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くつろぎ温泉と暗殺機構

暗殺機構と長剣少女

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 ――魔法は接近戦には向かない。

 過去にしつこいほどに聞かされた言葉だった。
 まさにこの瞬間を指している。

 イリアのロングソードは室内で振り回せないと分かっているが、油断ならない状況だった。
 得物を隠し持っているか、あるいは肉弾戦を得意としていることもありえる。

 彼女からほのかに立ちのぼる殺気を無視できず、緊迫した空気を感じた。

「もう帰ったと思ったのに……」

 イリアは抑揚のない声で言った。

 暗殺機構が噂通りの危険な組織なら、口封じに消されてもおかしくない。
 俺は深入りしすぎてしまったのか。

 イリアの初撃に備えていると、ふいにドアがノックされた。
 張り詰めた空気が打ち破られたような感じがした。

「ジエル様、失礼します。あっ、イリア様もいらしたのですね」

「どど、どうしたの?」

「村の近くでモンスターを見かけたという通報がありまして、ご報告に参りました」

「――モンスター」

 イリアは機敏な反応を見せると、受付の女をかわして、部屋から飛び出ていった。

「報告が済んだなら、席を外してくれ」

「はっ、失礼しました」

 仮にもジエルは村長の息子であるため、受付の女は恐縮した様子で部屋を出た。

「すまない。まさか、あそこまで危険とは読めなかった」

「あ、謝られても困ります。ひぐっ」

 ジエルは涙ぐんでいるようだった。

「イリアは、俺たちのどちらを斬ろうとしていたんだろう」

「分かりません。両方かもしれません」

 彼のその言葉に寒気を覚えた。
 受付の女が部屋に来なかったら、どうなっていたのか想像したくない。

「悪かった。俺は帰るよ」

 これ以上、話せるようなことはなく、部屋を後にした。

 温泉組合の建物を出ると、エスカが駆け寄ってきた。

「マルクさん!」

「おっ、どうした?」

「どうしたじゃないですよ。イリアって女の子が部屋に入っていくのが見えて、ただごとじゃない気がして、モンスターが出たと受付の人に伝えました」

 そうか、エスカが機転を利かせてくれたのか。
 
「ありがとう。正直、ヤバかった」

「ですよね。顔色が悪いですもん」

 彼女は心から心配してくれているようだった。
 不安にさせてしまったことを申し訳なく思った。

「エスカの判断は正しかったよ。加勢してくれたとしても、どうにもならなかった」

「マルクさんが無事でよかったです」

「調査はこれで終了だな。これ以上は深入りしない方がよさそうだ」

 俺たちは温泉組合の前を離れて、村の中を歩き始めた。

 少し経ったところで、見慣れた人影が目に入った。

「おう、マルクたちも温泉に入りに来たのか」

「……今から、帰るところです」

「そうか、おれも帰るところだ」

 温泉の中で会わなかったが、どこかですれ違っていたかもしれない。

「ハンクさんも一緒に帰りましょう」

「そうだな、そうするか」

 俺たちは三人で来た道を引き返した。
 少し歩いて街道に出たところで、俺はハンクに話しかけた。 

「あの、Sランク冒険者ともなれば、暗殺機構のことは知ってますよね?」

「急にとんでもない名前が出てきたな。何かあったのか」

「さっきの村がモンスターの妨害を解消するために、暗殺機構の剣士を雇ったみたいで」

「そこまで、きな臭い村には見えなかったんだがな……」

 ハンクは何かを考えるように、顎に手を添えた。

「マルクさん、さっきの女の子がそうだったんですか?」

「ああっ、実はそうなんだ」

 エスカを巻きこみたくなかったが、隠し通せるとは思えなかった。

「悪いことは言わねえ。関わらないのが一番だ」

「……そうですか」

 その言葉に深く納得する自分がいた。

「国同士が戦うなんてありえねえのに、暗殺機構が残ってる理由が分かんねえよ」

 ハンクは誰にともなく言った。

「あのー、ハンクさんと暗殺機構の人間だったら、どっちが強いですか?」

「お嬢ちゃん。なかなか、攻めた質問をするな」

「ふふっ、恐縮です」

 エスカの質問は興味深いものだった。
 少なくとも俺の実力では、イリアに手も足も出ないことだけは理解していた。
 
「そうだなー。暗殺機構は武器を使った戦いは得意だが、魔法は鍛えねえらしいんだよな。魔法で優位に立てる分だけ、こっちに分がありそうだ」

「すごーい。さすがは『無双のハンク』ですね」

「そんなに褒めんなって、照れるじゃねえか」

 二人の会話を聞いていると、和んだ気持ちになる気がした。

「まあ、危ない奴らではあるが、依頼以外で殺しはしねえらしいぜ。何かトラブったわけでもねえんだろ?」

「はい、そこまでは……」

「何かあったら、おれが守ってやる」
 
 ハンクの威厳を感じさせる様子に安心感を覚えた。
 彼は暗殺機構への嫌悪感を見せていたが、怯むような素振りは感じられなかった。
 
「そういえば、マルクたちはエバンで何か食べたか?」

 彼は同じ話を続けるつもりはないようで、別の話題を話し始めた。

「カンパーニュという食堂に寄りました」

「シチューが美味しかったですよ」

「そうか、それはよかったな……」

 ハンクは急に浮かない顔になった。

「えっ、何があったんですか?」

「……村長経営の『男の食堂』に寄ったら、大惨事だった」 

 それはエバンの村にいくつかある食事処の中で、一番最初に選択肢から除外した店だった。 

「外観も一癖ありそうな店なのに、よく挑戦しましたね」

「それは……言わないでおこうぜ。あと、口直しに美味いものが食べたい。バラムに戻ったら、何か食わせてくれ」

「分かりました。肉の在庫は少ないですけど、何とかなると思います」

 俺とハンクが話していると、エスカが物欲しそうな顔をしていた。

「エスカも寄ってく?」

「やったー、いいんですか!」

「今日は助けてもらったし、大歓迎だよ」

 会話がきっかけで、二人に焼肉を食べさせることになった。

 暗殺機構とイリアのことで参っていたので、気が紛れてよかった。
 ハンクの話では一般人を手にかける可能性は低いようなので、ジエルが無事であることを願うばかりだった。


 あとがき
 読んでいただき、ありがとうございます!
 次話から新しい章が始まります。
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