異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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幼い二人と錬金術師

旅の錬金術師

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「こんにちは。……ここで薬草、扱ってますか?」

 顔を上げると、いかにも旅人といった風貌の女性が立っていた。
 肩まで伸びた緑がかった髪に金縁の眼鏡。
 外套の下には軽装の旅装束を着こみ、腰には複数のポーチを吊るしている。
 学者のようでいて、どこか浮世離れした印象を受ける。

「はい。薬草も薬剤も置いてます。加工品もいくらか」

「それは助かるわ。素材をいくつか探してて……これ、在庫あるかしら?」

 差し出されたメモには、俺でも見たことのない薬草名が混ざっていた。
 中には野草に近いものもある。

「一部はありますけど、これ全部はさすがに……。用途は?」

「錬金術の試薬。旅先で修理用の触媒が尽きちゃって」

 そう言い切る彼女の目はどこか不思議な明るさを帯びていた。
 疑いも隠し立てもない様子に思わず納得してしまった。
 そして、「錬金術」という言葉に興味が湧いたが、物珍しそうな態度を取らないように努めた。

 目の前にいる相手は、アンソワーレの「大事なお客様」なのだ。

「とりあえず店の中も見てください。日差しが強いし、外じゃつらいでしょ」

「ありがとう。ついでに……この包みも直したくて」

 そう言って差し出された布袋の中には、いくつもの小瓶と金属具が入っていた。
 中には割れかけた器具や、薬液の染みた布もある。

「ほう、ずいぶん使いこんでますね。お仕事は薬師か何かですか?」

「旅の錬金術師。メルナっていうの。定住はしてないけど、素材の流通がある街を巡って、こうして立ち寄ってるの」

 メルナは笑いながら答えた。
 言葉に飾り気はなく、偉そうな態度は微塵もない。
 それでいて、その目の奥には知性と深い経験が垣間見えた。

「俺の名前はマルク。この店の手伝いをしてます」

「そう、マルク。よろしくね」

 メルナと話していると、奥の部屋からセドが出てきた。
 見知らぬ来客に少しこわばった様子を見せた。
 しかし、メルナが気にするそぶりもないからか、すぐに緊張はほどけた。

「セド、こちらは旅の錬金術師だそうだ。少し道具を見てほしいってさ」

「……分かりました」

 セドは素直にうなずき、道具を受け取ると器具の状態を確かめ始めた。
 錬金術の道具はアンソワーレの設備と共通点があるため、彼も少しは扱いが分かるのだろう。

「へぇ。こういうの、分かるんだ? すごいじゃない」

「……ほんの少しだけ。お店を手伝ううちに覚えました」

「それなら、手伝ってもらってもいいかしら。修理の間、こっちの草の分類もしてもらえると助かるのよ」

 メルナはひょいと肩をすくめて、セドの手元にメモを置いた。
 カルンを訪れるのは初めてのようだが、まるで昔から知っていた街のように、自然な振る舞いだった。

「これが必要な薬草リスト。見分け方も書いてあるから――どう、分かりそう?」

 セドは戸惑いながらも小さくうなずき、紙に目を通し始めた。
 俺はといえば、どうにも掴みどころのない彼女の態度に翻弄されている。
 不思議な雰囲気だが、少したりとも悪い印象は受けない。


 ――その後、メルナは二、三日ほど街に滞在することになった。

 薬草の仕入れ以外にも、道具の修理や情報収集などでアンソワーレを出入りし、街の中でもあちこちを見て回っていた。
 人との距離が近く、誰とでも気さくに話す姿は、見かけによらず慣れた旅人そのものだった。

 そして、何日目かの午後。
 二人でアンソワーレの店先にいると、メルナはぽつりとつぶやいた。

「ねぇ、マルク。この街って、空き家ない?」

「空き家? まあ、あるにはありますけど……何に使うんです?」

「うーん、仮の工房? 拠点がほしくなってきちゃって」

 軽い調子だったが、メルナの眼差しは真剣だった。
 彼女は街の方へ視線を向けながら、何かを思い返すような口ぶりで続ける。

「この街、素材もあるし、悪くないの。試薬の反応もよかったし……昨日、ミレアちゃんに声をかけられた時、ちょっと思ったのよね」

「……ミレアに?」

「夕方、薬草を選んでたら、ぽんっと指差して『こっちの方がきれい』って。それがね、見事に新鮮だったの。錬金術って、目利きが基本だから」

 そう言って、メルナは笑った。
 あのミレアが珍しく声をかけたというだけでも驚きだが、それをきっかけに拠点を作ると言い出すのは、いかにも彼女らしい。

 だが、言われてみれば悪くない。
 カルンには小さな工房跡がある。
 年配の職人が残していった建物で、今は物置として使われているが、修繕すればまだ住める。
 放浪生活をするような錬金術師には、ちょうどいいのかもしれない。

「……話はしてみます。誰も使わない工房が一軒あって、多少ガタはきてますけど」

「ありがとう、マルク! やっぱりこの街、来てよかったわ」

 メルナは満面の笑みを浮かべ、何やらブツブツと独り言をつぶやきながら、紙に何かを書きこんでいた。
 

 数日後――。

 メルナは本当にその工房に住み始めた。

 近所の鍛冶屋から古い棚を譲り受け、窓を修理し、道具を並べる姿は、まさに引っ越し慣れした旅人そのものだった。
 そして、その間もセドは手伝いに通っていた。
 最初は掃除や荷運びだったが、やがて素材の処理や記録作業も任されるようになった。

 そんな日々が続いたある夕方、メルナがセドに会うためアンソワーレを訪れていた。
 客足の落ちついた時間で、店にいるのは従業員と顔見知りだけだ。

「セド、今日も助かったわ。これ、今月分の給金ね」

「えっ、でも……ぼくはまだ、役に立ってるかどうか……」

「立ってる立ってる。素材の記録なんて、私がやると三割は間違えるから」

「それって……」

「ふふ、気にしない気にしない」

 笑いながら銀貨の入った小袋を渡すメルナ。
 その後ろで、ミレアが戸口の影から顔を出し、兄を見つめていた。

「……おにいちゃん、すごい」

 ぽつりと、彼女はそうつぶやいた。
 俺が店先からその様子を見ていると、フレイが肩をすくめながら言った。

「ああいう雰囲気、とても素敵です。少しずつ、この街になじんでいってる感じで」

「セドたちの居場所が、少しずつできてきました」

 俺たちは、保護者のように二人を見守っていた。

「ただ、子どもだけで暮らすのはまだ早いです。メルナは変わり者ではありますが、面倒見はいいですから。あの子たちの保護者代わりには、ちょうどいいかと」

「……それに、いつか俺がバラムに戻る日が来ます。それを見据えて、周りを整えましょう」

 夕暮れの風が街路を抜けていく。
 窓の外に向けていた視線を、少しだけ遠くへずらした。

 新しい何かが始まっている。
 そんな空気が、この街に根を下ろしつつあった。
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