 ありがちな超能力だとか、そういったものと違って、なんのために存在しているのかもわからないような力だった。

 『おならを我慢している女の子の心の声』を聞き取れるのだ。
 なんだそれはと、われながらいいたくなるが。
 さらに、その力の制限というのが、またくせのあるもので、

『あー、おならしたい……。けど、後ろの男の子に悪いし……。がまん……、がまん……、がま――』

 と、唐突に、ギャルっぽいこの、『声』がとぎれる。
 “波”が――引いたのだ。
 そのため、『声』ききとれなくなった、というわけだ。
 要するに、『声』が聞こえる段階というのは、一言で言うと、その欲求が――やばい状態になったことを意味する。
 だから、

『あれ……、なんだかお腹が、張ってる……』

『ん? あら……、これは……』

 さりげなくお腹をさする、おとなしい感じのこ、と。
 無反応のままの、おっとりした風のこ。

 それぞれ、表情にだすことはせず、心中の中で、感情をとどめており。
 そんな『声』が聞こえているため、俺としては、“危険地帯”にいる中学生君が、気の毒でしょうがないのだった。
 それから、さらに『声』はつづいていき、

『どうしよう……。たぶんこれなら、うまくすかせそうな気がする……、けど……』

 おとなしそうなこ――おとなし子ちゃんは、思い浮かべている行為に対して、悩んでいるようだ。
 しかし、

「――っ」

 と、中学生君が、何かしらのリアクションをしたような気がして。
 窓の外を見て、音だけを聞いていた俺は、さりげなく、中学生君に目を向ける。
 なにか、あったのだろうか。
 そう疑問を覚えた俺だったが、理由はすぐにわかることになった。
 なぜなら、

『え……? くっ、くっさああぁぁ!?!? ちょっとなにこの臭い。うっわぁ……、卵系だぁ……、おええぇぇ……』

 と、その『声』は、おとなし子ちゃん、からのものだった。
 つまり、犯人は、彼女ではなく。
 『声』やんだ人物――。

 おっとりとした風のこ――腹黒ちゃんのほうをを見てみれば、何事もなさそうに、涼しげな表情を浮かべていた。
 だが、『声』がやんでいるのだから、俺の推測は間違っていないだろう。
 しかし、俺以外に、彼女のした行為にきづいているものはいなそうだ。
 本当に恐ろしいことをやってのけるものだと、俺は半分関心しながら、外の風景に視線を戻す。
 と、そのタイミングで、電車は次の駅に着いた。
 そして、車内の圧迫感は経るどころか、さらに増し、中学生君の、試練はまだまだ続いた。
 ドアの横に立つ俺には、それほど影響のないことだが。
 中学生君のほうは、そういうわけにもいかず、

『あっ……。お尻、あたってる……』

 その『声』に、俺は目を向けてみると、確かにおとなし子ちゃんの尻が、中学生君の肩に当たってしまっていた。
 そして、

『こら……。百歩譲って、お尻触ってるのは、許してあげるから……。だから、刺激、しないでよ……』

 どうやら、おとなし子ちゃんは、だいぶ温厚な性格なようで。
 苛立ちよりも先に、自分の臭いによって、周りに迷惑をかけてしまわないことを考えているようだ。
 そんな『声』を聞いてると、なんていい子なんだ、と思いつつ、中学生君のことが気の毒に感じてくるのだから、複雑な感じだ。

 普通に生きていれば、そんなことを思うこともなかったはずなのに。
 なんという、面倒な力なのだろうと、『この力』にたいして思う。
 まあ、そんなことはさておき――。
 中学生君の状況だが、

『――ううっ……。さっきの臭い、まだ微妙に残ってる……。本当に、だれが……、って……、私もまた、したくなってきちゃった……』

 その『声』は、中学生君の正面にいる、ギャル子ちゃんの声で、

『どうしよう……。まださっきの臭いが微妙に残ってるし……、すかせば、まぎれるかな……。この、後ろにいる子には悪いけど、身動きとれそうにない――っていうか。このこ、私のお尻、触ってるじゃん……!』

 と、ギャル子ちゃんは、今ようやくそのことに気づいたようだ。
 そして、彼女は少し迷った様子で思考を続けると、

『まあ完全に、不可抗力っぽいけど……。それなら……、おならをすかすぐらいのことは、許されるよね……?』

 とんでもない結論を、彼女は心中でつぶやいた。
 そこへさらに、

『むっ……。また、でそうだわ……。けど、今――二発目をするのは、危険ね……。もう少し、様子を見てからにしよう』

 その『声』は、一発目を誰にも気づかれずにやってのけた、のおっとり系の、腹黒ちゃんの声で。
 ようするに、今、

『お願い……。私のお尻……、どうか駅までもって……』

『うーん……。これ、ちゃんと、すかせるかな……?』

『ん? ああ、このこ、中学生かしら? いたんだ……』

 それぞれ、まったく違う様子で、屁を我慢しているのだった。
 だが、中学生君に、その危機的状況に気づくすべなどなく。
 というか、普通は気づかないだろう。
 そう思えるほど、三人とも、ポーカーフェイスを保てていた。
 これだけ『声』をもらしながら、表情にはでていないのだから、たいしたものなのである。
 そして、そのときは、きてしまった。
 中学生君の後ろにいた、サラリーマンのおじさんが、電車の振動にゆらされ、中学生君の体を、ぐっと、前に押し出してしまった。
 すると、

「ご、ごめんなさい……」

「あはは……。電車込んでるもんね。大丈夫だから、気にしないで……」

 今の拍子に、お尻に思いっきり触れてしまったようで、誤る中学生君にたいして、ギャル子ちゃんは見た目に似合わず――なんていうのは、失礼な話だが。
 意外性のある柔らかな、笑みで、中学生君に返した。
 しかし、その心中はというと、

『さて……。これはもう、確定だね……。残念だけど、きみには、毒ガス地獄の刑をあじわってもらおう……、なんて。てへ』

 ギャル子ちゃんはそんなふうに心中で思いつつ、誰も聞いていないというのに、自分の想像に、少しだけ照れる。
 まあ、俺が聞いているわけなのだが。
 それはさておき――。
 ギャル子ちゃんは、今の出来事をきっかけに腹を決めたようで、

 ……

『『――うっ!?!?』』

 それは、おとなし子ちゃんと、腹黒ちゃんの『声』だった。
 中学生君の様子は、ギャル子ちゃんの影に隠れてしまい、見えなくなってしまったが、その『声』から、その周囲の様子が、なんとなく理解できた。
 加えて、ギャル子ちゃんの声がやんだのだから、もう確実といっていいだろう。
 ギャル子ちゃんが、ついに欲求を満たしてしまったようで、

『うっええぇぇ! くっさ! くっさああぁぁ! なにこれ……、またさっきの人がおならしたの……!?』

『だ、だれよ……!? こんな酷いことをするなんて、まともな人のする事じゃないわ……。卵、くさぁ……』

 二人とも、それを表情にはださず、さりげない感じで、きょろきょろとする。
 そして、その心中では、あまりの臭いに、苦しみ。
 腹黒ちゃんにいたっては、盛大にブーメランが刺さっているのだが――。

 まあ、ともかく。
 すっかり、開放的な気分なのだろう、と俺はギャル子ちゃんのほうへ視線を向けてみる。
 だが、その表情が、じんわりと赤くなっていくのを見て、俺は思わず目をそらし、窓の外に視線を逃がした。

 なんだか、見てはいけないものを見たような気がしたのだ。
 と、そんなふうに思い、俺がほほをかいていると――。

 ああ……、これは……。

 ほんの少し、臭ってきた。
 卵に近いような、そんな感じだ。
 しかし、それでもほとんど薄まっているに違いない。
 おそらく、中学生君の場所は、とんでもない地獄絵図となっていることだろう。

 もみくちゃになってしまい、もうすっかり様子の見えなくなってしまった中学生君だが。
 そんな彼を、俺がほんの少し気の毒に思っていると、

『っていうか、この中学生の子……、大丈夫かなぁ……』

『あらら……、このこ、目をまわしちゃってるじゃない……。ふふっ。かわいそうに……』

 想像通り、中学生君は無事ではないようで。
 心配げなおとなし子ちゃんと、サディスティックに笑う腹黒ちゃんの『声』を耳にしながら、俺はやれやれと息を吐いた。
 そして、

『けど……、この臭いの中なら……』
 
『よし、今がチャンスね……』

 それぞれ、違った調子で、同じことを考える、おとなし子ちゃんと、腹黒ちゃん。
 と、そんなタイミングで、

『――へへ、やっちゃったぁ……。なんだか、ちょっとドキドキしたぁ……。っていうか……、え……? また、波がきちゃったんだけど……』

 予想外にも、ほんの少し快感のような感情を覚えていた様子のギャル子ちゃん。
 その様子に、俺はぽかんとし。
 同時に、中学生君が心配になった。

 まさか、三人同時、なんてことにならないよな。

 と、いう、そんな心配だ。
 そんなことになったら――と。
 俺が、息を詰まらせていると。
 『ごめんね、周りの人……』と、ギャル子ちゃんの『声』が聞こえたあと。
 まるで、三人の精神がリンクでもしたかのタイミングで――、

『『『せーの……』』』

 三人の『声』あと。
 俺は急いで呼吸を整え、息をとめたのだった――。
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