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リブラとフレヤ
国境での迂回通告
ベルンの領内は思った以上に静かだった。
国境沿いに広がる草地は風に揺れ、遠くに見える丘はどこか眠たげに霞んでいる。
俺たちの馬車の車輪がきしむ音と、馬の鼻息だけが旅路の存在を知らせていた。
しかしその静けさの奥には、薄い緊張の膜が張りつめているのを感じる。
普段の街道に比べて人の姿が少なすぎるのだ。
商人や旅人がもっと行き交っていていいはずの道が空いてしまっている。
俺は手綱を握り直し、前を見据えた。
目指すのはモルネア王国――モルネアを通過してリブラへ至る――。
乾いた大地と荒涼とした風景が広がる国だ。
過去に一度、ハンクやアデルと三人でその国を訪れたことがある。
その時は緊張こそあれど、比較的平穏な旅路だった。
だが今はそうはいかないだろう。
リブラの混乱は周辺諸国に影を落としている。モルネアも例外ではないはずだ。
やがて、見慣れた国境の門が視界に入った。
頑丈な木の扉と石積みの壁――以前通った時と同じ場所だ。
俺は少しだけ安堵しながら馬車を進めた。
だが、すぐにその気持ちは裏切られることになる。
「――止まれ!」
鋭い声が響き、槍を構えた兵士が二人、門の前に立ちはだかった。
顔は真剣そのもので、軽口のひとつも許さない空気を漂わせている。
「ここから先は通行禁止だ。馬車を引き返せ」
兵士の一人が短く告げた。
有無を言わさぬ物言いにただならぬ気配を感じた。
「通行禁止……?」
俺は思わず聞き返す。
「以前はこの道を通れたはずだ。今は何かあったのか」
兵士は渋い表情でうなずいた。
「情勢の悪化だ。モルネア国内では、リブラの混乱に乗じた野盗どもが国境近くに出没している。ここは危険度が高すぎるため封鎖された。命が惜しければ、大人しく別の道を通れ」
俺は一瞬、返す言葉を失った。
やはり情勢はただならぬものになっている。
モルネアの治安も乱れているという噂は耳にしていた。
まさか、国境の門が封鎖されるほどとは。
フレヤが窓越しに顔を出した。
「封鎖……。では、この先へはもう通れないんですか?」
兵士は彼女に視線を移し、少し和らいだ口調で答える。
「完全に通れないわけではない。別の国境口を迂回すれば、時間はかかるが安全に越えられる。商人たちも今はそちらを選んでいる」
「なるほど……」
俺は息を整えながらうなずいた。
「教えてくれて感謝する。無理をして危険に飛びこむわけにはいかない」
兵士は短く「賢明だ」と言って、再び持ち場へと戻っていった。
門前でのやり取りが終わり、馬車を引き返す形になった。
隣に座るフレヤをちらりと見やる。
彼女は唇を結び、視線を前に固定したまま動かない。
「思ったよりも、厳しい状況ね……」
ようやく漏れた声は、小さなため息のように揺れていた。
「モルネアも不安定になっているんだ。安全を確保するなら、遠回りでも受け入れるしかない」
そう伝えるとフレヤはわずかにうなずいた。
だが、その目には不安の色がにじんでいる。
「ここまで来た以上、戻るわけにはいかないから」
強い意志を感じる言葉はフレヤの決意を改めて感じさせた。
彼女は祖国リブラのために戻ろうとしている。その決意は本物だ。
だが同時に進めば進むほど危険が増していく現実もある。
俺は彼女の手にそっと視線を落とし、静かに言葉を添えた。
「……でも、無理はしない方がいい。俺も力になる」
フレヤは目を瞬かせて、わずかに微笑んだ。
「……ありがとう。少し楽になったかも」
短いやり取りだったが、その表情にほんの少し光が戻ったように見えた。
俺はそれを確認して、別のルートへと馬車を進めることにした。
門前を離れ、迂回路へと馬車を進める。
道は予想以上に長く、舗装も粗い。
草地は少なくなり、遠くには乾いた大地が広がり始める。
風は次第に砂を含み、頬をかすめるたびにざらついた感触を残した。
車輪が小石をはじく音がやけに耳につき、旅路の孤独を際立たせる。
道すがら、すれ違う人々の顔つきが険しいことに気づく。
荷車を押す商人たちは警戒心を隠さず、腰に短剣を差したまま歩いていた。
家族連れらしき旅人も、子どもを庇うように抱き寄せ、目を伏せて足早に通りすぎていく。
その様子が、国境付近の不穏さを雄弁に物語っていた。
「みんな、怯えているわね……」
フレヤがぽつりと呟く。
「子どもまで、こんなに表情が固いなんて」
「国が揺らげば、弱い立場の者から不安に呑まれる。……俺たちも油断しないようにしよう」
俺の言葉に、彼女はしっかりとうなずいた。
それでも視線の奥には、やり場のない憂いが漂っている。
リブラが混乱しているという現実は、多くの人々に影を落としているのだ。
やがて、街道脇の小高い丘の上に、見張り台のような木造の櫓が立っているのが見えた。
そこには地元の自警団と思しき男たちが数人、槍を抱えて立っていた。
彼らは俺たちを一瞥し、軽く手を挙げて合図を送る。
その仕草に緊張はないが、いつでも応戦できるような構えを崩してはいなかった。
迂回路にも警備が敷かれているという事実が、情勢の不安定さを裏づけていた。
フレヤの横顔には不安げな色が浮かんでいることが気がかりだった。
いつもなら軽い冗談を口にして場を和ませる彼女が真剣な眼差しで景色を見据えている。
今はただリブラへ向かうことしかできない。
ブラスコの人徳とルカの優れた槍術を信じて、彼らが無事であることを願った。
国境沿いに広がる草地は風に揺れ、遠くに見える丘はどこか眠たげに霞んでいる。
俺たちの馬車の車輪がきしむ音と、馬の鼻息だけが旅路の存在を知らせていた。
しかしその静けさの奥には、薄い緊張の膜が張りつめているのを感じる。
普段の街道に比べて人の姿が少なすぎるのだ。
商人や旅人がもっと行き交っていていいはずの道が空いてしまっている。
俺は手綱を握り直し、前を見据えた。
目指すのはモルネア王国――モルネアを通過してリブラへ至る――。
乾いた大地と荒涼とした風景が広がる国だ。
過去に一度、ハンクやアデルと三人でその国を訪れたことがある。
その時は緊張こそあれど、比較的平穏な旅路だった。
だが今はそうはいかないだろう。
リブラの混乱は周辺諸国に影を落としている。モルネアも例外ではないはずだ。
やがて、見慣れた国境の門が視界に入った。
頑丈な木の扉と石積みの壁――以前通った時と同じ場所だ。
俺は少しだけ安堵しながら馬車を進めた。
だが、すぐにその気持ちは裏切られることになる。
「――止まれ!」
鋭い声が響き、槍を構えた兵士が二人、門の前に立ちはだかった。
顔は真剣そのもので、軽口のひとつも許さない空気を漂わせている。
「ここから先は通行禁止だ。馬車を引き返せ」
兵士の一人が短く告げた。
有無を言わさぬ物言いにただならぬ気配を感じた。
「通行禁止……?」
俺は思わず聞き返す。
「以前はこの道を通れたはずだ。今は何かあったのか」
兵士は渋い表情でうなずいた。
「情勢の悪化だ。モルネア国内では、リブラの混乱に乗じた野盗どもが国境近くに出没している。ここは危険度が高すぎるため封鎖された。命が惜しければ、大人しく別の道を通れ」
俺は一瞬、返す言葉を失った。
やはり情勢はただならぬものになっている。
モルネアの治安も乱れているという噂は耳にしていた。
まさか、国境の門が封鎖されるほどとは。
フレヤが窓越しに顔を出した。
「封鎖……。では、この先へはもう通れないんですか?」
兵士は彼女に視線を移し、少し和らいだ口調で答える。
「完全に通れないわけではない。別の国境口を迂回すれば、時間はかかるが安全に越えられる。商人たちも今はそちらを選んでいる」
「なるほど……」
俺は息を整えながらうなずいた。
「教えてくれて感謝する。無理をして危険に飛びこむわけにはいかない」
兵士は短く「賢明だ」と言って、再び持ち場へと戻っていった。
門前でのやり取りが終わり、馬車を引き返す形になった。
隣に座るフレヤをちらりと見やる。
彼女は唇を結び、視線を前に固定したまま動かない。
「思ったよりも、厳しい状況ね……」
ようやく漏れた声は、小さなため息のように揺れていた。
「モルネアも不安定になっているんだ。安全を確保するなら、遠回りでも受け入れるしかない」
そう伝えるとフレヤはわずかにうなずいた。
だが、その目には不安の色がにじんでいる。
「ここまで来た以上、戻るわけにはいかないから」
強い意志を感じる言葉はフレヤの決意を改めて感じさせた。
彼女は祖国リブラのために戻ろうとしている。その決意は本物だ。
だが同時に進めば進むほど危険が増していく現実もある。
俺は彼女の手にそっと視線を落とし、静かに言葉を添えた。
「……でも、無理はしない方がいい。俺も力になる」
フレヤは目を瞬かせて、わずかに微笑んだ。
「……ありがとう。少し楽になったかも」
短いやり取りだったが、その表情にほんの少し光が戻ったように見えた。
俺はそれを確認して、別のルートへと馬車を進めることにした。
門前を離れ、迂回路へと馬車を進める。
道は予想以上に長く、舗装も粗い。
草地は少なくなり、遠くには乾いた大地が広がり始める。
風は次第に砂を含み、頬をかすめるたびにざらついた感触を残した。
車輪が小石をはじく音がやけに耳につき、旅路の孤独を際立たせる。
道すがら、すれ違う人々の顔つきが険しいことに気づく。
荷車を押す商人たちは警戒心を隠さず、腰に短剣を差したまま歩いていた。
家族連れらしき旅人も、子どもを庇うように抱き寄せ、目を伏せて足早に通りすぎていく。
その様子が、国境付近の不穏さを雄弁に物語っていた。
「みんな、怯えているわね……」
フレヤがぽつりと呟く。
「子どもまで、こんなに表情が固いなんて」
「国が揺らげば、弱い立場の者から不安に呑まれる。……俺たちも油断しないようにしよう」
俺の言葉に、彼女はしっかりとうなずいた。
それでも視線の奥には、やり場のない憂いが漂っている。
リブラが混乱しているという現実は、多くの人々に影を落としているのだ。
やがて、街道脇の小高い丘の上に、見張り台のような木造の櫓が立っているのが見えた。
そこには地元の自警団と思しき男たちが数人、槍を抱えて立っていた。
彼らは俺たちを一瞥し、軽く手を挙げて合図を送る。
その仕草に緊張はないが、いつでも応戦できるような構えを崩してはいなかった。
迂回路にも警備が敷かれているという事実が、情勢の不安定さを裏づけていた。
フレヤの横顔には不安げな色が浮かんでいることが気がかりだった。
いつもなら軽い冗談を口にして場を和ませる彼女が真剣な眼差しで景色を見据えている。
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