おかしな家

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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3、

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 砂時計を二度ひっくりかえしてから――さらに十分がたち。
 約束の時間まで、あと四十分といったところ。

 二人はなんてことのない会話をしながら十分間を過ごし、その間、レーテルはどうにか欲求をこらえ。
 なぜか、赤髪の少女もまた、放屁をすることはなかった。
 そのため、空気は少しずつだが、入れ替わり、会話も鼻を覆わずとも、問題なくできるような状態になっていた。

 なんだか、最初の十分間に比べると、ずいぶん平和な時間のようだが。
 レーテルはその様子に訝しさを覚えつつも、この調子で、時間が過ぎてくれることを願った。

 そして――さらに十分が経ち。
 何事もなく、残りの時間は、残り三十分となった――。

 と、そこで。
 レーテルが、表情を少しだけ崩し、なにやらもぞもぞとしだす。

「あ、あの……」

「ん? どうした?」

 おずおずと口を開くレーテルの様子に、赤髪の少女は首を傾げる。
 すると、レーテルは少し顔を赤らめて、羞恥に堪えるように言った。

「例えばの話、なんだけど。もし……、トイレに行きたくなったら……、どうしたら……」

「んー?」

 レーテルの言葉に、赤髪の少女はゆったりとした口調で返すと。
 おもむろに、ローブの懐から、虫眼鏡のようなものをとりだし、それをローブの袖で、きゅっきゅっ、と磨きながら、再びゆったりとした様子で口を開いた。

「我慢、できそうにないのか?」

「……へ?」

「我慢の限界なのか、と、訊いてるんだが?」

「あ……」

 唐突に出された虫眼鏡が気になったのか、赤髪の少女の質問に対して、反応が遅れたレーテルだったが。
 すぐにはっとした表情を浮かべると、「う、うん!」と、あわてたようすで頷いた。

「もう、限界で……」

「ちなみに、放屁なら、ここで済ませてもいいぞ?」

「ぅ……」

 言葉に詰まるレーテル。
 とはいえ、彼女はこの罰の本質のようなものに、うすうす気づいてきており。
 そういった返答は予想済み、といった様子で口をひらくと、

「そ、その……、ガスのほうじゃ、なくって……」

「ん……? おお、それは大変だ」

 赤髪の少女はそういうと、手にしていた、虫眼鏡のようなものを覗き、それを通して、レーテルに視線を向けた。
 すると、「ん?」と、彼女は首をかしげ、

「なんもみえないが?」

「……へ?」

「だから、ガス以外、何も――」

「――っ!?」

 ばっ、と。
 レーテルは体を抱くように隠す。
 それから、レーテルは驚愕するように目を見開き、

「もしかして……、みえるの?」

「なにがだ?」

「そ、その……、おし――じゃなくて! もういいよ!」

 レーテルは羞恥でいっぱいいっぱいといった風に叫び、両手で顔を隠すと、

「そうだよ! ガスだよ! おならが、出そうなんだって! けど……」

「おいおい、突然あわててどうしたんだ? 私はこれで、リンゴみたいなきみの表情を、拡大してみてただけなんだが……。とりあえず、屁なら、ここでしてもかまわんから、思う存分やるといい」

 赤髪の少女はそう言いつつも、少女をからかってることはあからさまな様子で、いたずらっぽく笑う。
 するとその様子に、レーテルの表情はさらに赤みを増し、

「は、はめられた……!」

「なにを、人聞きのわるい……。ちなみに、ひとつ言っとくが。これは最初に言ったとおり、罰だ。それは嘘じゃない……。つまり、私の言いいたいことは……」

 わかるな?
 と、赤髪の少女は続け。
 レーテルが、うっ、と声を詰まらせる。
 そして、

「わ、わかったよ……」

 納得するレーテル。
 それを受け、赤髪の少女は今度は柔らかく笑みを浮かべ「それならよかった」と答えた。

「ちなみにもう少しで、また砂が落ちきるが、石の交換はどうする……?」

「うーん……」

 思考する、レーテル。
 目の前の少女の雰囲気からして、彼女が何かを企んでる可能性を考えて、頭を働かせてみているようだ。
 しかし、特に気になる様子はなく、レーテルはうなずいた。
 すると、赤髪の少女は「そうか」とだけ答え、少しして、砂時計が落ちきる少し手前ぐらいになったぐらいで、彼女はそれをひっくり返した。
 そうして、変に時間稼ぎをしない彼女にたいして、レーテルはますます疑問を覚え、さらに彼女について、疑問を深めていく。
 と――そのとき、

「うっ……」

 唐突に腹部の圧迫が強まり、思わず声を漏らすレーテル。
 その様子に、赤髪の少女は苦笑いで、肩をすくめると、

「がんばるなぁ……。してしまえばいいのに」

「い、いや……」

「ぷう~……、っと。やってしまえば、楽になるぞ?」

「で、できるわけ……、ないでしょ」

 あおるように言ってくる赤髪の少女に、レーテルはむっとした表情を浮かべる。
 それを受け、赤髪の少女が「何でだ?」首をかしげると、

「そ、そりゃあ、そうでしょ……! エンゼルの前で、おならなんて……」

「彼の前? けど、その石が彼だと、完全に決まったわけではないだろう。だというのに、どうしてそうだと言いきれるんだ?」

「……」

 赤髪の少女の言葉に、レーテルは黙り込む。
 確かに、確証はなく。あくまでも可能性として、それらしい石を選んでいるだけだ。

 もし、青い石がエンゼルだった場合を考えて。
 赤髪の少女の毒ガスのようなに屁に包まれてる様子を、見て見ぬふりすることは、レーテルにはできなかったのだ。
 最初は羞恥心から、目をそむけてしまったが。
 そんな自分の選択を後悔するほど、エンゼルを助けたいと、レーテルは思っており。
 ただ、一番の理由は。
 やはり、赤髪の少女の屁につつまれているのを見て、エンゼルにたいして、あまりにも気の毒すぎると思ったのが、彼女の中で大きかった。

 思わず、見て見ぬできなくなってしまうほどに、赤髪の少女の屁が強烈だったのである。
 そして、さっきまでの自分の選択に後悔をしたレーテルは、その感情を力にして、ぎゅっと、括約筋に力を入れ、懸命に自分の中の欲求とたたかっていた。

 それは、文章にしてみれば、なんともまぬけな様子であるが。
 彼女にしてみれば、冗談で済む話ではなく、

「本当に、この青い石がエンゼルなのか……、わからない……。けど、この石を、あなたに渡すわけにはいかないよ……」

「ふぅん……」

 レーテルの言葉に、赤髪の少女はそれだけ返すと。
 なにやら、考え込むように、あごに手をやった。
 そして、何を口にするかと思えば、

「なあ、そういえば。きみの名前は、なんていうんだい?」

「え……?」

 何をこんなときに、と言いたげにレーテルは首をかしげる。
 それを受け、赤髪の少女は苦笑いを浮かべると、

「いや、なんとなく……、知りたくなってな。ちなみに、私の名前は――ウリム。ウリム・ローアだ」

「……。わ、わたしは……。レーテル・ランバージャック」

 赤髪の少女――ウリムからの、唐突な自己紹介に、レーテルは戸惑い、腹部からの欲求に耐えながら答えた。
 すると、ウリムは今までにないような、やわらかな、笑みを浮かべ、

「そう……。それじゃあ、レーテル。あと二十分、がんばって」

「え?」

 呆然とする、レーテル。
 それもそのはず。
 今、目の前にいるウリムは、先ほどまでとは打って変わって。
 見た目どおり――少女のように、レーテルへ微笑みを向けており、

「悪いことをしたら、罰を受けさせるのが、私のやり方。だけど、それが終われば、仲直りするつもりだよ。だから……、だからね……」

 ウリムむはそう言葉を区切ると、なにやらほんのりと顔を赤らめ、言いづらそうに口を開いた。

「これが終わったら……、友達に……、なろう?」

「……」

 完全に、言葉を失うレーテル。
 そんな彼女の肩の力はすっかりぬけ、だらりと、脱力していき。
 そして――「あっ」と、声を上げたころには。
 遅かった。

 ぷ――っぷううぅぅううううぅぅうう~~……

 彼女は、全身の力を抜いてしまったのだろう。
 放屁音が――レーテルの尻から鳴り、

「「……」」

 黙りこむ二人。
 そのまま、じばらくのまがあり――。

「ふっ――」

 ウリムが吹き出し、おかしそうに目元を薄め、笑った。
 その様子に、レーテルは顔を真っ赤にさせると、

「あっ! ひどい……! そんな、笑うなんて……」

「ご、ごめん……。けど、なんだか、可愛くて……」

「なっ? なにそれ……、なんか複雑だなぁ……」

 そう言いつつも、怒っている感じではなく。
 レーテルはただただ、複雑そうに顔を真っ赤にした。
 と、そのとき。

「――っ」

 ウリムの表情が少しだけ、曇る。
 その様子に、レーテルが「どうかした?」と、首をかしげると。
 ウリムは何かを堪えるように、鼻をつまみ、

「ちょっと……、どういうこと?」

「どういう……? って、ん? もしかして……」

「うん……、臭い……。レーテルってば、本当にこれまで、のまず食わずですごしてたの?」

 ウリムが訊くと、レーテルは当然だと言いたげにうなずく。

「そう、なんだけど……。っていうか、本当に、そんな?」

 レーテルは、くんくんと鼻をならすと、自分ではわからないのか、首をかしげた。

「ウリムのに比べたら、全然じゃない?」

「まあ……、私のに比べれば、そりゃそうだけど、私のは……、食事が、特殊だから……」

「へえ……」

「っていうか、砂時計。そろそろだね」

 ウリムは、そう言って、砂時計をひっくり返すと、

「ほら。あと10分だから、頑張って」

「う、うん……」

 あいまいに頷くレーテル。
 そんなレーテルの表情に、先ほどまでの緊迫した様子はなく。
 その様子に、ウリムが首を傾げる。

「あれ? もしかして、今の一発で、お腹、だいぶ楽になった?」

 ウリムが問うと、レーテルはなんともいえないような表情で、お腹をなで、

「そんなこともないんだけどね……。なんていうか……」

 レーテルはそう言って――、

 ぶうううぅぅうううぅぅぅうううぅぅ~~……

「……」

 あっけに取られた様子の、ウリム。
 どうみても、レーテルが自分から放屁をしたように、彼女の目に映ったのだ。
 そして、それは間違いではないようで、

「もう、いいかな、って……」

 レーテルはそう言って、尻の下にある石の位置を、調えると、

 むっすううぅううぅううううぅぅうう~~……

 再び、放屁した。
 今度はすかしの、強烈そうなやつで。

「まあ、ウリムのとは違って、私のは、別に、耐えられるレベルだろうし」

 ふっすうううぅぅぅうううぅぅ~~……

 そういって、放屁を続けるレーテルに。
 ウリムは何も言えずにいた。

 彼女に対し、絶句している、とかではなく。
 あたりに漂う臭いがあまりにもきつく。
 できるだけ呼吸をしないように、ウリムは口をつぐんでいた。

 そして、レーテルはどこかぼんやりとした様子で。
 独り言をぶつぶついいながら。
 やはり恥ずかしいのか、顔は真っ赤で。
 うっすらと涙を浮かべながら、放屁を続けた。

 その心境がどういったものなのか。
 複雑すぎて、本人にすらわかっていない様子で。

 そんな時間が10分続き。
 そして――。

 + + + + + +

 部屋に、二人の姿はなかった。
 そして、慌てて空けたかのように、窓とドアが開いており。
 その部屋の床には――ブロンドの髪をした少年が。
 白目をむき、口からは泡を吹いた状態で。
 ぐったりと転がっていたのだった――。
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