婚約破棄令嬢は月光の元桜散る

白雪みなと

文字の大きさ
1 / 1

婚約破棄令嬢は月光の元桜散る

しおりを挟む
「ごめん、他に恋人が出来たから別れて欲しい」
「えっ?」
「それじゃ」

   彼はそれだけを私に言い渡すと、さっさと踵を返してしまった。
   私はたった一言で言い表せる『婚約破棄』という事実が受け入れられなかった。
   婚約破棄された令嬢には、その後あまりいい縁談は組まれないと聞く。独り立ち出来る手段もあまりない中で、一体私はどうすればいいのだろう。
   たった一人、近すぎる距離で絶望をただただ眺めていた。

   そんなときだった。

   いつものようにいい餌を見つけたと言わんばかりの形相でヒソヒソと悪口を言い合っている上位貴族様を牽制した彼を見かけたのは。
   彼の名はズミ。話を聞くところによると上位貴族という訳でもなく、私の家より爵位が下の子爵家だった。
   正しいものは正しい、という事実を物怖じもせず言える勇敢な彼に惹かれていった。
   私も勇気を出して彼と話し合うことに成功した。
   徐々に笑顔を見せてくれる回数も多くなっていくズミに、確かな恋心を見出していた。
   どうせ元から壊れているような結婚への道のり、私はついに告白を決めた。

「好きです」

   一言だけで私は感情を伝えた。
   それ以上語ることもないから。
   暗闇の中、満月だけが私たちを照らしていた。
   きっと叶うはず、と思っていた。

「あー、ごめん。俺他の学校に婚約者いるんだよね……」

   その瞬間、突風が吹いた。
   裏庭に咲き誇っていた桜の花びらが風の動きと共に舞い散る。

「それは大変失礼致しました」

   偽りの笑顔を浮かべながら謝罪をする。これ以上売女扱いされては精神が持たないかもしれないから、礼儀は弁えていることを示す……が、もう遅いだろう。
   そうだよね、子爵家の嫡男なら婚約者くらいいるよね……

「で、でも気持ちは嬉しいから。あと、誰にも言わないから大丈夫だよ?」

   彼の優しさに思わず泣きそうになる。
   私がこの人の婚約者だったらよかったのに。
   私がこの人にとってのヒロインだったらよかったのに。
   様々な欲望が私の中で舞い、散っていった。

「……帰るね」

   私が泣きそうになっていることを悟ってくれたのか、速やかに退散してくれる彼。
   彼の姿が裏庭から消えるとーー

「うっ……うわっ……ああっ……」

   ぽつり、ぽつりと涙がこぼれる。
   月光に照らされる私と桜の樹。
   両者今だけは散りゆくものかもしれない。
   だけど、散ったあとには再び花が咲く。
   花が咲く未来を願う他、今の私には残されていなかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

悪役令嬢の大きな勘違い

神々廻
恋愛
この手紙を読んでらっしゃるという事は私は処刑されたと言う事でしょう。 もし......処刑されて居ないのなら、今はまだ見ないで下さいまし 封筒にそう書かれていた手紙は先日、処刑された悪女が書いたものだった。 お気に入り、感想お願いします!

あなた方の愛が「真実の愛」だと、証明してください

こじまき
恋愛
【全3話】公爵令嬢ツェツィーリアは、婚約者である公爵令息レオポルドから「真実の愛を見つけたから婚約破棄してほしい」と言われてしまう。「そう言われては、私は身を引くしかありませんわね。ただし最低限の礼儀として、あなた方の愛が本当に真実の愛だと証明していただけますか?」

婚約破棄、別れた二人の結末

四季
恋愛
学園一優秀と言われていたエレナ・アイベルン。 その婚約者であったアソンダソン。 婚約していた二人だが、正式に結ばれることはなく、まったく別の道を歩むこととなる……。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

殿下はご存じないのでしょうか?

7
恋愛
「お前との婚約を破棄する!」 学園の卒業パーティーに、突如婚約破棄を言い渡されてしまった公爵令嬢、イディア・ディエンバラ。 婚約破棄の理由を聞くと、他に愛する女性ができたという。 その女性がどなたか尋ねると、第二殿下はある女性に愛の告白をする。 殿下はご存じないのでしょうか? その方は――。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

【完結】私と婚約破棄して恋人と結婚する? ならば即刻我が家から出ていって頂きます

水月 潮
恋愛
ソフィア・リシャール侯爵令嬢にはビクター・ダリオ子爵令息という婚約者がいる。 ビクターは両親が亡くなっており、ダリオ子爵家は早々にビクターの叔父に乗っ取られていた。 ソフィアの母とビクターの母は友人で、彼女が生前書いた”ビクターのことを託す”手紙が届き、亡き友人の願いによりソフィアの母はビクターを引き取り、ソフィアの婚約者にすることにした。 しかし、ソフィアとビクターの結婚式の三ヶ月前、ビクターはブリジット・サルー男爵令嬢をリシャール侯爵邸に連れてきて、彼女と結婚するからソフィアと婚約破棄すると告げる。 ※設定は緩いです。物語としてお楽しみ頂けたらと思います。 *HOTランキング1位到達(2021.8.17) ありがとうございます(*≧∀≦*)

処理中です...