異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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リブラとフレヤ

荒れ果てた街道と二人の決意

 乾ききった風が吹きつけ、荒れ果てた大地がどこまでも続いていた。
 モルネア領を抜けてリブラへ向かう街道は、商人や旅人で賑わっていたようだ。
 しかしそれも、すでに通りすぎた時間のこと。
 俺とフレヤの前に広がる光景は、活気どころか物寂しさを漂わせるばかりだった。

 陽を遮る木々は乏しく、白茶けた岩肌が陽光を照り返している。
 馬車の車輪が砂を巻き上げ、時折、小石を弾く乾いた音が耳に届く。
 それ以外に聞こえるのは、馬のいななきと蹄の鈍い響きだけだった。

「……逃げてきた人がいただけで、人の気配が少ないよね」

 フレヤがポツリとつぶやいた。
 その声音には驚きよりも寂しさがにじんでいる。

「ここまで閑散としていると妙な感じだ」

 フレヤは小さく首を振る。

「昔は違ったのよ。リブラの商人もよくここを通っていた。塩や布を積んだ隊商で、昼は市を賑わせ、夜は焚き火の明かりが谷を照らしたって……父さんからも聞かされたわ」

 彼女にとって、この荒れ地はただの異国ではない。
 隣国として幼い頃からその気配を感じて育ってきたのだ。
 俺よりもずっと、この地の変貌を実感しているのだろう。

 避難してきた商人から教えられた迂回路を進んでいるが、その道筋さえ荒れ、旅人の姿はない。
 平時であれば荷馬車の列や露店を広げる行商人がいてしかるべき街道だ。
 それが今は、廃墟のように沈黙している。

 俺は警戒を維持したまま、慎重に馬車を進めた。

 やがて小さな谷間を越えたところで、不意に視線を感じた。
 俺は手綱を引き、馬車を止める。
 岩陰に人影がちらついたかと思うと、乾いた笑い声が響いた。
 複数の男たちが道を塞いだ。粗末な鎧を身にまとった野盗の群れ――十名近い。

「おいおい、運がいいぜ。リブラから逃げてきた連中を狙うと儲かるって話だったが――わざわざ向かうやつがいるとはな」

「そうだな。荷物もあるし、二人きりなら抵抗もできねえだろうって」

 嘲るような声に、フレヤの表情がこわばっていた。
 俺は前に出て、腰の剣に手をかける。
 しかし、近距離の戦いは危険が伴うと気づき、咄嗟に切り替えて無詠唱の魔法を放った。 

「退け」

 わずかな魔力をこめた雷撃。
 それが野盗たちの近くで炸裂する。
 土煙と閃光が舞い、数人が悲鳴を上げて倒れた。

「なっ……こいつ、魔法が使えるか!」

 怯む声が上がるが、全員が退くわけではない。
 数人は刃を抜き、なおも迫ってきた。

 その瞬間、背後から鋭い金属音が響いた。
 フレヤが槍を構えて飛び出していた。動きはぎこちない。
 それもで、必死に突きを繰り出そうとしている。

「――ち、近づかないで!」

 槍先がひとりの腕をかすめ、男が呻いて後退する。
 制圧するまでは至らなくとも、十分な牽制だった。
 ルカ直伝の槍術は、彼女を守る力となっていた。

 俺は魔法で残りを一気に無力化する。
 掌から放った火炎魔法が数人を吹き飛ばし、戦意を奪った。
 砂塵が落ちついたところで、残党は呻きながら四散していった。

「おい、大丈夫か」

 振り返ると、フレヤは息を上げながらもうなずいて見せた。

「……平気。怖かったけど、ルカに教わったこと……身体が勝手に動いたの」

「よくやった。お前がいてくれて助かった」

 俺の言葉に、フレヤはかすかに微笑んだ。
 だがその瞳の奥には、柔らかい表情とは対照的な強い力を感じた。

「ねえ、マルク……私たち、もう戻れないんだね」

「ああ、ここまで来てしまった以上、後戻りはできない」

 互いに視線を交わした。
 戦いを経て、ようやく腹を括れたのだ。
 
 その後も道のりは険しかった。
 荒れ果てた村をいくつも抜けた。
 家々は扉も窓も壊され、暮らしの痕跡が無惨に打ち捨てられている。
 わずかに残った住人も、疲弊した顔でこちらを警戒するばかりだ。

 やがて辿りついた宿場町も、かつての面影はなかった。
 人気のあった市場は閉ざされ、広場には避難民が身を寄せ合っている。

「ブラスコ様は、まだ都に残っておられる」

 避難民のひとりが答えてくれた。

「護衛のルカと共に、市民を守るために……だが都はもう、反旗派に包囲されているんだ」

「正規の国境はどうなった」

 途方に暮れたような人々を気の毒に思いながらも問いかけた。

「……もう使えん。橋は落とされ、関所は閉ざされたまま。ここからリブラに入るには、山を越えるしかない」

 絶望をにじませる声だった。
 近くにいた別の商人が口を挟む。

「反旗派は急進的で、武力にものを言わせている。奴らの狙いは都そのもの。ブラスコ様が穏健にまとめてきたものを、力づくで壊す気だ」

 その名を聞いた時、フレヤは唇を強く噛みしめた。
 彼女にとってブラスコは、商会の主であり、父でもある。

「父さんは……まだ戦っているのね」

 どうにか絞り出したような声だった。

 その後もしばらく、俺たちは避難民たちと短い言葉を交わした。
 彼らの多くは先の見えぬ不安に苛まれ、今後どう動くかすら決められずにいた。
 広場に置かれた荷車には、わずかな食糧と衣服が積まれているだけ。
 泣き声をあげる子どもをあやしながら、母親が疲れきった瞳で空を仰ぐ姿もあった。

 胸を締めつけられる光景だったが、俺たちにできることは限られている。
 それからかろうじて機能している宿で休むことにした。
 休息を取る間もフレヤは窓辺に立ち尽くし、沈黙のまま外の景色を見つめていた。

 やがて支度を整えると、互いに言葉少なに頷き合い、宿を後にした。

 宿を発つ時、俺たちは崩れかけた国境を遠望した。
 かつては兵が往来を守り、旗が掲げられていたはずの関所。
 今はところどころに柱だけが残り、瓦礫が散乱している。

「国境が……。こんなことって……」

 フレヤの言葉に、返す言葉が見つからなかった。
 荒廃した光景がすべてを物語っていた。
 秩序は崩れ、混乱は広がり、もはや誰もこの地を治めてはいない。

 それでも俺たちは歩みを止めずに前へ進む。
 フレヤの父とまだ抗う人々のために。
 そして、ここまで来てしまった自分たちの覚悟を果たすために。
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