そこは、何の変哲もない村だった

𝐄𝐢𝐜𝐡𝐢

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それは、何の変哲もない音だった。

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 一晩、梅子さんの家に泊まらせてもらうことになった俺は。
 ありがたいことに、夕食までごちそうになった。
 内容は山菜がメインという感じ。
 何気ない会話をしたりして。
 気づけば、すこしずつ、最初にあった緊張感はなくなっていった。
 それから、風呂もいただいてしまった。
 木造の家なので、木の香りを感じられる、いい風呂だった。
 そんな、なんてことのないような。
 特筆するようなことは何もないような、内容で。

 ただ、平和に。
 のどかに。
 ぼんやりと。
 日が暮れていった――。

 + + + + + +

「豆電球、どうしますか?」

 梅子さんが電気の紐に手をかけて言う。

「ああ、いえ。暗くないと眠れないので」

「わかりました。それでは、おやすみなさい」

 そう言って梅子さんは電気を消すと、部屋をでていった。
 ちなみに、部屋は二部屋あったうちの、一部屋を使わせてもらっている。
 一緒の部屋で寝るのもいいかも、なんていう提案もあったが、それは流石に、やめておくことにした。
 そうして、俺は明日に備えて、ゆっくりと、まぶたを閉じる。
 すると、風の音。木々が揺れる音。そんな音が、はっきりと聞こえてくる。
 会話をする相手がいなくなっただけなのに、あまりにも静かで、先ほどまで気にもしなかった音を、鼓膜が拾うようになっていた。
 と、そんなとき、

 がらがら。

 微かに、外から戸が開く音が聞こえてくる。
 本当に、聞き耳を立てないとわからないほど、うっすらとした音だ。
 そして、

 がちゃ。

 誰かが小屋に入ったのだろう。
 それからしばらくして、小屋が開く音が微かに聞こえ、その人が家へ入っていく音が聞こえた。
 もしかすると、そんな音は、ずっとなっていたのかもしれない。
 たしか、風呂に入っているときも、一度聞こえてきた気がする。
 ただ、梅子さんと会話がたのしかったからだろうか。
 小屋の存在なんて、すっかり忘れてしまっていた。
 そんなふうに、俺が考えていると、

 がらがら。

 また誰かが小屋へ向かったのだろうか。

 がちゃ。

 ああ、やっぱりだ。
 もしかすると、夕食後だから、出やすいのかもしれない。
 とはいえ、この家を見る限り、当然だが、この村にもトイレは普通にある感じだ。
 ならば、トイレで済ませてしまえば、いいのではないだろうか。
 そう思うが。
 まあ……。
 いろいろとあるのだろう。
 さて、

 がちゃ。

 今度は――小屋から出てきた音。

 がらがら。

 ――人が帰っていく音。

 がちゃ。

 がらがら。

 がちゃ。

 がらがら。

 本当に、よく出入りする。
 そんなに出るもんなんだろうか。
 まあ、そうでなくとも、ここは小さな村のようだが、あの小屋、は村の中央にある一軒のみといった感じで、人口を考えれば、出入りが多い時間があったりするのも、おかしな話ではないのかもしれない。
 どちらにしても、俺の知ったことではないが。

 がらがら。

 ――またか。

 がちゃ。

 ――また、小屋に誰かが入った。
 それからしばらくして、

 ぷぅ……

 ――微かに聞こえてきた。
 おいおい。俺のいる寝室まで聞こえてくるとは、どれほどの量なのだろうか。
 呆れつつも、すごいな。と、すこし笑ってしまった。
 梅子さんは、男は入ってはいけない、といっていた。
 それを信じるなら、先ほどまでの音は、全部女性ということになるだろう。
 やれやれ。
 これほどまでに、女性が当たり前のように屁をするだなんて。
 女性と屁なんて。
 考えることもないほどに、程遠い、ものだったはずなのに。
 と、そんなふうに考えていると、

 ぶぅ……

 ――また聞こえてきた。
 またかよ。
 そう思いつつも、いつのまにか聞き耳を立てている自分がいた。
 それに、臭いのほうも、どんなもんなのだろうか。と、少しだけ気になってくる。
 先ほどから、立て続けに、小屋への出入りしているようだ。
 臭いは、相当に、充満していることだろう。
 って……。
 やれやれ。
 なぜ俺は、そんな下品なものに、興味をそそられているのだろう。

 がちゃ。

 ――お。でてきたみたいだ。
 それから、

 がらがら。

 と、その人は帰っていく。
 それにしても、あれだ。
 そういえば、カンカン、という警鐘の音が聞こえていない。
 だとすると、小屋の中の臭気はそれほどでもないのだろうか。
 というか、人が目を回すほどの臭いというのは、どれほどのものなのだろうか。
 好奇心がくすぐられ、ほんの少しだけ気になる。
 と、そこへ、

 がらがら……。

 ――あれ、今の音って。
 この家からだった。
 つまり、今外にいるのは、梅子さんということなのだろう。
 だとするなら、もしかして、梅子さんも――、

 がちゃ……。

 ――やはり、入っていったみたいだ。
 思わず固唾を飲む俺。
 異性のそういう音に興味があるということではなく、なんとなく、聞き入ってしまっていた。
 知っている人が、トイレをするわけでもなく、わざわざ放屁のためだけに、小屋へ入ったのかと思うと、なぜだか、貴重な場面を前にしているような気がしてくるのだ。
 もしかすると、そういう音にたいして、今まさに、俺は興味を持ち始めているのかもしれない。
 ひょっとすると、これが、目覚め、と言うものなのだろうか。
 今まで、それは、まったく開く気配のなかった扉だった。
 それが――、

 カンカン。

 ――は?
 警鐘の音だ。
 つまりそれは、小屋の中が今、立ち入り注意な有様になっていることを意味している、はずなのだが。
 そんな風に思ったのと同時に、なぜか自分の脈が早くなってきているのを感じる。

「あの時は……」

 俺は梅子さんがおならを嗅がせてきたときのことを思い返す。

 あの時感じた臭い。

 確かに強烈だった。
 風に散らすことなく、長時間嗅ぎ続けたのだとしたら、目を回すほどなのかもしれない。だが、警鐘を鳴らすほどかといわれたら、大げさなような気もする。
 とはいえ、初めて警鐘を聞いたとき、中から出てきた女性の顔色悪かったのも事実で。それに、小屋には、窓などの空気の通り道が、出入り口以外には、ないようだ。
 あの場所が臭いのこもりやすい空間となっているのだとしたら、臭いの具合と相まって、確かに警鐘をならすほどの状況になりえるかもしれない。
 加えて、今は夕食後だ。腸内環境が、あの時とは違う。
 もしかすると、それが原因だろうか。
 さて、山菜メインの食事だったと思うが、なにか臭いの強くなるものは入っていただろうか。
 うーんなんともいえない。意識せずに食べてしまったから、ただただ味がうまかったことしか思い出せない。
 というか、俺はそんなことを思い出してどうするつもりなのだろうか――。

 カンカン。

「…………」

 また。
 鳴った。
 どうして。
 いや、理由は分かっている。
 というか、二回なるのか。
 一回鳴ったら、しばらく鳴らないのかと、勝手に思っていたが。
 だって、何度も鳴っては、うるさいだろう。
 根拠は、それだけなのだが。
 まあ、そんなに、耳障りな音ではないし、もしかすると、この村の人たちは、その音に対して、うまく適応できているのかもしれない。それに、俺も音に対しての嫌悪感は、特に抱いていなかった。
 そんなことよりも、今は――、

「ん……?」

 しばらく待ってみたが。
 小屋の戸が開く音は、一切聞こえてこない。
 もしかすると、警鐘が鳴るような屁を2発放出してもなお、出し足りていないのだろうか。それに、警鐘が鳴らずに済んだぶんも、何発分か、あるかもしれない。
 だとするなら、よっぽど我慢していたと言うことなのだろうか。
 俺は、遠慮されてたということなのだろうか。
 一度、嗅がせきたのに。水臭いと、俺はため息をつく。

 いや、あるいは。
 もしかすると、別の理由があったのかもしれない。
 まあ、ひとまずそのことは、いいか。
 と、俺は思考を中断する。

 それにしても、二度目の警鐘が鳴ってから、随分たつが、まだ梅子さんはまだ小屋の中にいるのだろうか。
 まさか、自分の臭いに目を回して倒れているなんてことは……。
 いやいやと、俺は苦笑いをした。
 ただ、ないとも言い切れない。
 様子を見に行った方がいいだろうか。
 小屋に入ることは許されていないが、別に、中に入るつもりはない。ただ、近くまで行って、様子を見るだけだ。
 そう思い、俺はいつの間にか激しくなっていた脈を落ちつかせるように意識しながら、できるだけ物音を立てないようにして、そっと、布団から抜け出したのだった――。
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