異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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彼女たちの未来

静かな決意

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 ひとしきり喜ぶ様子が落ち着いたところで、皆を見渡して口を開く。

「……ただし、本格的に準備を始めるには、いくつかやることがあります」

 端的にそう告げてから、皆の視線がこちらに集まるのを感じた。
 
「モモカさんとの打ち合わせ、カルンでの出店許可、品揃えについて……あとは誰が中心になって動くかも決めないといけませんね」

 それぞれに説明した内容を理解しようとしているのか、ダークエルフの人たちは口を閉ざしていた。
 成り行きを見守っていると、意を決したような様子のフレイが一歩前に出た。

「私が進行役を引き受けます。薬草の知識は私が一番詳しいので。話をまとめることもできると思います」

 控えめながらも決意のこめられた声だった。 
 フレイのそんな様子に周囲の仲間たちが目を合わせてうなずき合う。

「それなら安心ですね」

 そう応じると、フレイが少し照れたように笑った。
 かすかに幼さの残る表情に微笑ましい気持ちになる。

「それで、店の名前はもう考えてるんですか?」

 俺が何げない気持ちでたずねるとフレイは静かになった。
 ちらりと皆の方を見やってから、ためらいがちに言った。

「……アンソワーレってどうでしょうか。古い言葉で陽の当たる場所という意味です。牢獄の中にいたから……太陽の下で生きていきたいな……って」

 しばしの静寂が訪れる中、誰もその言葉を否定しなかった。
 きっと誰もがその名前に深い意味を感じたのだろう。
 
「とてもいい名前ですね」
 
 俺はそう言って、もう一度うなずいた。

 「……うん、アンソワーレ」
 
 胸に染みこむようにその響きが残った。
 ダークエルフの人たちの長きに渡る囚われの日々。
 それが新しい扉が開くことによって始まるような、そんな感慨を抱いていた。

「じゃあ、その名前で動き出しましょうか」
 
 俺の言葉に同意を示すように、その場にいるほとんどの人がまっすぐな目で視線を返した。
 皆の瞳には希望の光が宿っているように感じられて、店を始めることが重要なのだと理解した。

「まずは試作品を作らないと。商品にするハーブのブレンドをいくつか考えてみます」

 フレイが思案するような顔つきで言うと、隣にいた年配のエルフが声をかけた。
 とても優しげな様子でフレイへの気遣いを感じる。

「乾燥させた葉の保存と管理は、我らが手伝おう。焙煎や刻み方にも工夫がいる」

「袋詰めや包装は、私が得意です」
 
 さらに別のダークエルフの女性が手を挙げた。
 彼女の細く長い指先は繊細な作業に向いていると思った。

 自然な流れで場の雰囲気が活気づいていく。
 さっきまで物静かだった彼らが、今や口々に提案や工夫を語っている。
 店の内装をどうするか、道具は何が必要か、店番を交代制にするか、カウンターは設けるのか――。

 その全てが「ただの準備」にとどまらず、自分たちの未来をかたちづくる作業であることを、皆が無意識に感じ取っているのだろう。
 俺が店を始めた時は仲間に手伝ってもらうことはあっても、基本的には一人で進めることが多かった。
 こうして、力を合わせる様子を見ていると大切な何かが分かる気がした。

「マルクさんは、いつまでこっちにいらっしゃいますか?」

 フレイがこちらを振り返って聞いた。
 彼女の表情には期待と遠慮の両方が窺えた。

「もうしばらくは滞在するつもりです」

「よかった……まだ、頼みたいことがたくさんあります」

 その言葉に、俺は苦笑いしそうになった。
 頼られるのは嫌いじゃない。だがそれ以上に――。

「……俺の方こそ皆さんから学ぶことが多いですよ。新しい土地で新しいものを生み出そうとする、その熱意からね」

 その瞬間、まるで誰かが意図して演出したかのように雲間から陽が差しこんだ。
 焚き火の煙の向こうに、ほのかに霞んだ春の光が広がっていく。

 アンソワーレ――陽の当たる場所。
 その名が静かにこの地に根を下ろし始めた。


 それから数日後。カルンの街角でフレイを待っていた。
 フレイたちが店を始めるに当たり、モモカからアドバイスがあり、「品揃えなどの詳細を詰める前にカルンの偉い人に面通しした方がいいのでは」と聞かされた。
 サクラギとエスタンブルクが協力関係にあることで、ヒイラギの領主であるモモカの口添えで、カルンの偉い人――商業組合の会長――との打ち合わせが設定された。

 待ち合わせの時間より少し早めに着いていたが、フレイもそう変わらない時間に現れた。

「お待たせしました。今日はありがとうございます」

「俺もさっき来たところですよ」

 フレイは人族でいうところの十代後半ぐらいの見た目なのだが、エルフもダークエルフも外見と年齢が一致しない。
 これまでの状況証拠から年上だと判断した結果、敬語で話していた。

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい!」

 フレイは控えめな性格だと思っていたが、今回は気合いが入っているようだ。
 エルフといえばアデルのイメージが強いものの、ラーニャとフレイを見た限りではダークエルフという種族自体がおとなしい人が多いという印象を受けている。

 俺は事前にモモカから聞いていた内容を思い返しながら、フレイと二人でカルンの街中を歩いていった。
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