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和の国サクラギとミズキ姫
謎の美女との遭遇
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翌朝、目が覚めて最初に見えたのは天井ではなく、透き通るように澄んだ青空だった。
まだ早朝のようで陽光は淡く、周囲にはうっすらと霧が浮かんでいる。
「……あっ、昨夜は野宿したんだった」
寝袋に包まれたまま視線を横にずらすと、幕の閉じた客車が見える。
アデルとミズキは車内で一夜を明かしたはずだ。
客車の近くでは水牛が横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
徐々に意識がはっきりしてきて、ゆっくりと身体を起こす。
焚き火の炎とハンクの姿が少し離れた位置にあるのが目に入った。
「おう、目が覚めたか」
「おはようございます。熟睡できたってことは何も起きなかったんですね」
俺は申し訳なさそうに言った。
ハンクが見張りを引き受けてくれて、異変があったら起こしてもらうという話になっていた。
「まあ、気にすんな。おれは昨日の移動中に寝てたし、野営する時のこういう空気が好きなんだ。町にいたらなかなか味わえないもんだから」
彼の声は自然体で、微塵も強がりを感じさせない響きだった。
Sランク冒険者だけあって、心の底から旅や冒険を楽しんでいるのだ。
「見張り続きで申し訳ないんですけど、ちょっと温泉に入ってきます」
「ヤバそうなモンスターもいなさそうだし、気兼ねなく入ってこいよ」
「ありがとうございます」
ハンクの温かい表情に心が和む感じがした。
俺は寝袋を畳んでから身体を拭くための布を手にして、近くの温泉へと移動した。
周辺に火山は見当たらないのだが、地下から温かい水が湧き出すのをサクラギの民が発見したらしい。
彼らが行き来する際に休養を取るため、自主的に整備を行っているようだ。
「露天風呂というか、野天風呂だよな」
道の先に浮かぶ湯気を見ながら、そんなことをひとりごちた。
温泉の周りを囲っているのは草木のみで、天然の衝立といったところか。
着替えをするための小屋が設置されており、そこが入り口の役目を果たしている。
俺は歩を進めて、小屋の近くに到着した。
扉などはなく、明るい時間は向こう側に温泉が見える。
女性陣との入れ違いは避けるべきだが、特に人影は見当たらない。
「……ふぅ、大丈夫そうか」
安堵のため息をついて、小屋の中に入る。
「――えっ」
足を踏み入れようとした瞬間、出てきた人物とぶつかりそうになった。
俺は慌てて立ち止まり、すんでのところで接触せずに済んだ。
「あれっ、ミズキ……?」
「あわわっ」
黒髪の美女がうろたえた様子で立っている。
最初はミズキかと思ったが、彼女よりも長い髪で体格は一回り大きい。
薄手の衣服の胸元はたゆんとしており、艶を感じさせる外見だ。
「……あの、どちらさまで」
「――拙者は失礼する」
俺が声をかけるが、彼女は質問には答えずに走り去る。
あっという間に姿を見失った。
「……あれは誰だったんだ?」
風貌からサクラギの人間だと思うが、一人で野営地に来ているとは考えにくい。
かといって、客車には人が潜めるような空間はないはずだ。
見ず知らずの人に失礼だが、豊かな胸元が印象に残っていた。
大きさ的にエスカといい勝負だろう。
我ながらしょうもないことを考えているなと思いつつ、朝霧と温泉の湯気に包まれた風呂で入浴を済ませた。
結局、謎の美女の正体は分からないままだった。
朝風呂でさっぱりしてハンクの元に戻ると、アデルとミズキが起きていた。
二人は焚き火を囲むかたちで座っている。
「おっはよーう、昨日は眠れた?」
「ハンクの見張りが安心できたみたいで、熟睡できました」
あまり胸を張って言えることではないため、照れ隠しに頭をかく。
「近くに温泉があって、快適な客車があるなら、野宿も悪くないわね」
「アデルさんや、外に出てくれた二人にお礼は言ったかい」
ミズキが冗談めいた口調で言った。
すると、アデルは恥ずかしそうにもじもじとなる。
あまり見たことのない彼女の動きだった。
「二人とも悪かったわね。復路では……外で寝るのは無理だわ」
「やらんのかーい!」
ミズキは少し大げさにずっこけるような動作を見せた。
「まあまあ、俺は気にしないので」
「二人にあんまり負担をかけるんじゃないよ」
ミズキに諭されると、アデルは苦笑いを浮かべた。
「そういえば、温泉のところで、黒い髪の女性を見たんですけど、ミズキさんではないですよね?」
話題を変えてミズキにたずねると、彼女は虚を突かれたような顔になった。
「あたしはここにいたし、サクラギの女の人が一人でこの辺りにいるとは考えにくいかな」
「そうですよね。少しだけ言葉を交わしたんですけど……寝起きだったし、夢でも見たのかもしれません」
半信半疑だが、突然の出来事で確信がない。
夢だっただろうと言われたら、明確に否定することは難しい。
「まあ、そんなこともあるよな。おれたち以外に人の気配感じないから、ホントに夢でも見たのかもしれねえな」
「ハンクがそう言うなら、間違いないですね」
「さあさあ、設営が撤去できたら出発するよ」
少し無理やりな感じもするが、ミズキが仕切り直すように言った。
それから全員の準備ができたところで、牛車に乗って出発した。
まだ早朝のようで陽光は淡く、周囲にはうっすらと霧が浮かんでいる。
「……あっ、昨夜は野宿したんだった」
寝袋に包まれたまま視線を横にずらすと、幕の閉じた客車が見える。
アデルとミズキは車内で一夜を明かしたはずだ。
客車の近くでは水牛が横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
徐々に意識がはっきりしてきて、ゆっくりと身体を起こす。
焚き火の炎とハンクの姿が少し離れた位置にあるのが目に入った。
「おう、目が覚めたか」
「おはようございます。熟睡できたってことは何も起きなかったんですね」
俺は申し訳なさそうに言った。
ハンクが見張りを引き受けてくれて、異変があったら起こしてもらうという話になっていた。
「まあ、気にすんな。おれは昨日の移動中に寝てたし、野営する時のこういう空気が好きなんだ。町にいたらなかなか味わえないもんだから」
彼の声は自然体で、微塵も強がりを感じさせない響きだった。
Sランク冒険者だけあって、心の底から旅や冒険を楽しんでいるのだ。
「見張り続きで申し訳ないんですけど、ちょっと温泉に入ってきます」
「ヤバそうなモンスターもいなさそうだし、気兼ねなく入ってこいよ」
「ありがとうございます」
ハンクの温かい表情に心が和む感じがした。
俺は寝袋を畳んでから身体を拭くための布を手にして、近くの温泉へと移動した。
周辺に火山は見当たらないのだが、地下から温かい水が湧き出すのをサクラギの民が発見したらしい。
彼らが行き来する際に休養を取るため、自主的に整備を行っているようだ。
「露天風呂というか、野天風呂だよな」
道の先に浮かぶ湯気を見ながら、そんなことをひとりごちた。
温泉の周りを囲っているのは草木のみで、天然の衝立といったところか。
着替えをするための小屋が設置されており、そこが入り口の役目を果たしている。
俺は歩を進めて、小屋の近くに到着した。
扉などはなく、明るい時間は向こう側に温泉が見える。
女性陣との入れ違いは避けるべきだが、特に人影は見当たらない。
「……ふぅ、大丈夫そうか」
安堵のため息をついて、小屋の中に入る。
「――えっ」
足を踏み入れようとした瞬間、出てきた人物とぶつかりそうになった。
俺は慌てて立ち止まり、すんでのところで接触せずに済んだ。
「あれっ、ミズキ……?」
「あわわっ」
黒髪の美女がうろたえた様子で立っている。
最初はミズキかと思ったが、彼女よりも長い髪で体格は一回り大きい。
薄手の衣服の胸元はたゆんとしており、艶を感じさせる外見だ。
「……あの、どちらさまで」
「――拙者は失礼する」
俺が声をかけるが、彼女は質問には答えずに走り去る。
あっという間に姿を見失った。
「……あれは誰だったんだ?」
風貌からサクラギの人間だと思うが、一人で野営地に来ているとは考えにくい。
かといって、客車には人が潜めるような空間はないはずだ。
見ず知らずの人に失礼だが、豊かな胸元が印象に残っていた。
大きさ的にエスカといい勝負だろう。
我ながらしょうもないことを考えているなと思いつつ、朝霧と温泉の湯気に包まれた風呂で入浴を済ませた。
結局、謎の美女の正体は分からないままだった。
朝風呂でさっぱりしてハンクの元に戻ると、アデルとミズキが起きていた。
二人は焚き火を囲むかたちで座っている。
「おっはよーう、昨日は眠れた?」
「ハンクの見張りが安心できたみたいで、熟睡できました」
あまり胸を張って言えることではないため、照れ隠しに頭をかく。
「近くに温泉があって、快適な客車があるなら、野宿も悪くないわね」
「アデルさんや、外に出てくれた二人にお礼は言ったかい」
ミズキが冗談めいた口調で言った。
すると、アデルは恥ずかしそうにもじもじとなる。
あまり見たことのない彼女の動きだった。
「二人とも悪かったわね。復路では……外で寝るのは無理だわ」
「やらんのかーい!」
ミズキは少し大げさにずっこけるような動作を見せた。
「まあまあ、俺は気にしないので」
「二人にあんまり負担をかけるんじゃないよ」
ミズキに諭されると、アデルは苦笑いを浮かべた。
「そういえば、温泉のところで、黒い髪の女性を見たんですけど、ミズキさんではないですよね?」
話題を変えてミズキにたずねると、彼女は虚を突かれたような顔になった。
「あたしはここにいたし、サクラギの女の人が一人でこの辺りにいるとは考えにくいかな」
「そうですよね。少しだけ言葉を交わしたんですけど……寝起きだったし、夢でも見たのかもしれません」
半信半疑だが、突然の出来事で確信がない。
夢だっただろうと言われたら、明確に否定することは難しい。
「まあ、そんなこともあるよな。おれたち以外に人の気配感じないから、ホントに夢でも見たのかもしれねえな」
「ハンクがそう言うなら、間違いないですね」
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