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異世界の南国ヤルマ
旅籠に起きた変化
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ぴちゃんと水滴の落ちる音がどこかで響いた。
首から下までは温かいのに、頬の辺りには冷たい風を感じる。
「……うっ、ここは?」
時間が経過するごとに意識が覚醒して、周囲の状況が目に入る。
屋根と壁、窓のある部屋。
昨日の夜にミズキたちと泊まったところで間違いない。
「たしか、四人で同じ部屋にって……」
直感的に何かを感じ取り、上半身を起こした。
次第に昨晩とは似て非なる状況だと気づく。
ちょうどそこでアカネが起き上がった。
彼女も異変に気づいたようで、困惑したように周囲を見回した。
「マルク殿、これは一体……」
「いえ、俺もさっぱり……」
一見すると大きな違いはないように見える。
しかし、何かを見落としているようにも感じる。
俺は布団から起き上がり、扉を解錠して外に出た。
そこには目を疑うような光景があった。
「……昨日の夜に何があったんだ」
板張りの廊下にはところどころ埃が積もっており、雨漏りしているのか天井から水滴が落ちるところがある。
何があったとしても、たった一晩でここまでにはならないはずだ。
「……何とこんなことがありえるのか」
アカネが後ろからやってきて、廊下の様子に驚いている。
「とりあえず、アデルとミズキを起こしますか」
「うむ、そうしよう」
俺がアデルを、アカネがミズキに声をかけた。
どちらも熟睡していたが、少しして目を覚ました。
「なになに、まだ寝たいんだけど」
「……どうしたのかしら」
二人の意識がはっきりしてから、話を始めることにした。
「ちょっと見てほしいものがあります」
俺とアカネの様子に気づいたのか、アデルたちは素直に従った。
「……ええっ、どういうこと」
「幻覚魔法にしては完成度が高すぎるわね。昨日の夜は普通に寝入ったはずだけれど」
ミズキは目を丸くしており、アデルは腕組みして状況を分析しているように見えた。
「水牛の様子が気になるので、荷物をまとめて出ましょうか」
「先に着替えた方がいいよね」
「すみません、そうでしたね」
俺たちは話し合って、着替えの順番を決めた。
先に俺が着替えを済ませて、その後にアデルたちということになった。
旅用の服に着替えると、荷物を持って部屋を出た。
廊下は清潔とは言いにくい状態だが、床が抜けるほどではない。
しばらくしてアデルたちが部屋から出てきた。
「待たせたわね」
「マルクくん、こんなところに一人で待たせてごめん」
「いえ、大丈夫です」
ミズキは廊下の状況に改めて驚いたようで、おっかなびっくりといた様子で周囲を観察している。
理由は分からないが、泊まった部屋よりも他の部分の方が劣化や汚れ具合などが顕著だった。
「では、行きましょうか」
俺たちは部屋の前を離れて、廊下を歩き始めた。
時折、砂埃のようなざらついた感触が伝わり、少しばかり不快感を覚える。
早く玄関に移動して、靴を履きたいところだ。
自分以外の三人もこの状況に困惑しているようで、皆一様に口を閉ざしている。
特に会話のないまま、帳場のある玄関へと到着した。
「……やっぱり、誰もいませんね」
俺とアデルがホーリーライトを唱えたので、周りを確認するための明るさは保たれている。
帳場にも埃が積もっており、しばらく使われないことが窺い知れる。
「外の様子も気になるな。ちょっと見てこよう」
目立った痕跡は見当たらず、玄関へと足を運ぶ。
アデルたちは異変の原因を知りたいようで、帳場周りを調べている。
「……おやっ」
誰が並べたのか分からないが、四人分の履き物が横一列に並んでいる。
これから出る俺たちのために踵側をこちらに向けて。
「もしかして、靴を並べてくれました?」
三人にたずねてみたが、ほぼ同時に首を横に振った。
たしかに最初にここに近づいたのは俺なので、誰かが夜中に起きでもしなければ、靴を並べておくことはできない。
「……何だか鳥肌が立ってきた」
深く考えるのは逆効果だと判断して、自分の靴へと近づく。
特に異常はないようで、いつも通りに履くことができた。
そこから立ち上がると、近くに人の気配を感じた。
三人のうちの誰かだろうと思い、何げなく後ろを振り返る。
しかし、アデルたちは熱心に調べている途中だった。
……おかしい。誰かが近くにいたはずだが。
「この度はありがとうございました。またお越しください」
「……えっ」
声のした方に目を向けると、旅籠の主人の姿があった。
彼は頭を下げている状態でこちらを向いていた。
「あれっ、いたんですか……」
声をかけようとしたところで、旅籠の主人は霧散するように消えてしまった。
「――えっ」
目の前の光景がにわかに信じられず、身体の力が抜けた。
幻覚、亡霊――何と呼べばよいのか分からない。
はたして、自分は何を見たのだろうか。
「マルク殿、顔色が優れぬようだが?」
「……あっ」
アカネに声をかけられて我に返った。
まとまらなかった思考が輪郭を帯びていく。
「ついさっき、旅籠の主人を見たんですけど、泊まったことへのお礼だけ言って消えてしまいました」
「……まさか、そんなことが」
彼女はこちらの話を耳にして、神妙な面持ちになった。
そこへアデルとミズキもやってくる。
「二人とも、どうしたの?」
「実は――」
俺は一連の出来事を彼女たちにも説明した。
「いやいや、そんなことがあるの?」
さすがのミズキも戸惑っている。
アデルは予想に反して反応が薄かった。
「アンデッドの気配はしないわね。ここは何かあるみたいだから、そんなこともあるかもしれないわね」
「……危険はなさそうだけど、とりあえず出よっか」
ミズキは履き物に足を通して、そそくさと旅籠の外に出ていった。
首から下までは温かいのに、頬の辺りには冷たい風を感じる。
「……うっ、ここは?」
時間が経過するごとに意識が覚醒して、周囲の状況が目に入る。
屋根と壁、窓のある部屋。
昨日の夜にミズキたちと泊まったところで間違いない。
「たしか、四人で同じ部屋にって……」
直感的に何かを感じ取り、上半身を起こした。
次第に昨晩とは似て非なる状況だと気づく。
ちょうどそこでアカネが起き上がった。
彼女も異変に気づいたようで、困惑したように周囲を見回した。
「マルク殿、これは一体……」
「いえ、俺もさっぱり……」
一見すると大きな違いはないように見える。
しかし、何かを見落としているようにも感じる。
俺は布団から起き上がり、扉を解錠して外に出た。
そこには目を疑うような光景があった。
「……昨日の夜に何があったんだ」
板張りの廊下にはところどころ埃が積もっており、雨漏りしているのか天井から水滴が落ちるところがある。
何があったとしても、たった一晩でここまでにはならないはずだ。
「……何とこんなことがありえるのか」
アカネが後ろからやってきて、廊下の様子に驚いている。
「とりあえず、アデルとミズキを起こしますか」
「うむ、そうしよう」
俺がアデルを、アカネがミズキに声をかけた。
どちらも熟睡していたが、少しして目を覚ました。
「なになに、まだ寝たいんだけど」
「……どうしたのかしら」
二人の意識がはっきりしてから、話を始めることにした。
「ちょっと見てほしいものがあります」
俺とアカネの様子に気づいたのか、アデルたちは素直に従った。
「……ええっ、どういうこと」
「幻覚魔法にしては完成度が高すぎるわね。昨日の夜は普通に寝入ったはずだけれど」
ミズキは目を丸くしており、アデルは腕組みして状況を分析しているように見えた。
「水牛の様子が気になるので、荷物をまとめて出ましょうか」
「先に着替えた方がいいよね」
「すみません、そうでしたね」
俺たちは話し合って、着替えの順番を決めた。
先に俺が着替えを済ませて、その後にアデルたちということになった。
旅用の服に着替えると、荷物を持って部屋を出た。
廊下は清潔とは言いにくい状態だが、床が抜けるほどではない。
しばらくしてアデルたちが部屋から出てきた。
「待たせたわね」
「マルクくん、こんなところに一人で待たせてごめん」
「いえ、大丈夫です」
ミズキは廊下の状況に改めて驚いたようで、おっかなびっくりといた様子で周囲を観察している。
理由は分からないが、泊まった部屋よりも他の部分の方が劣化や汚れ具合などが顕著だった。
「では、行きましょうか」
俺たちは部屋の前を離れて、廊下を歩き始めた。
時折、砂埃のようなざらついた感触が伝わり、少しばかり不快感を覚える。
早く玄関に移動して、靴を履きたいところだ。
自分以外の三人もこの状況に困惑しているようで、皆一様に口を閉ざしている。
特に会話のないまま、帳場のある玄関へと到着した。
「……やっぱり、誰もいませんね」
俺とアデルがホーリーライトを唱えたので、周りを確認するための明るさは保たれている。
帳場にも埃が積もっており、しばらく使われないことが窺い知れる。
「外の様子も気になるな。ちょっと見てこよう」
目立った痕跡は見当たらず、玄関へと足を運ぶ。
アデルたちは異変の原因を知りたいようで、帳場周りを調べている。
「……おやっ」
誰が並べたのか分からないが、四人分の履き物が横一列に並んでいる。
これから出る俺たちのために踵側をこちらに向けて。
「もしかして、靴を並べてくれました?」
三人にたずねてみたが、ほぼ同時に首を横に振った。
たしかに最初にここに近づいたのは俺なので、誰かが夜中に起きでもしなければ、靴を並べておくことはできない。
「……何だか鳥肌が立ってきた」
深く考えるのは逆効果だと判断して、自分の靴へと近づく。
特に異常はないようで、いつも通りに履くことができた。
そこから立ち上がると、近くに人の気配を感じた。
三人のうちの誰かだろうと思い、何げなく後ろを振り返る。
しかし、アデルたちは熱心に調べている途中だった。
……おかしい。誰かが近くにいたはずだが。
「この度はありがとうございました。またお越しください」
「……えっ」
声のした方に目を向けると、旅籠の主人の姿があった。
彼は頭を下げている状態でこちらを向いていた。
「あれっ、いたんですか……」
声をかけようとしたところで、旅籠の主人は霧散するように消えてしまった。
「――えっ」
目の前の光景がにわかに信じられず、身体の力が抜けた。
幻覚、亡霊――何と呼べばよいのか分からない。
はたして、自分は何を見たのだろうか。
「マルク殿、顔色が優れぬようだが?」
「……あっ」
アカネに声をかけられて我に返った。
まとまらなかった思考が輪郭を帯びていく。
「ついさっき、旅籠の主人を見たんですけど、泊まったことへのお礼だけ言って消えてしまいました」
「……まさか、そんなことが」
彼女はこちらの話を耳にして、神妙な面持ちになった。
そこへアデルとミズキもやってくる。
「二人とも、どうしたの?」
「実は――」
俺は一連の出来事を彼女たちにも説明した。
「いやいや、そんなことがあるの?」
さすがのミズキも戸惑っている。
アデルは予想に反して反応が薄かった。
「アンデッドの気配はしないわね。ここは何かあるみたいだから、そんなこともあるかもしれないわね」
「……危険はなさそうだけど、とりあえず出よっか」
ミズキは履き物に足を通して、そそくさと旅籠の外に出ていった。
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