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番であることを知る

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 私はその日の晩、眠れない夜を過ごした。
 ここに来てからというもの、陛下のことばかり考えている気がする。

 何度も何度も考えた結果、私はやっぱり彼に死んで欲しくないと思った。王さんに頼まれたからじゃなくて、私自身が彼に生きていて欲しかった。けれどそのためには、私も彼と同じ分だけ生きなければならない。とりあえず私が生きて、彼の目の届く場所にいれば、彼は彼のままでいられるのだから。

 ――でも、私は普通の人間だし。

 そういえばいつだったか、エン様が教えてくれた。蓬莱国の番様はもう二百年以上も生きておられると。けれど元は普通の人間だったはず。


『けれどもし……もしもだよ、不老不死になれる方法があるとしたら、美麗はどう思う?』


 神獣様は神通力を使い、天候を自在に操ることができると言われている。だったら人の寿命を伸延ばすことくらい、簡単なことなのかもしれない。


 ――人とは違う時間を生きるということは、とても恐ろしいことだけど。


 その恐怖と戦ってでも、長生きしたいと思った。私が生きて、そばにいることで炎帝陛下の自我が保てるのなら、何だってする覚悟だ。

 ――本当なら、最初から会わなければ済む話だったのに。

 けれどもう出会ってしまった。
 後戻りはできない。

 ――このことを陛下に伝えないと。

 一番の問題はそこだった。もしかすると彼は、このことを見越して、私のことを避けているのかもしれないからだ。。

 ――うだうだ考えていても仕方がないわ。会って、話をしなくちゃ。

 しかしどうすれば逃げ回る炎帝陛下を捕まえることができるのか。
 私がうんうん悩んでいると、


「灯台下暗しですわ、美麗様」
「そうですよ、いつだって大切なものは身近にあるというではありませんか」
「美麗様なら見つけられます」


 どうやら悩みを全部口に出していたらしく、世話係の女の子達に励まされてしまった。ただ何のことを言っているのかはよく分からなかったけれど。
 
 ――以前のような手はもう二度と使いたくないし。

 炎帝陛下に怒鳴られ、泣きながら気絶してしまった文官さんを思い出すと、今でも胸が痛む。王さんも、エン様に何か言われたのか、あれから全く姿を現さないし。
 
 自分で何とかしなければと思うものの、何も思いつかず、

 ――これ以上、頭を使ったら溶けてしまいそう。

 策を弄するのは自分には合わないと感じて、私は直感で行動することにした。ようするに、私が炎帝陛下に会うにはその妹であるエン様の協力が必要なので、泣き落しでもなんでもして、エン様に取り入ることにした。

 この思いつきが、のちに炎帝陛下をいっそう苦しめることになるのだが、この時の私は知る由もなかった。




 ***




「エン様、どうすれば炎帝陛下に会わせてくださいますか?」

 翌日、ひょっこり顔を出したエン様に、私はすぐさま駆け寄ると、両手を合わせて懇願した。何でもしますから、炎帝陛下に会わせてください、どうしても会う必要があるのだと切実に訴えるものの、

「どうせ、退位するのはおやめください、とかって言うんだろ? ダメだよ」

 私が近づいた分だけ、エン様は離れてしまう。 
 とりつくしまもない。

 こうなったら、と私は思い切って、エン様に抱きついた。
 直後、エン様は直立不動で固まってしまう。

「み、美麗……離れて……」
「離れません」
「は、離れてよ」
「離れませんっ」

 弱りきった声を出されても、腕に力を込めて、私は答える。

「炎帝陛下に会わせるとおっしゃるまで、このままです」

 エン様は身体に触れられることをものすごく嫌がる。分かっているのに、自分でも止められない。うまく取り入るつもりが逆に脅迫するかたちになってしまった。それでも、私は炎帝陛下に会いたかった。

「美麗、今すぐ離れるんだ。さもないと……」

 エン様が苦しそうに呼吸されている。
 つい心配になって腕の力を抜き、顔を覗き込むと、

「――あっ」


 唇に柔らかな感触が触れた。
 そのまま軽く吸われて、口づけられていることを知る。

「え、え、エン様……?」

 慌てて離れようとしたけあとの祭りで、気づけば私は抱き上げられて、柔らかな長椅子の上に降ろされる。まさかあの華奢な身体に、私を持ち上げるだけの怪力があろうとは驚きだ。仰向けに置かれて、ぼうっとしている間にエン様が私の上に乗って覆いかぶさってきた。

「エン……様?」

 その姿が徐々に変わっていくのを、私は見た。14、5歳くらいだった美少女がみるみる成長していき、美しい青年の姿になる。

「炎帝陛下……」

 兄妹だから似ていて当然だと思っていたけれど、まさか同一人物だったとは。お世話係の女の子たちは、おそらくこのことを知っていたのだろう。だからこそ、あのような助言をくれたのだ。

 ――こんなことにも気づかないなんて……私ってホント馬鹿。

 びっくりしてぽかんとしている私に再び彼が顔を寄せてきた。唇を何度か吸われて、当然のように舌が入ってきた時はさすがに抵抗しようとしたけれど、できなかった。

 ――そりゃそうよ、好きなんだもの。

 遅ればせながら実感する。
 好きだからこそ触れたいし、触れられて嬉しいと思える。

 一方の彼はなぜか暗い目をしていて、はあはあと息を荒げている。無言のまま私の衣服に手をかけ、乱暴にはぎ取ろうとするので、私はなされるがまま、力を抜いて彼に身を任せた。そうすることが正しいと思えたから。

「美麗……美麗、可愛い、僕の番」

 うわごとのように言って、何度も何度も唇を合わせてくる。

 普段の、理性的で穏やかな彼とは打って変わり、その手つきは荒々しく、性急だった。私にとっては何もかもが初めての経験で、どうしていいのか分からなかったものの、恐怖はなかった。

 唇を合わせるという行為が、こんなにも気持ちの良いものだなんて知らなかったし、求められることに誇らしさを感じた。何より、彼に可愛いと言ってもらえたことがたまらなく嬉しい。
 
 愛する人の下で嵐のような時間を過ごしながら私は、あらためて自分が女であるということを知り、痛みと幸福感に酔いしれていた。



 ***




 目を覚ました時、炎帝陛下の姿はどこにもなかった。いつの間にか私は寝台の上に寝かされて、その周りを世話係の女の子達が忙しそうに動き回っている。

「まあ、なんてこと……」
「二人共、美麗様がお目覚めになられましたわ」
「美麗様、どこか痛いところなどございませんか?」

 目覚めた私に気づくと、三人は気遣わしげに顔を覗き込んでくる。
 私はすぐに答えようとしたけど、

「だい……ごほっ、けほっ」

 声がかすれてしまい、言葉にならなかった。
 軽く咳き込んでいると、優しく背中をさすられ、水を飲むよう勧められる。

 はー美味しい。
 乾いた大地に染み渡るようで、生き返る。

「痛むことは痛むけど、平気よ」
「どこが痛むのですか?」

 言いたくないので私は黙っていた。
 きっと彼女達だって聞きたくないはず。おばさんのあれの話なんて。

「美麗様、恥ずかしがらずにおっしゃってください」
「そうですよ、まもなく医師が参りますから」
「傷は一つ残らず治療するようにと、炎帝陛下のご命令です」

 大げさだと治療を拒否する私に、女の子達は怖い顔をする。

「かなり無茶をしたと陛下はおっしゃられていましたよ」
「それにこの惨状をご覧下さい」
「美麗様のお召し物がみな破けてしまっていますわ」

 確かにひどい有様だった。
 私の身体も噛み跡とうっ血だらけで、女の子達は痛々しげに目を細める。

「見た目ほどひどくないのよ。そんなに痛みもないし」

 彼女達に元気なところを見せようと、私は身体を起こして両手を振った。
 そのまま、寝台から立ち上がろうとするものの、

「……あれ?」

 足に力が入らず、再び座り込んでしまう。
 それに身体もだるくて、なんだか熱っぽい。

「何度も何度も陛下に求められたのですから、無理もありません」
「美麗様は初めてでいらっしゃるのに」
「あまりにも激しいご様子で、何度止めに入ろうと思ったかしれませんわ」

 その時のことを思い出して、ぶわっと頬に熱がこもる。まさか盗み聞きされていたとは知らず、穴があったら入りたい気分だった。というか、なぜ私が昨日まで処女であったことが彼女達に知られているのだろう。

「疲れが取れるまで、美麗様はそのままお休みください」
「すぐに食事の準備を致しますから」
「あとのことはわたくし達にお任せを」

 ううっ、なんてできた子達なんだろう。
 それなのにこんなおばさんの世話をさせてしまって本当に申し訳ない。

 大したことはないと思っていたのに、翌日、私は熱を出して寝込んでしまった。昔から身体は丈夫な方なので、この程度のことで寝込んでしまうなんて、情けなくて泣けてくる。おかげで陛下に会うことも話をすることもできなかった。

 

 
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