おかしな家

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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1、

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「――さて。おじょうちゃんの連れを、物に、かえてしまったわけだが……。どうしてくれようか」

 ゆったりとした口調でそう言ったのは、ローブをかぶった少女だった。
 長い癖のある、赤い髪。
 彼女はどっしりと、椅子に深く腰掛け。
 少女にしては、雰囲気のあるような、ぎらりとするような視線を、テーブルの向かい側に座る人物へと向けていた。

 そして、その正面にいるのは、まだ小さな女の子で。
 レーテル、という名前の女の子だった。
 彼女は二つに結んだ、綺麗なブロンドの髪の束を不安げに握りながら、おずおずと口を開くと、

「おねがい、エンゼルをかえして……。彼は、私の大切な人なの……。だから……」

 その言葉に、赤髪の少女は、「そうかいそうかい」と答え、愉快そうに、薄く笑みを浮かべる。

「まあそれは、別にかまわないさ……。ただ、他人の家に忍び込んだあげく、そこに置いてあったお菓子にまで手を出すだなんて、それなりの罰が必要だとは思わないかい?」

「そ、それは……」

 言葉につまり、泣きそうになるレーテル。
 その様子に、赤髪の少女は、やれやれと、肩をすくめると。
 おもむろに、キッチンの方へ行き、何かを持ってくる。

 かごだった。
 中には、山のように、ふかしたサツマイモが入っており――、

「ほら、たべなさい」

「へ……?」

 きょとんとするレーテル。
 何が起きたのか、状況がよくわかっていない様子だ。
 それはそうだろう。

 レーテルと、今話題に上がったエンゼルという少年は、この家で、少しばかり悪いことをしてしまった。
 だと言うのに、その仕置きを受けようというところで食料を差し出され、レーテルの頭は一瞬の間、真っ白になったのだ。
 そんな彼女の様子に、赤髪の少女は意地悪い笑みを向けると、

「いらんなら、この芋は私がひとりじめに――」

「あっ……! い、いります……! お腹……、すいてて……!」

 レーテルがそう言うと、赤髪の少女は、やれやれといった風に、持ち上げようとしたかごを、レーテルの前に差し出す。
 そして、そこから一つ、サツマイモを手に取るレーテルへ目をむけると、赤髪の少女は少しだけ口調を穏やかにして言った。

「最初から、そういえばいい。ちなみに、もう一人のぶんも用意してあるが、それは罰が済むまでは、おあずけにするつもりだ……」

「というか……、その、罰って……。それにエンゼルが罰を受けるのであれば、わたしも受けないと……、その……」

 レーテルはおずおずとした視線を赤髪の少女へと向ける。
 それを受け、赤髪の少女は、ため息まじりの笑みを浮かべると、しっかり熱の通っている様子のサツマイモを一個手に取り、皮をむき始めた。

「まあ、詳しい話はあとだ」

 赤髪の少女はおいしそうな湯気のでている、黄色い部分をかじりながらいう。
 すると、サツマイモの皮を剥いていたレーテルの手が止まり。
 そんな彼女の様子に、赤髪の少女は苦笑いで肩をすくめると、

「とにかく、たべなさい。話が進まなくなるからな」

「……」

 赤髪の少女の言葉に、黙り込むレーテル。
 やはり、説明の足りなすぎる状況に、色々と思うところがあるようだ。

 しかし、変に反発をすれば、赤髪の少女の機嫌を損ねてしまう可能性もありえる。
 ここは、彼女のいうとおりにしておいたほうが良いだろう。と、彼女は思いつつ。
 なにより、色々と事情があり、空腹が限界だった。

 結局は、その感情があとおしとなり。
 レーテルはしばらくなやんだすえで。
 「うん……」と、小さくうなずくと、ようやくサツマイモを口にしたのだった。
 そして――。

「ほら、もっとくえ」

 あっという間に、サツマイモを一個食べ終えてしまったレーテルを見て、赤髪の少女が、さらにすすめる。
 それにたいし、レーテルはまだ空腹が満たされていないのか、遠慮するように、手をもじもじさせた。
 だが、その気遣いは無用といった様子で、赤髪の少女はまだ大量にあるサツマイモへ目を向けると、

「誰のために、ふかしたと思ってるんだ。こんなに沢山の芋が、私の胃に入ると思うか?」

 確かに、かごの中には、食べきるつもりが無いようにも見えるような、量のサツマイモが入れられていた。
 だが、

「いやいや……。もう余裕で3個食べてるし、案外いけそうな気も……」

 いつのまにか、サツマイモの量は、最初の半分ほどになっている。
 その様子に、レーテルは思わずつっこみをいれると、

「ぬかせ。そんなわけないだろう。冗談は顔だけにしろ」

「じょ……、へ……? ひ、ひどい! いいすぎだよー! っていうか、顔が冗談って、わたしって、そんなにブサイクなの?」

「いや。普通に、整ってると思うが」

「へ……。は……? も、もう! よくわかんなくなってきちゃったよぉ……」

 脳の処理を超えたのか、レーテルはそういうと、顔を真っ赤にし、大人しくなってしまった。
 そして、赤髪の少女は、そんな彼女の様子を気にすることなく、再びキッチンのほうへ向かい、何かを持ってくると、

「そうかそうか。もしかして、味付けが、たりなかったか?」

 赤髪の少女はそう言って、きょとんとするレーテルの前に、蜂蜜や砂糖、バターなどを用意すると、

「ほら。別に、色々とつけて食べてもいいぞ」

「……」

 次から次へとくる、赤髪の少女の予想外の行動に、レーテルの混乱は強くなり。
 すっかり呆然とする彼女を見て、赤髪の少女は「ああ」と、何かに思い至ったようにつぶやく。

「ひょっとして、連れのぶんが、なくなってしまうことを心配してるのか? ……いやいや、それはそれで、別に用意するに決まってるだろう。罰を受けた後じゃ、すっかり冷めてしまうだろうし。ちゃんと、作り直すつもりだ。だから、遠慮なんてするんじゃない」

 と。
 赤髪の少女はそう言ってぎこちなくも――やわらかい笑みを浮かべた。

 その様子に、レーテルは驚愕に目を見開き、言葉を失う。

 そして――。
 一滴。

 呆然としていたレーテルの、宝石のような青い瞳から、涙があふれ。
 それは頬をつたい、重たい一粒が彼女の手の甲をうった。

 その様子に、赤髪の少女はやれやれと、肩をすくめると。
 レーテルの頭を、優しくなでた。

「なんじゃい。なにやら、忙しいやつだなぁ……」

 そう言って、赤髪の少女はテーブルの向かいにいる、レーテルのそばまでいくと。

「まあ、こんな場所に、迷い込むぐらいだ」

 色々とあったんだろう――と。
 赤髪の少女は、次々にあふれてくるレーテル涙がやむまで、まだ幼い彼女の頭を、ぎこちなくもやさしく、なでつづけたのだった――。
 それから、しばらくして――。

 + + + + + +

「なんじゃい。人のことを、大飯食らいのばけもん、みたいに言ってたわりに、自分だって、結構食ったじゃないか」

 赤髪の少女は、ゆったりとした居ずまいで、すっかり空になったかごを見ながら言う。
 すると、向かいに座るレーテルが「いやいや」と声をあげた。

「バケモノだなんて、そんなひどいこと言った覚えないよ!? っていうか、もしかして、さっきのわたしのセリフって、そんな風に解釈されてたの!?」

 沢山の量を胃の中におさめたことは否定せず。
 泣き止んだレーテルは、すっかり調子を取り戻していた。

 そんな彼女の様子を見て、赤髪の少女はうっとうしそうに、やれやれとため息をつくと。
 ふ、と。
 雰囲気を――変える。

 とたん。
 赤髪の少女の視線に。空気に。
 重さが加わかったかのようになり。
 レーテルは、押し黙り、息をのんだ。

 いつのまにか、気を許してしまっていた様子のレーテルだったが。
 改めて、目の前にいる存在が――異質であることを。
 レーテルはなんとなく、感じた。

 そして、彼女の中で、あるイメージが思い浮かぶ。
 ――魔女。

 赤髪の少女の素性は、何一つ見えてきてはいないが。
 幼い見た目にそぐあぬ、雰囲気。迫力。
 そんな彼女と打ち解けたつもりでいたレーテルだったが。
 自分の考えがあまいことを、今思い知らされたのだった。

 そして、冷や汗を浮かべるレーテルの眼前で、赤髪の少女はおもむろに、

「それじゃあ、はじめようか」

 彼女はそう言って、薄い笑みを浮かべたのだった――。

 + + + + + +

「――さて。この中に、おじょうちゃんの連れが、いるわけだが」

 赤髪の少女はそう言って、片付けの済んだテーブルの上に。
 こつ、こつ、と。いくつかの宝石と。
 小さな砂時計を一つ、一つずつテーブルの上に置いた。

 ちなみに、石はそれぞれ。
 赤、黄、青。

 さまざまな色味をした、三つの石が、テーブルの上におかれている。
 そして、赤髪の少女の言葉の意味をなんとなく察したレーテルは、驚愕の表情を、赤髪の少女へ向けると、

「これって、本当に……。もとに戻るの……?」

 レーテルが問う。
 しかし、赤髪の少女はそれに答えず、

「おじょうちゃんは――魔女って、どんな存在だと思う?」

「えっ……、と……」

 唐突な話題に、困惑するレーテル。
 だが、答えなければ話が進まないと、彼女は自分の中の知識を懸命にあさり、おもむろに口を開いた。

「私の中では、なんていうか……。魔法で、不思議な現象をおこせる人で……」

 こわい人――と続けようとして。
 レーテルはなんとなく、言葉をつぐむ。
 すると、赤髪の少女は苦笑いをして、口を開いた。

「とにかく、よくわからん、ということか。まあいい、今の質問はなかったことにしてくれ」

「……」

 なんだか、がっかりされてしまったような気がして。
 しかし、いい言葉がみつからず、レーテルは黙り込む。
 すると、赤髪の少女はさらに話を続け、

「まあ。さっきの問いの答えだが、もちろん――戻せる。罰がすんだら、開放してやろう」

「……」

 少し黙り込む、レーテル。
 彼女は少し考えるようにして、

「それで……、罰って、なにをしたら……。――?」

 と、そこで。レーテルはふと宝石に目をやる。
 青い宝石が、少しだけ――動いた気がしたのだ。
 だが、気配はすっかり消えていて。
 その様子に、レーテルは声を詰まらせていると、

「この宝石の一つが、おじょうちゃんの連れだ」

「エンゼルが……、この中に……?」

 はっと、顔を上げるレーテル。
 その視線を受け、赤髪の少女はうなずくと。

「それで、受けてもらう罰だが……。この石の中から、一つ選び、その上に、一時間、座ってもらう」

「い、一時間……?」

「そうだ。それだけでいい……。だが……」

 赤髪の少女が――そう言ったタイミングで。
 レーテルは、自分の腹に違和感を覚える。
 そして、「まさか……」という表情を浮かべる彼女に、赤髪の少女は薄い笑みを向けて言った。

「この部屋をでることは、ゆるされない。石の上に腰を下ろして、一時間経つまではな……」

「……」

 赤髪の少女の言葉に、レーテルは表情を青くし。
 そんな彼女を無視して、赤髪の少女は話を続ける。

「そして。そこにもう一つ、ルールを加えようと思う」

 赤髪の少女はそういって、砂時計をテーブルの中央へと持ってくると、

「10分ごとに、座る石を変えてもいい、というルールだ」

「10分、ごとに……?」

 それに、なんの意味があるのだろう。
 そう言いたげなレーテルの問いに、赤髪の少女はまたも答えず。

「まあ、その意味は、自分で考えなさい」

 とりあえず、先に言えることは――と。赤髪の少女は続けると、

「私の屁が――しぬほど臭いというとだ」

「へ……?」

 ぽかんとする、レーテル。
 この人はいきなり何をいいだすんだろうと、呆然とした様子だが。
 笑い事ではない、といいたげに、赤髪の少女は表情を崩さず。
 「さて」と、人差し指を、ぴんと、たてると、

「たとえば話。しばらくのまず食わずの、空腹になっている状態で、芋だけで腹を満たしたとき。その屁は、くさいと思うか?」

「……」

 本当に何を言っているんだろう。
 レーテルはそう思いつつも、答えなければ話がすすまないと。
 少し恥ずかしい気持ちで答えた。

「そりゃあ、食事が芋だけでも、おならなんて、誰だって臭いでしょ?」

「ん? うーん……。まあ、そうか……」

 レーテルの返答が少しだけ意外だったのか、赤髪の少女は少し首をかしげる。
 そして、彼女は自分の中で何かしらに納得すると、おもむろに、手を自分の尻へと回し、

「けど、これを嗅いだら、考えが変わるんじゃないかな?」

 赤髪の少女はそういうと――ふぅん、といきみ。

 すううぅぅううううぅぅうぅ~~……

 それは、すかした放屁音だった。
 赤髪の少女はその音がレーテルの耳に届いてしまわないように、そっと、手の中にこめると。

 その手で――レーテルの鼻を包み。
 もう片方の手で、彼女が逃げられないよう、その後頭部を抑えた。
 すると、

「――むっ……! ぐうううぅぅ……!?!?」

 この世の終わりのような悲鳴を上げるレーテル。
 そんな彼女の様子をみて、赤髪の少女は薄い笑みを浮かべると、

「とりあえず、準備が整い次第、時間を計るからな。この臭いを踏まえたうえで、さっき話した『10分の使い方』の意味を、考えてみるといい」

 そう赤髪の少女が話している間にも、「たまご……!」だの。
 「だすげで……!」などと叫びながら。
 レーテルは目を白黒とさせる。
 そして――それから数秒ほどたったあと。

 赤髪の少女はレーテルを、握りっ屁の臭い責めから開放する。
 すると、レーテルの身体は、どっ……。――と。
 木材の床に沈んだのだった――。
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