そこは、何の変哲もない村だった

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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そこは、何の変哲もない村だった。

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 そこは、なんの変哲もない、村だった。
 そして、なんの面白みのない、ただの村だった。
 自然に囲まれ。
 綺麗な空気にかこまれ。
 ただぼんやりとしていて。
 のんびりと過ごすには、丁度いい、そんな村だ。
 村民は、建物を円状に建て、静かに暮らしているようだ。
 建物の並び方としては、些か歪とも思えるよう形だが、原因は村の中央にある、建物が原因だろう。
 人が住むには小さすぎるような、そんな建物だった。
 それが、何かを祀るかのように、ぽつんと、たれられているのだった――。

 + + + + + +

「いやぁ、助かりました。本当に、一時はどうなることかと思いましたよ」

 俺は、目の前の女性に言う。
 長い髪を髪飾りで一纏めにした、綺麗な女性だ。
 彼女は、山で遭難していた俺を、この村へと案内し、少し休んでいくようにと、自分の家まで連れてきてくれたのだ。

「ほんと、迂闊でした。ちょっと、近道しようと思っただけなのに、ここまで迷うとは……」

「あらあら。それは大変でしたね」

 女性は、俺の前にあるちゃぶ台へと、お茶を運びながらいう。
 俺は「あ、どうも……」と、軽く頭を下げると、

「すみません。助けていただいただけでなく、こんな……」

「これくらい、いいんですよ。それとも、お茶じゃない方がよかったですか?」

「い、いえいえ。十分すぎるくらいで……」

「そうですか」

 「それなら、よかった」と、女性は笑みを浮べる。
 本当に、綺麗な女性だ。
 笑みを向けられて、あらためて、そう思う。
 とたん、ほんの少し、のどが渇いた。

「あちっ」

 つい、あわてて、出された茶を含みすぎてしまった。
 幸い、舌をやけどすることはなかったが、

「あ、ごめんなさい。熱かったですか?」

「いえ。今のは、俺の不注意で……。自業自得ですから」

 俺が言うと、女性は、考える素振りを見せた。

「もしかして、喉が渇いてたんですか?」

「いえ……、まあ……」

「なら、冷たいお茶の方の方がよかったですかね?」 

「い、いえいえ! 大丈夫です!」

 茶を入れなおそうとする女性を、俺は慌てて止める。

「ですけど……」

「本当に、大丈夫ですから。ほら、もうだいぶ、冷めてきたみたいですし」

 俺は言いながら、茶をすする。
 もちろん、わずかな時間で、それほど冷めているわけもないのだが、俺は適量を口に含むと、

「うまい。やっぱり、お茶は熱い方が、風味が感じると言うか……。なんていうか……」

 俺が苦笑いで答えると、女性は安堵するように、お盆を適当な場所におき、たたみの上に腰を下ろす。

「そうですか。それでしたら、いいのですが……」

「ははっ……」

 乾いた笑いをする俺。

 ……。

 と、そこで、唐突に間がうまれる。
 話す内容が思い浮かばなかったのだ。
 風の音。木々の揺れる音。鳥の鳴き声。
 周りの音が、やけによく聞こえる。
 心地よい音だ。
 しかし、いつまでも無言でいるのは、居心地が悪く、

「あの……」

 俺の声に、女性が「はい」と答えるのを受け、

「俺、健三けんぞう、っていいます」

「へ?」

 突然なんの話だろうと、首をかしげる女性。
 確かに、何の脈絡もない。

「あ、ああ……。いや……」

 ここは話題を変えよう。俺がそう思っていると、

「――子といいます」

「へ?」

 考え事をしていたせいで、声が聞き取れず、首を傾げる俺。すると、

「ですから。私のことは、梅子うめことよんでくださいね、って言ったんです。その……、健三さん」

「あ」

 少し、恥ずかしそうに言う梅子さんの感じが、可愛らしいと思った。

「あ、ああ。どうも……」

 その返事をきっかけに、また、言葉がでなくなる。
 と、そこで。あ、っと、俺はある疑問を思い出した。

「そういえば……」

 「はい」と、梅子さんが話を促す。

「あの……、あれって、なんなんですか?」

「あれ、ですか?」

「なんていうか……、ありましたよね? 村の中央に……」

 村の中央にある、よくわからない小屋を思い浮べながら、俺は口を開く。
 まあ。ほんの少し、気になっただけだ。
 興味があるわけではい。
 ただ、つなぎの話題として、いいと思ったのだ

「ああ、あれですか……。気になります?」

「まあ、少しだけ」

 なんとなく勿体つけるような返事に、俺は疑問を覚えて答える。

「そうですか」

 梅子さんが呟くように言う。
 と、そのとき――がらがら。
 引き戸の開く音がする。
 この家からでなく、外。
 近所の家の戸が開いた音だ。
 その音を聞きいた瞬間、梅子さんは、あ、っと顔をあげると、何故か窓の方へと向かい、薄いカーテンを、しゃ、とあけた。
 すると、そこからちょうど、小屋の様子がよく見えるようになり、その小屋へと向かおうとする人が見えた。
 先ほど戸を開けたご近所さんだろう。
 明るめのセミロングの髪をした女性が、向かっていた。
 女性は、梅子さんがカーテンをあけたことに気づくと、軽く会釈をする。
 梅子さんも会釈で返したので、俺も、ならうようにしておじぎをした。
 ちら、とその女性と目があう。
 綺麗な女性だ。
 そして、女性は俺にも軽くお辞儀をすると、その足取りのまま、小屋へと入っていった。
 ちなみに、小屋の戸は、この家からだと、死角側についているので、開いた瞬間に中を覗き見ることはできなかった。

「あ、あの――」

「しー」

 俺が喋りだそうとした瞬間、梅子さんは口元に人差し指を立て、なぜか、がらっ、と窓をあけた。
 まるで、何かに聞き耳を立てるかのような素振りだ。
 それから、しばらく。
 俺と梅子さんは黙りこむ。
 疑問を覚えつつも、もしかして小屋に何かあるのではと、俺はそちらに目をじっとやった。
 だが、特に何かがあるわけでもなく。
 集中力がきれた俺は、小屋の向こう側、山の方へとぼんやりと目を向け、のんびりと自然を茶の残りをすすりながら、ぼんやりと外の景色を見ていた。
 すると――、

 ぷぅ……

 そんな高音が、小屋の中から聞こえてきた。
 梅子さんの家から、小屋までの距離は、役20メートル弱といったところ。にもかかわらず、ここまで聞こえるほどの音なのだから、よっぽどのものだろう。
 そして、いましがた聞こえてきた音。
 どう聞いてもその音は――。

 がちゃ。

 小屋の戸が開き、中から、先ほどの女性がでてくる。
 そして、女性は梅子さんが窓を開けていることに気づくと、軽く手をふり、こちらの方へ歩いてきた。

「……お客さん?」

 女性の問いに、梅子さんは親しげな様子でうなずく。

「森で迷っちゃったんだって」

「あれま、可愛そうに……」

 そう言って、俺に苦笑いを向けてくる女性。
 何か、返事をした方がいいんだろうか。
 そう考えていると、

「この子は、私の友人で……」

成美なるみっていいます」

「ど……、どうも……。健三です」

 梅子に続けるようにして、女性が名乗ったのをきっかけに、俺も同じように返す。

「っていうか……、もしかして、聞こえた?」

 成美さんは言葉を濁し、梅子さんに訊く。
 濁した部分は、恐らく――。
 成美さんの問いにたいし、梅子さんはにやりと笑みをうかべて言った。

「ばっちりきこえたよー」

「……やっぱりかぁ」

「成美ってば、お芋でも沢山食べたの?」

「いやぁ。昨日は鍋だったから……、って。梅子ってば、お客さんの前だってこと、わすれてない?」

 あきれた風に言う成美。

「あっ。け、健三さん! すみません……!」

 梅子は今思い出したように、申し訳なさそうに言うと、

「けど、もう隠さなくても……、わかっちゃいました……、よね?」

「……」

 だが、どう返したらいいのかわからず、呆然としていると、

「やっぱり、引いてしまいましたか?」

「あ……、いえ……。引いた、というより、びっくりしたといいますか……。まあ、ここでは。“そういうこと”なんですよね? 決まりと言うか、なんというか……」

 その場所には、その場所のルールというものがある。
 少しばかりそれが特殊だろうと、口出しすべきことではない気がして、俺は無理やり納得することにした。

「仰るとおり、この村では、その……」

「だ、大丈夫ですよ。みなまで言わなくても、ちゃんと理解していますし、引いたりしていませんから」

「それなら、いいのですが……」

 俺の様子に、ほっと息を吐く梅子。
 と、そのタイミングで、

「とりあえず、梅子。私はすっきりしたし、帰るよー」

 成美が手をふり、自宅へと帰っていく。

「あ、うん。またねー、成美」

「はいはいー」

 そんなこんなで。
 話がひと段落したところで、成美さんがそう言って家へ戻り、それを見送った。
 と――そこへ、

 がらがら。

 また、別の家の戸が開き、中から、ふんわりした髪の、おしとやかそうな女性が出てくる。
 その人は、こちらに気づきながらも、急いでいるかのように、軽い会釈をし、そそくさと小屋の中へと入っていく。
 そして、

 ぼふうぅ……!!

 小屋の中から、かすかに聞こえてくる。
 その音は、先ほどと同様、間違いなく――屁のようだが、それにしても、先ほどの女性の腹の中に、収まっていたとは思えないような風圧だ。
 もしかすると、小屋が少し、ゆれたかもしれない。
 そうして、

 がちゃ。

 小屋から、先ほどの女性がでてくる。
 その顔が真っ赤だ。今の音が聞こえたかもと、恥ずかしくなってしまったのかもしれない。女性は俺と梅子さんの顔を見ないまま、再び軽い会釈をすると、そそくさと家へ戻ってしまった。

「ひえぇ……」

 一連のことを、息を呑むようにして目撃していた俺は、思わず声をもらした。
 すると、そんな俺の様子を見てか、梅子さんがくすりとわらった。

「驚きましたか?」

「そりゃあ、まあ……。あんな、綺麗な方から、あんな音が出るなんて、想像もしなかったですからね……」

「どんびき、ですか?」

「……へ?」

 梅子さんの声のトーンが変わった気がして、ぽかんとする俺。
 ほんの少し、おずおずとしたような、そんな感じがした。
 気のせいかもしれないが、俺は一呼吸おいて、手を横に振った。

「いえ、驚いただけです。っていうか、俺としましては、綺麗な女性には、ちょっとくらいああいう部分があったほうが、ギャップがあっていいと思いますけどね」

「ギャップ、ですか?」

 驚いた風にきく梅子。
 その問いに、俺は首を縦に振る。

「梅子さんみたいな綺麗な人を見ていると、俺みたいなもんはは、息がつまってしまいます。だから、ちょっとくらい、崩してくれたほうが、いいといいますか……」

 ――ぷう……

「……へ?」

 今しがた聞こえた音はなんだろうか。
 まるで、屁のように聞こえて、驚きの表情で梅子さんを見ると、

「ギャップ……、感じました?」

「……え」

 というか。

 臭い。
 ものすごく、卵臭い。

 けど、

「ええ……、なんだか、嫌じゃないというか……」

「嫌じゃないというか……?」

 首をかしげる梅子さん。
 そんな姿も、綺麗で、

「いいと、思います。ちょっと……、どきっとしました……」

 俺は動揺を悟られないように、どうにか笑みを作って答える。
 すると、しばらくの沈黙があり、

「ほんとですかー?」

「ほ、本当です」

 からかうような梅子さんに、俺は少し慌てて返す。
 まだ、動揺が抜け切れておらず、考えがまとまっていないのだ。
 恐らく、悪い印象を感じた風ではないと思うのだが、自分でも、これがどういう感情なのか、よくわからなかった。
 すると、梅子さんはさらにからかうようにして、

「ほら、ぱたぱたー……。どうですか?」

「あ、ちょっと。あおがないでください。っていうか……」

 ますます強い臭気を感じた。
 これ、本当にさっきの残り香なんだろうか。
 先ほどのセリフの手前、鼻をつまむことはしないが、

「ごめんなさい。ちょっと、すかしっ屁を追加しておきました」

「あ、どうりで」

 唖然とする俺の目の前で、梅子さんは、「えへへ」と、いたずらっぽく笑う。
 そんな彼女の表情を見ていたら、なんだか、まあいいかと笑えてきた。
 そんなふうに、いつのまにか空気が和やかになり、二人して笑っていると、

 がらがら。

 また、別の女性が外へ出てくる。
 つんとした感じの、涼しげな感じの人だった。
 その人は、窓を開けっ放しで会話をしていく、俺と梅子さんにきずくと、どうもと、さらりとしたふうに頭をさげ、小屋へと入っていく。
 やはり、あんな感じの子でも、おならをするんだな。
 俺はぼんやりと思いながら、少し息をのんだ。
 そして、しばらくして、

 カンカン。

 そんな音が、小屋のほうから響いた。
 うるさい感じではないが、村中に聞こえたかのような、すうっと、鼓膜にくるような音だった。
 というか、スピーカーのようなものがどこかについているのかもしれない。
 そんな、何かを伝えるような音だった。

「今の音って……」

「今の音は、次に小屋へ入る方へ、注意を促す音です」

「注意、ですか?」

 確かに、そのような感じのする音だった気もする。
 説明にたいし、ぴんとこず、さらに訊くと、梅子さんはうなずいて続けた。

「しばらくは、入らないほうがいいですよ、っていう合図として、あの鐘が鳴るようになっているんです」

「それって、つまり……」

「今小屋の中に入ると、目を回すことになります」

「目を? まさかぁ……」

 冗談だろう、と。ほんの少し茶化すように言う。
 しかし、梅子さんは表情をくずすことなく、

「ちなみにあの音は、臭いの濃度に反応する仕掛けになっているので、仕掛けに不具合がない限り、間違いはないはずです」

「……」

 いったい、何の話をされているんだろう。
 そう思いつつも、脳のほうは少しずつ理解していく。
 もしそれが本当なら、先ほどの涼しげな女性が、小屋の中で、とんでもない屁をしたということになるわけで、まだ半信半疑の俺に、

「まあ、どちらにせよ、女性しか、あそこに入ることは許されていないので、健三さんにしても、意味のない話ではあるんですけどね」

 梅子は少しだけ注意を含ませるように、声のトーンを落していった。

 あそこに入ってはいけないと。

 だが、そういわれてしまうと、気になってしまうもので、俺はそんな気持ちをおしころすと、

「な、なるほど……」

 そんな返事しかできなかった。
 と、そのタイミングで、

 がちゃ。

 小屋の戸が開き、先ほどの、涼しげな感じの女性がでてくる。

「おえぇ……、昨日、何食べたっけ……」

 なんだか、女性は青い雰囲気の顔色をしている。
 いや、赤いかもしれない。
 恥ずかしさの滲む、複雑な表情をしていた。
 そして、女性は、カンカン、と鳴らしてしまったことへの羞恥心なのか、俺と梅子さんのほうへ視線を向けないまま、軽くお辞儀をして、そそくさと帰っていったしまった。
 その様子を、俺が呆然と見ていると、

「ところで、今日はどうされるんですか?」

「どう、とは?」

「日が、だいぶ暮れてきているので」

「あ」

 梅子さんの言葉に、俺はようやく、空がうっすらとくらくなっていることに気づいた。
 まだ、だいぶ明るいが、まっくらになるまで2時間ともたないだろう。

「そういえば。ここから町のほうまで、3、4時間ほど、かかるんでしたっけ?」

「ええ。一番近くの町でも、だいたい、そのくらいはかかるとおもいます」

 梅子さんは空の様子を確認すると、窓をしめ、畳の床に腰をおろしながら答える。

「そうですか……」

 どうやら、今森に入るとなると、森の中で、一晩を過ごすことになりそうだ。
 まあ、道に迷ったのは自業自得なわけで、それでもいいのだが。

「とりあえず。今日は、うちに泊まっていったら、いかがですか?」

「…へ?」

 唐突な提案に、俺は驚きの声を漏らす。

「いやいや、そういうわけには。それに……」

「私、わけあって、ここで一人で住んでいるので……。その……、人気があったほうが、にぎやかで、良いといいますか……」

「はあ……」

 どう答えたもんか。
 俺は答えに迷う。

「それに、今から森にはいっては、また迷子になりますよ」

「ぐっ……」

 返す言葉もない。
 それに、別に、ただ泊まらせてもらうだけだ。
 深い意味はない。
 ならば、

「それでは、すみませんが……」

 俺がそう答えると、梅子さんは笑みを浮かべて、受け入れてくれたのだった――。
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