おかしな家

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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2、

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「それじゃあ、きみから選びなさい。そのあとで――“私も”、選ぶことにしよう」

 赤髪の少女がそういって、テーブルの上を指さす。
 テーブルの上には、赤、黄、青、の宝石があり。
 そのテーブルをはさむようにして、赤髪の少女は愉快そうに、鼻歌をうたい、その対面ではレーテルが真剣な面持ちで、それぞれの宝石に目を向けていた。

 さて――ここまでの状況を簡単に説明すると。

 複雑な敬意があり、赤髪の少女が住むこの家に、エンゼルという少年と、レーテルという少女は、無断で立ち入ってしまったのが、ことの始まりであり。
 そこで、赤髪の少女に見つかってしまった二人なのだが。
 不思議の力を使う赤髪の少女に、なぜかエンゼルの姿だけを消される、ということになってしまったようだ。
 そして、赤髪の少女は、エンゼルを、宝石に、変えてしまったと、レーテルに説明し。
 それを信じたレーテルは、エンゼルを助けるために、今テーブルの前に立っている、というわけのだが――。

「どう、しよう……」

 レーテルはうっすらと冷たい汗をかきながら、自分の前におかれた選択に目を向ける。

 赤、黄、青。

 三つの宝石の中からひとつを選んで、一時間座る。
 ちなみに、『十分ごとに、座る石を変えることができる』という、ルールがそこに加わっているのだが、それはさておき――。
 ひとまずそれが、赤髪の少女に許される唯一ともいえる行動であり――時間の限られた、選択だった。
 というのも――、

「……ぅ」

 レーテルは腹部への圧迫を感じながら、焦燥感に息を荒くする。
 ――ガスが、でそうなのだ。
 とはいえ、その欲求は小さなもので、まだ些細な問題でしかないものなのだが。
 このあとのことを思えば、焦らずにはいられず、一刻も早く石を選ばなければいけないといった場面だった。
 しかし、レーテルは選べなかった。

 その理由のひとつとして――彼女は感じたのだ。
 青い石が動く気配を。

 だが、レーテルはそれをはっきり目にしたわけではない。
 それは、視界の隅でぼんやりと見たぐらいの、確証の薄いものであり。
 とはいえ、現時点において、それが――エンゼルなのではないか、という。
 重要な判断材料となっていた。

 そして、そんな選択を前に、レーテルの迷いは単純なもので。
 青色の宝石が、エンゼルだった場合、その上に座るなんてことは、言わずもがな。青の宝石は選択肢から真っ先に外すべきものだろう。
 しかし、話はもう少し複雑で――、

「さて……、私は、青にしようか……。まあ、きみが選ばなければの、話だが……」

 赤髪の少女は意味ありげな視線を、レーテルへと向ける。
 それを受け、レーテルの焦燥感は増していく。
 なぜなら、青い石がエンゼルだった場合。
 そして、その上に、赤髪の少女が座ってしまった場合。
 それらの可能性を踏まえた途端、イメージしただけでも、気の毒すぎるような展開が、レーテルの脳裏に浮かんだのだ。

 赤髪の少女のこれまでの行動からかんがみて、おそらく、その石にイタズラをしようとしてるのは、間違いないだろうと、レーテルは思い悩む。

 赤髪の少女の屁は、しぬほど臭い。
 まあ、本当に命を落とすわけではないだろうが。
 そんな感想がレーテルの心中に浮かぶほどに、彼女の屁は強烈なのだ。
 そんな彼女の尻の下に座られては、大変なめにあうだろうことは、想像にかたくなく。
 要するに、エンゼルのことを考えるのであれば――青の石を、レーテルは選ぶべきなのだろうが。
 しかし、彼女の選択は――、

「わ、わたしは……、あかい、いしで……」

「ん? 赤い石でいいのか?」

 念を押すような赤髪の少女の問いに、レーテルはぎゅっと目をつむり、うなずく。
 エンゼルが大変なめに合うことを思いながらも。
 やはり、自分の尻の下にしくことへの羞恥心のほうが勝ったのだった。

 それに、赤髪の少女がかならずしも、いたずらをするとは限らないだろう。
 まあ、彼女がこれを、罰だといっている時点で、その思考は楽観的過ぎるともいえるかもしれないが。
 レーテルは首をふり、どうしても無理だと、エンゼルへの心配を思考の外へおいやった。
 そんな彼女へ、赤髪の少女は赤い宝石を手渡す。

「じゃあ、私はこっちの、青い石をもらおう」

 赤髪の少女は宣言どおりにそう言って、椅子の上に青い宝石を置くと、その上に、のっしりと座った。

「こうやって、座ってから1時間、砂時計ではかるから。きみも、同じようしたら、始めるぞ」

「わ、わかった……。それじゃあ……」

 レーテルは赤髪の少女の言うとおりに、赤い石を椅子の上に置き、その上に座った。
 すると、赤髪の少女はテーブルの上にある、砂時計をひっくり返した。
 そしてレーテルは、砂がさらさらと流れていくのを確認すると、

「ほんとうに、これで許してもらえるの?」

「ああ、もちろんだ……。それどころか、罰を受けて一度関係地をチャラにしたなら、そのときは改めて、お客さんとして受け入れよう」

 レーテルの問いに、赤髪の少女はにこやかに答えた。
 そして、彼女は首をかしげると、

「だが、本当によかったのか?」

「なにが……?」

 内容のわからない問いに、レーテルは疑問の表情を浮べる。

「いや。本当に青い石を、私にとらせてよかったのかと、聞いてるんだが?」

「それは……」

「まあ、おじょうちゃんが、それでがいいなら、いいんだけどな……」

 赤髪の少女はなにやら含みを持たせてそういうと。
 ふぅん――と、いきみ。

 ぶううううぅぅううぅぅうううぅぅ……!

 放屁音。
 その音は、間違いなく、赤髪の少女の尻からなったもので、

「本当に――しんでしまうかもしれないぞ?」

「へ……? ――うぐっ」

 ぽかんとレーテルは首を傾げ、少ししてから、苦しげに鼻を覆った。
 それもそのはず。

 部屋の中には、どっろっとしたような。卵系統のたえがたい臭いが漂っており。
 それが彼女の鼻腔を通り抜けたのだ。
 臭いの正体はもちろん――、

「いったはずだぞ? 私の屁は、しぬほどくさいと」

「ぇ……、けど……」

 レーテルはぎゅっと鼻を抑えたまま、おそるおそる、赤髪の少女の尻へと目を向ける。
 そして、もし、その下にある石が、エンゼルなら、と想像した瞬間。
 彼女の背筋にぞっとしたものが流れた。
 それほどまでに、周囲に漂っている臭いはすごいのだ。
 それは、まさに毒ガスのようで。
 人間がだせるのか、不思議になるような臭いだ。
 そして、そんなガスを放出した張本人である赤髪の少女は、平然とした様子で口を開き、

「本当に、よかったのか?」

 うっすらと笑みを浮かべ、レーテルに問う。
 まるで、連れのことよりも、自分の羞恥心を優先してしまったレーテルを責めているようだ。
 とはいえ、明言はしておらず、なんともいえないところではあるが――。
 レーテルはそうは思わなかったようで、

「けど、青い石がエンゼルって……、きまったわけじゃ……」

「本当に、そう思うのか? ヒントは、あげたはずなんだけどなぁ……」

「ぁ……、まさか……」

 もしかすると、自分はとんでもないことをしてしまったのではないかと。
 レーテルはそういいたげな様子で、言葉を詰まらせる。
 その様子に、赤髪の少女は肩をすくめると、苦笑いを浮かべて言った。

「まあ、そんなに深刻になるな。たかが、屁だろう?」

 ふっすうううぅぅううううぅぅうううぅぅ~~……

 赤髪の少女は灼熱を思わせるような、音圧のある屁をすかす。
 そして、「なあ?」と、するどい視線のまま、彼女は愉快そうに笑い、ふと、砂時計に目を向けて口をひらいた。

「あと、7分といったところか……」

「……」

「もつといいなぁ……?」

 なにが、かは、言わずともあからさまな風に、赤髪の少女は肩をすくめ。
 完全に言葉を失った様子のレーテルに、赤髪の少女は、問う。
 すると、レーテルがおずおずと口を開いた。

「お、お願い! 青い石を――」

 ぷうううぅぅううううぅぅうううぅぅぅ~~……

「青い石が、どうかしたか?」

 赤髪の少女はレーテルの声をさえぎるように放屁をし、首を傾げる。
 それを受け、レーテルはその様子に――というか、漂ってきた臭いに「うっ」と、声を詰まらせると。
 懸命な様子で、臭いに堪えながら、口を開いた。

「じゅ、十分たったら……。次は青い石に……、変えたいの……」

 その言葉に、赤髪の少女は「ほう」とわざとらしく意外そうに眉をあげると、

「要するに、今度は――きみが嗅がせてみたいと?」

「ちっ! ちがっ! ――うっ、おええぇぇっ……!」

 声を上げた拍子に呼吸の加減を間違え、レーテルは盛大に苦しそうな声をもらす。
 あたりに漂っている臭いは、鼻を何かで覆い、呼吸を加減し、ようやく堪えられるような、そんな濃度だ。
 だが、そのあまりの臭いに、レーテルは自分の現状――よりも先に、エイゼルのことが心配になった。

 確証はない。
 だが、“そうだと”思った瞬間、あの青い宝石がエンゼルのような気がしてならず。
 そんな彼のことを思うたび、レーテルは自分の心がずきずきと痛むのを感じたのだ。
 そして、彼女はそんな思いを感じながら、懸命に気力を保つと、赤髪の少女の目をまっすぐに見て口をひらく。

「ど、どうか……、次の十分は、青い石をわたしに……」

 レーテルが言うと、赤髪の少女はわずかに微笑み、「そうか……」と、ため息混じりに答えた。
 そして、ふっ、と。指をふる。

 すると、砂時計の砂が――さらさら、と。落ちていく。
 その様子に、レーテルが目を見開いていると、

「なら、とりあえず。最初の十分は、おまけということで。この一発で――」

 むっすうううぅぅううううぅぅうううぅぅ~~……

「勘弁してやろう……」

 と、長いすかしっ屁をあいだにはさみ。
 赤髪の少女は言った。
 そして、

「ぁ……、ありがとう……」

 もう二度と、彼女へ青い宝石を渡してはいけないと。
 レーテルは選択を間違えた後悔とともに、胸に刻みつけるようにして、青い石と自分の尻の下にあった赤い石を交換しようとした。
 だが、赤髪の少女は手のひらを前にだし、赤い宝石は受け取らず。
 青い宝石をレーテルに渡すと、自分はもう一つの――黄色の宝石を手に取り、それからおもむろに、自分の尻の下へ置いた。
 その様子に、レーテルは呆然とし、

「ん? どうした?」

「い、いや……」

「早く尻にしかないと、次の十分がはじまらんぞ?」

 赤髪の少女がそういうと、レーテルはあわてた様子で、自分の尻の下に、青い宝石を置き――、

「ぁ……」

「どうした?」

 赤髪の少女はそう訊きながらも、レーテルが宝石を尻の下に置いたのを確認すると、砂時計をひっくりかえし。
 それにたいして、レーテルは、

「な……、なんでもない……」

「そうか」

「……」

 赤髪の少女からの返事を受け、黙りこむレーテル。
 そして、本当になんでもない――ということはなく。
 ある欲求が唐突に膨らんできたことに、彼女はあせりを感じていた。

 欲求の正体は、もちろん――ガス。屁だ。

 彼女の腹部の張りは、サツマイモを食べてしばらく経ったあとから、わずかながらにはあったのだが。
 その圧迫は少しずつ増し。
 今になって、はっきりと存在感をだしてきたのだった――。
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