327 / 555
異世界の南国ヤルマ
消失した扉……気のせいだったのか
しおりを挟む
二人で無言のまま廊下を進んで、扉があったところに到着した。
同じ位置を確認したところで、我が目を疑った。
「……あれ、同じ場所だよな」
扉があったところは壁になっていた。
すぐに触って確かめようと思ったが、少女の存在が脳裏をよぎって伸びかけた手を引っこめた。
「マルク殿、説明をお願いできるか?」
アカネは珍しく戸惑っている様子だった。
彼女の目には、ただ壁があるだけだと映っているだろう。
「自分でも変な話だと思うんですけど、この壁の辺りに扉があったんです」
「ほう、ここに扉が」
アカネはためらうこともなく、壁に手を伸ばした。
「――あっ」
何か起きるのではと不安がよぎったが、先ほどの少女が現れる気配はない。
「……どうかされたか?」
アカネは訝しげにこちらを振り返った。
彼女の瞳に圧を感じながらも、少女についてどう伝えるべきか迷う。
「いえ、何も」
「ここに扉があったというのはにわかに信じがたい。マルク殿がここを離れてから時間は経っていないのでは?」
「その通りです。ただ、たしかに見たはずです」
少女の幻影が脳裏をよぎるが、息を呑みながら壁のところに手を触れる。
見たままに壁があるだけで、扉を隠したような膨らみや窪みの感触もない。
「貴殿が拙者をだます利点がない以上、虚言ではないと思う。しかし、ここが壁であることは見間違いようがない」
「それはもちろん、だますつもりなんて」
「大丈夫だ。悪巧みをするような御仁でないことは理解している」
「あ、ありがとうございます」
意外にもアカネの評価が高いことに驚いた。
吸血忍者がそういう設定なのか、元々の性格がそうなのかは知らないが、彼女は感情を露わにすることがほとんどない。
今の段階では人となりについても謎に包まれている。
「ここで議論していても仕方がない。それに姫様から離れるわけにもいかぬ。何か不審な点があれば、また教えてほしい」
「……分かりました」
俺とミズキは扉のあった辺りを離れた。
途中で振り返ってみたが、やはり壁になっていた。
「あれれっ、二人が一緒なんて珍しいじゃん」
部屋の前に戻るとミズキが目を丸くして、こちらを見ていた。
「ちょっと気になることがあって……」
ミズキはアンデッド耐性に加えて、性格的に肝は据わっているはずだ。
一方で彼女の反応が読めない以上、この場所の怪談めいた情報を伝えるべきか決めかねる。
「拙者が声をかけて、館内を散策しておりました。姫様が泊まるところに不備がないようマルク殿と確認を」
「ああっ、そういうこと。マルクくん、アカネに付き合ってもらって悪いね」
「い、いえ。二人にはお世話になっているので」
アカネが話をでっち上げたので、こちらもそれに便乗する。
ミズキに余計な心配をかけたくないのだと察した。
「そうそう、もうすぐ夕食ができるから、ここの食堂に来てほしいみたい」
ミズキは俺とアカネに伝えた後、アデルの部屋にノックした。
アデルが部屋から出てきて、ミズキは同じことを彼女にも伝えた。
アデルは廊下を歩いていったが、どことなく元気がないように見える。
「ねえねえ、どうかしたのかな?」
ミズキはこちらに近づいて小声で言った。
アデルの様子が気にかかるようだ。
「いえ、旅籠に入ってから上の空で……本人は何でもないと言ってましたけど」
「うーん、お腹が痛いとか」
「さあ、どうでしょう」
ミズキのあっけらかんとした様子に緊張感が緩む。
「とりあえず、ご飯にしよっか」
「そうですね。あまり待たせても旅籠の人に悪いですし」
俺とミズキ、アカネの三人はアデルに続いて食堂へと向かった。
取りたてておかしなところはなく、旅館の食事処といった雰囲気だった。
「いらっしゃいませ。おかずは並べてありますので、今からご飯をよそいますね」
俺たちが席につこうすると、給仕の女が現れた。
主人よりも少し若く、特に不審な点は感じられなかった。
床に敷かれた座布団に腰を下ろして、白米のよそわれた茶碗を受け取る。
用意された食事はシンプルな和食だった。
「いただきます」
自然に扱うと不自然に見えると思い、箸を使いにくそうにしながら扱う。
アデルの様子が気にかかり、じっくり味わうことなく食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
四人分の膳を下げた後、給仕の女がお茶を用意してくれた。
日が暮れてから少し冷えるようになったので、温かいお茶はちょうどいい。
旅の途中、和やかな雰囲気になりそうなものだが、ミズキとアカネもアデルのことを意識しているようで、あまり会話が盛り上がっていない。
どこか気まずい空気が流れる中、給仕の女から風呂についての案内があり、その後はそれぞれに部屋に戻った。
自分の部屋に入ると布団が引いてあり、旅の宿に泊まっていることを実感した。
不気味な出来事さえなければ、この状況を満喫できるはずなのだが。
少しばかり疲れた心境になり、床へと座りこむ。
魔力灯はないものの、行灯があることで部屋に多少明るさはある。
――コンコン。
「はい」
しばらく休もうと思ったら、誰かが扉をノックした。
鍵は開けてあるはずだが、向こうからの反応が遅い。
「……どうぞ、開いてますよ」
こちらが促すように呼びかけると、控えめな感じで扉が開いた。
「……マルク、ちょっといい?」
「あっ、はい。大丈夫ですけど」
アデルは思いつめた顔をして、部屋の中に入ってきた。
同じ位置を確認したところで、我が目を疑った。
「……あれ、同じ場所だよな」
扉があったところは壁になっていた。
すぐに触って確かめようと思ったが、少女の存在が脳裏をよぎって伸びかけた手を引っこめた。
「マルク殿、説明をお願いできるか?」
アカネは珍しく戸惑っている様子だった。
彼女の目には、ただ壁があるだけだと映っているだろう。
「自分でも変な話だと思うんですけど、この壁の辺りに扉があったんです」
「ほう、ここに扉が」
アカネはためらうこともなく、壁に手を伸ばした。
「――あっ」
何か起きるのではと不安がよぎったが、先ほどの少女が現れる気配はない。
「……どうかされたか?」
アカネは訝しげにこちらを振り返った。
彼女の瞳に圧を感じながらも、少女についてどう伝えるべきか迷う。
「いえ、何も」
「ここに扉があったというのはにわかに信じがたい。マルク殿がここを離れてから時間は経っていないのでは?」
「その通りです。ただ、たしかに見たはずです」
少女の幻影が脳裏をよぎるが、息を呑みながら壁のところに手を触れる。
見たままに壁があるだけで、扉を隠したような膨らみや窪みの感触もない。
「貴殿が拙者をだます利点がない以上、虚言ではないと思う。しかし、ここが壁であることは見間違いようがない」
「それはもちろん、だますつもりなんて」
「大丈夫だ。悪巧みをするような御仁でないことは理解している」
「あ、ありがとうございます」
意外にもアカネの評価が高いことに驚いた。
吸血忍者がそういう設定なのか、元々の性格がそうなのかは知らないが、彼女は感情を露わにすることがほとんどない。
今の段階では人となりについても謎に包まれている。
「ここで議論していても仕方がない。それに姫様から離れるわけにもいかぬ。何か不審な点があれば、また教えてほしい」
「……分かりました」
俺とミズキは扉のあった辺りを離れた。
途中で振り返ってみたが、やはり壁になっていた。
「あれれっ、二人が一緒なんて珍しいじゃん」
部屋の前に戻るとミズキが目を丸くして、こちらを見ていた。
「ちょっと気になることがあって……」
ミズキはアンデッド耐性に加えて、性格的に肝は据わっているはずだ。
一方で彼女の反応が読めない以上、この場所の怪談めいた情報を伝えるべきか決めかねる。
「拙者が声をかけて、館内を散策しておりました。姫様が泊まるところに不備がないようマルク殿と確認を」
「ああっ、そういうこと。マルクくん、アカネに付き合ってもらって悪いね」
「い、いえ。二人にはお世話になっているので」
アカネが話をでっち上げたので、こちらもそれに便乗する。
ミズキに余計な心配をかけたくないのだと察した。
「そうそう、もうすぐ夕食ができるから、ここの食堂に来てほしいみたい」
ミズキは俺とアカネに伝えた後、アデルの部屋にノックした。
アデルが部屋から出てきて、ミズキは同じことを彼女にも伝えた。
アデルは廊下を歩いていったが、どことなく元気がないように見える。
「ねえねえ、どうかしたのかな?」
ミズキはこちらに近づいて小声で言った。
アデルの様子が気にかかるようだ。
「いえ、旅籠に入ってから上の空で……本人は何でもないと言ってましたけど」
「うーん、お腹が痛いとか」
「さあ、どうでしょう」
ミズキのあっけらかんとした様子に緊張感が緩む。
「とりあえず、ご飯にしよっか」
「そうですね。あまり待たせても旅籠の人に悪いですし」
俺とミズキ、アカネの三人はアデルに続いて食堂へと向かった。
取りたてておかしなところはなく、旅館の食事処といった雰囲気だった。
「いらっしゃいませ。おかずは並べてありますので、今からご飯をよそいますね」
俺たちが席につこうすると、給仕の女が現れた。
主人よりも少し若く、特に不審な点は感じられなかった。
床に敷かれた座布団に腰を下ろして、白米のよそわれた茶碗を受け取る。
用意された食事はシンプルな和食だった。
「いただきます」
自然に扱うと不自然に見えると思い、箸を使いにくそうにしながら扱う。
アデルの様子が気にかかり、じっくり味わうことなく食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
四人分の膳を下げた後、給仕の女がお茶を用意してくれた。
日が暮れてから少し冷えるようになったので、温かいお茶はちょうどいい。
旅の途中、和やかな雰囲気になりそうなものだが、ミズキとアカネもアデルのことを意識しているようで、あまり会話が盛り上がっていない。
どこか気まずい空気が流れる中、給仕の女から風呂についての案内があり、その後はそれぞれに部屋に戻った。
自分の部屋に入ると布団が引いてあり、旅の宿に泊まっていることを実感した。
不気味な出来事さえなければ、この状況を満喫できるはずなのだが。
少しばかり疲れた心境になり、床へと座りこむ。
魔力灯はないものの、行灯があることで部屋に多少明るさはある。
――コンコン。
「はい」
しばらく休もうと思ったら、誰かが扉をノックした。
鍵は開けてあるはずだが、向こうからの反応が遅い。
「……どうぞ、開いてますよ」
こちらが促すように呼びかけると、控えめな感じで扉が開いた。
「……マルク、ちょっといい?」
「あっ、はい。大丈夫ですけど」
アデルは思いつめた顔をして、部屋の中に入ってきた。
20
あなたにおすすめの小説
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる