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異国の商人フレヤ
カモ肉の焼き鳥風
「そんなに高い給金は出せませんけど、協力してもらえるのは助かります」
「それじゃあ成立ってことで。とりあえず、証書は簡易的なものでいいかな」
フレヤは荷物の中から一枚の紙を取り出した。
製紙業がそこまで発展していないため、紙はそこそこ値が張る。
それを持ち歩くということは、実は豪商の娘とかではないよな。
「ええと、給料は空欄でと。雇い主はマルクで被雇用者は私っと」
フレヤは紙に記入を済ませると、こちらが読めるように向きを変えた。
「それじゃ、ここにサインをお願い」
俺は内容を確認してから、示された空欄に名前を記入した。
「これで契約完了っと。明日からよろしくねオーナー」
「その呼び方はちょっと……今まで通りマルクでいいですよ」
「よろしくね、マルク」
「こちらこそよろしくお願いします」
留守を任せられる人材を探す予定だったのが、思わぬところで強力な人材を得ることができた。
翌日の朝。いつも通りの時間に店へとやってきた。
最近では落ち葉が少なくなった代わりに散った花弁が地面に落ちている。
汚いというほどではないのだが、それを掃かないと白い点が散らばったような状態になってしまう。
「さてと、掃除から始めるか」
俺は店の中に入って、ほうきとちりとりを手にした。
花弁が落ちた地面を見ていると、転生前の記憶にある桜の花が思い浮かんだ。
ただ、街路樹は桜とは似ても似つかない種類で、花も木も異なる見た目だった。
「花見文化を浸透させる……いや、焼肉屋に集中した方がいいよな」
おそらく、一つの商売として成功する可能性は高いだろう。
花を愛でる感性はこの世界にもあるため、花を見ながらパーティーをするとか、グループで食事をするという形態ならば一定の需要が計算できる。
規模を拡大しようとするなら、王都やデュラスの公都で展開すればいい。
「うーん、別に儲けたいとはそこまで思ってないもんな」
捕らぬタヌキの皮算用をしつつ、ほうきを持つ手を動かした。
しばらく掃除を続けたところ、掃ききれないものが落ちたままになっている。
店内に戻って湧き水をバケツに入ると、その水を路地に流した。
「これできれいになったか」
仕上がりに満足感を覚えつつ、開店前の準備を始めることにした。
前日にオーソドックスな焼肉形式で提供したので、今日は趣向を変えていく。
ジビエはなるべく使わないようにと思っていたが、貴重で味のいいカモ肉がエスカ経由で多めに手に入った。
「ええと、あの調味料はまだ残ってるよな」
以前からしょうゆに近い調味料が手に入らないことが課題だった。
最近では王都からの行商が足を運ぶようになっており、近いものが手に入るようになっている。
「よしっ、これでやってみるか」
目分量でしょうゆ風調味料、砂糖、蒸留酒を混ぜる。
たしか、焼き鳥のタレにはみりんを使うような気がするが、代用が効くものがなかったので、甘めの味つけで調整をしていく。
「……どうだ、甘すぎるか」
何度か味見と調味料の追加を繰り返して、納得のいく味が完成した。
その調味液を満たした容器に切り分けたカモ肉を浸した。
「やっほー、マルク。今日もやってるね」
「おはようございます」
作業を続けていると、フレヤが店の中にやってきた。
いつも通りの明るい調子に気持ちが和んだ。
「それは何をやってるの?」
「カモ肉に味を沁みこませているところです。濃いめの味つけなので、開店する頃にはちょうどいい塩梅になると思います」
「ふむふむ、面白い調理法だね」
フレヤは興味深そうに容器の中を覗きこんだ。
協力してもらう以上、料理そのものが好きであることは重要だった。
少なくとも退屈そうではないので、彼女の様子に安心した。
「けっこう量があるので、閉店後に食べられますよ」
「ホント! 故郷ではカモなんて滅多に見かけないから、食べたことないんだ」
「ほどよく脂が乗っているので、わりと美味しいですよ」
「へえ、楽しみだよ」
それから、二人で話しながら準備をするうちに営業時間が近づいた。
俺たちは敷地の中から空を見上げていた。
朝の時点では晴れていたものの、珍しく空に雲が広がっている。
「あれっ、この雲行きは……大丈夫なのか」
「まだ降ってないけど、少し心配だね」
フレヤは以前からうちの一員だったかのようになじんでいた。
「そうそう、今日から私も手伝うから。改めてよろしく」
彼女はいつの間にかエプロンを身につけており、髪の毛をまとめるようにヘアバンドをつけている。
普段着はエスニックな商人といった装いだったが、状況をわきまえて用意してくれたのだろう。
店のことに口出しするだけあって、気配りのできる性格なのだと思った。
やがて常連客の一人が敷地に近づいてきた。
それを迎えるために声をかける。
「いらっしゃいませ」
「よう、マルクくん。今日もよろしく頼むよ」
「はい、すぐにご用意します」
俺は店の中に入ると一人前の用意をトレーに乗せて運んだ。
お客は最初の人だけだったので、さほど急ぐような感じではなかった。
「お待たせしました」
カモ肉と付け合わせの焼き野菜を乗せた皿をテーブルに給仕した。
「珍しい。今日は牛肉じゃないんだ?」
「ちょうどカモ肉が入ったところで。タレを沁みこませてあるので、焼くだけで食べられます」
「へえ、そいつは便利だ」
目の前のお客は興味津々といった様子でカモ肉を焼き始めた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
俺は一礼して、その場を離れた。
客席が一望できる位置に戻ったところで、フレヤが声をかけてきた。
「いつもお客さんの入りはこんな感じ? 昨日はもう少し繁盛してそうな雰囲気だったけど」
「天気の影響が大きい気がします。店を始めてから悪天候の日は数える程度でしたけど、押しなべて低調でした」
「うーん、これはもしかして……」
フレヤは独り言をつぶやきながら、店の様子をじっと眺めていた。
何か打開する案を考えてくれているのだろうか。
「マルクくん、ちょっといいかい」
「はい、何でしょう」
俺はお客に呼ばれて、足早に近づいた。
「この味つけ最高だね! 追加料金かかってもいいから、もう少しもらえる?」
「分かりました。用意させてもらいますね」
追加注文を受けて足早に店内の厨房に向かう。
タレに漬かった状態のカモ肉を何切れか皿に移すとテーブルに運んだ。
「ありがとう。メニューを考えるの大変だと思うけどさ、飽きない味にしてくれるから通うだけの甲斐があるよ」
「いえ、こちらこそありがとうございます!」
おそらく、天気の影響で客の入りが低調なのだが、こうして喜んでもらえるのはうれしい気持ちになると実感した。
「それじゃあ成立ってことで。とりあえず、証書は簡易的なものでいいかな」
フレヤは荷物の中から一枚の紙を取り出した。
製紙業がそこまで発展していないため、紙はそこそこ値が張る。
それを持ち歩くということは、実は豪商の娘とかではないよな。
「ええと、給料は空欄でと。雇い主はマルクで被雇用者は私っと」
フレヤは紙に記入を済ませると、こちらが読めるように向きを変えた。
「それじゃ、ここにサインをお願い」
俺は内容を確認してから、示された空欄に名前を記入した。
「これで契約完了っと。明日からよろしくねオーナー」
「その呼び方はちょっと……今まで通りマルクでいいですよ」
「よろしくね、マルク」
「こちらこそよろしくお願いします」
留守を任せられる人材を探す予定だったのが、思わぬところで強力な人材を得ることができた。
翌日の朝。いつも通りの時間に店へとやってきた。
最近では落ち葉が少なくなった代わりに散った花弁が地面に落ちている。
汚いというほどではないのだが、それを掃かないと白い点が散らばったような状態になってしまう。
「さてと、掃除から始めるか」
俺は店の中に入って、ほうきとちりとりを手にした。
花弁が落ちた地面を見ていると、転生前の記憶にある桜の花が思い浮かんだ。
ただ、街路樹は桜とは似ても似つかない種類で、花も木も異なる見た目だった。
「花見文化を浸透させる……いや、焼肉屋に集中した方がいいよな」
おそらく、一つの商売として成功する可能性は高いだろう。
花を愛でる感性はこの世界にもあるため、花を見ながらパーティーをするとか、グループで食事をするという形態ならば一定の需要が計算できる。
規模を拡大しようとするなら、王都やデュラスの公都で展開すればいい。
「うーん、別に儲けたいとはそこまで思ってないもんな」
捕らぬタヌキの皮算用をしつつ、ほうきを持つ手を動かした。
しばらく掃除を続けたところ、掃ききれないものが落ちたままになっている。
店内に戻って湧き水をバケツに入ると、その水を路地に流した。
「これできれいになったか」
仕上がりに満足感を覚えつつ、開店前の準備を始めることにした。
前日にオーソドックスな焼肉形式で提供したので、今日は趣向を変えていく。
ジビエはなるべく使わないようにと思っていたが、貴重で味のいいカモ肉がエスカ経由で多めに手に入った。
「ええと、あの調味料はまだ残ってるよな」
以前からしょうゆに近い調味料が手に入らないことが課題だった。
最近では王都からの行商が足を運ぶようになっており、近いものが手に入るようになっている。
「よしっ、これでやってみるか」
目分量でしょうゆ風調味料、砂糖、蒸留酒を混ぜる。
たしか、焼き鳥のタレにはみりんを使うような気がするが、代用が効くものがなかったので、甘めの味つけで調整をしていく。
「……どうだ、甘すぎるか」
何度か味見と調味料の追加を繰り返して、納得のいく味が完成した。
その調味液を満たした容器に切り分けたカモ肉を浸した。
「やっほー、マルク。今日もやってるね」
「おはようございます」
作業を続けていると、フレヤが店の中にやってきた。
いつも通りの明るい調子に気持ちが和んだ。
「それは何をやってるの?」
「カモ肉に味を沁みこませているところです。濃いめの味つけなので、開店する頃にはちょうどいい塩梅になると思います」
「ふむふむ、面白い調理法だね」
フレヤは興味深そうに容器の中を覗きこんだ。
協力してもらう以上、料理そのものが好きであることは重要だった。
少なくとも退屈そうではないので、彼女の様子に安心した。
「けっこう量があるので、閉店後に食べられますよ」
「ホント! 故郷ではカモなんて滅多に見かけないから、食べたことないんだ」
「ほどよく脂が乗っているので、わりと美味しいですよ」
「へえ、楽しみだよ」
それから、二人で話しながら準備をするうちに営業時間が近づいた。
俺たちは敷地の中から空を見上げていた。
朝の時点では晴れていたものの、珍しく空に雲が広がっている。
「あれっ、この雲行きは……大丈夫なのか」
「まだ降ってないけど、少し心配だね」
フレヤは以前からうちの一員だったかのようになじんでいた。
「そうそう、今日から私も手伝うから。改めてよろしく」
彼女はいつの間にかエプロンを身につけており、髪の毛をまとめるようにヘアバンドをつけている。
普段着はエスニックな商人といった装いだったが、状況をわきまえて用意してくれたのだろう。
店のことに口出しするだけあって、気配りのできる性格なのだと思った。
やがて常連客の一人が敷地に近づいてきた。
それを迎えるために声をかける。
「いらっしゃいませ」
「よう、マルクくん。今日もよろしく頼むよ」
「はい、すぐにご用意します」
俺は店の中に入ると一人前の用意をトレーに乗せて運んだ。
お客は最初の人だけだったので、さほど急ぐような感じではなかった。
「お待たせしました」
カモ肉と付け合わせの焼き野菜を乗せた皿をテーブルに給仕した。
「珍しい。今日は牛肉じゃないんだ?」
「ちょうどカモ肉が入ったところで。タレを沁みこませてあるので、焼くだけで食べられます」
「へえ、そいつは便利だ」
目の前のお客は興味津々といった様子でカモ肉を焼き始めた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
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客席が一望できる位置に戻ったところで、フレヤが声をかけてきた。
「いつもお客さんの入りはこんな感じ? 昨日はもう少し繁盛してそうな雰囲気だったけど」
「天気の影響が大きい気がします。店を始めてから悪天候の日は数える程度でしたけど、押しなべて低調でした」
「うーん、これはもしかして……」
フレヤは独り言をつぶやきながら、店の様子をじっと眺めていた。
何か打開する案を考えてくれているのだろうか。
「マルクくん、ちょっといいかい」
「はい、何でしょう」
俺はお客に呼ばれて、足早に近づいた。
「この味つけ最高だね! 追加料金かかってもいいから、もう少しもらえる?」
「分かりました。用意させてもらいますね」
追加注文を受けて足早に店内の厨房に向かう。
タレに漬かった状態のカモ肉を何切れか皿に移すとテーブルに運んだ。
「ありがとう。メニューを考えるの大変だと思うけどさ、飽きない味にしてくれるから通うだけの甲斐があるよ」
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