3 / 99
本編
お姫様のライスカレー
しおりを挟む
茶道よりも、華道よりも、舞踊よりも、料理をすることが好きだ。けれど貴族の娘が料理をするなんてとんでもないと本妻に叱責され、作った料理を目の前で捨てられてしまったその時から、自身で料理を作ることは諦めていた。もちろん嫁ぎ先でも、プロの料理人が作ったものを食べていたし、教育係の教え通り、身の回りのことは全て使用人任せにしていた。
――けれどこれからは好きなだけ料理ができる。
家事は全般的にできないものの――お掃除は苦手だし、縫い物も下手くそ、一人では缶詰もろくに開けることもできないが――お料理だけならそこら辺の主婦には負けないと胡蝶は張り切っていた。
「まあ、お嬢様ったら。料理ならあたくしがいたしますから」
「好きなことをして良いと言ったのはかあさんでしょう?」
「そうでしたね、でしたら……ライスカレーはいかがです? ご飯はあたくしが炊きますから」
いいわね、と胡蝶は目を輝かせる。
プロの料理人が作ったものばかり食べていたので、ちょうど家庭料理を恋しく思っていたのだ。
「だったらカレー粉と小麦粉はあるかしら?」
「ございますよ。唐辛子はお使いになります?」
「そうね、辛さを調節する時に使うわ」
「刻んでご飯に混ぜてもおいしいですしね」
さすがに牛肉はないので、豚肉で代用することにした。野菜は玉ねぎや人参、じゃがいもの他にグリンピース、残り物の南瓜も使う。それらを賽の目に切って、じゃがいもは水にさらしておく。玉ねぎをバターでキツネ色になるまで炒めて、透き通ってきたら人参を加えてさらに炒める
――小麦粉がダマにならないよう、気をつけなくちゃ。
レシピは既に頭の中に入っている。
料理ができない反動から、暇さえあれば家族に隠れて、料理本を読みふけっていたのだ。
火加減に注意しつつ、たまにお佳代と談笑しながら、胡蝶は久しぶりの料理を楽しんでいた。火花がパチパチっと飛び散る音、お鍋から聞こえるぐつぐつ音、立ち上るスパイシーな香り、台所にこもった熱気――ああ、この時間がどれほど恋しかったことか。
「そろそろいいかしら」
時間をかけてじっくり煮込んだら、最後に牛乳を加えて、塩胡椒で味を整える。
ライスを盛ったお皿に慎重にカレーをかけていき、真ん中に半熟卵をのせたら完成だ。
「できたわ、頂きましょう」
「らっきょのお漬物も出しましょうね」
小さなちゃぶ台に料理を並べて、差し向かいで腰を下ろす。
いつも食事は一人で済ませていたので、誰かと一緒に食事できることが嬉しくてたまらない。
「あらま、卵がうまい具合にトロトロですわね」
「生卵をそのままのせるより、半熟にしたほうが美味しいかなと思って」
辛さ加減もちょうど良く、卵の黄身とからめて食べるとなお美味しい。
お佳代はもう少し辛いほうが好みだと言って、唐辛子を刻んで、にんにくと油で炒めたものをカレーに混ぜて食べていた。たまにらっきょの漬物を食べると、味に変化が出て、これはこれで甘酸っぱくて美味しい。夢中で食べているとじんわり汗が噴き出してきて、胡蝶はふうーと息を吐いた。
「一気に食べてしまったわ」
「大変おいしゅうございました」
お佳代もあっという間にお皿を空にしてしまうと、直後に「ううっ」と泣き出してしまう。
「あら、そんなに辛かった?」
「いえいえ、あんなに小さかったお嬢様が、こんなに美味しい料理をお作りになられるなんて……」
昔を思い出して、感極まってしまったらしい。
「たかがライスカレーくらいで、大げさね」
「ご立派になられて、お佳代は嬉しゅうございます」
「出戻り女でも?」
「お嬢様はまだまだお若いんですから、これからいくらでもチャンスはありますよ」
着物の袖で佳代の涙をぬぐってやりながら、胡蝶はぼんやり考えていた。
――私がお佳代の、本当の娘だったら良かったのに。
貴族の娘ではなく農家の娘に生まれていれば――けれど今は、ないものねだりをするのはよそう。隣の芝生は青く見えるものだし、貴族には貴族の苦労があるように、農家にも農家の苦労があるだろうから。
それよりも今は、全力でこの時間を楽しもうと、頭を切り替える。
「明日から食事は全部、私が作るわね」
――けれどこれからは好きなだけ料理ができる。
家事は全般的にできないものの――お掃除は苦手だし、縫い物も下手くそ、一人では缶詰もろくに開けることもできないが――お料理だけならそこら辺の主婦には負けないと胡蝶は張り切っていた。
「まあ、お嬢様ったら。料理ならあたくしがいたしますから」
「好きなことをして良いと言ったのはかあさんでしょう?」
「そうでしたね、でしたら……ライスカレーはいかがです? ご飯はあたくしが炊きますから」
いいわね、と胡蝶は目を輝かせる。
プロの料理人が作ったものばかり食べていたので、ちょうど家庭料理を恋しく思っていたのだ。
「だったらカレー粉と小麦粉はあるかしら?」
「ございますよ。唐辛子はお使いになります?」
「そうね、辛さを調節する時に使うわ」
「刻んでご飯に混ぜてもおいしいですしね」
さすがに牛肉はないので、豚肉で代用することにした。野菜は玉ねぎや人参、じゃがいもの他にグリンピース、残り物の南瓜も使う。それらを賽の目に切って、じゃがいもは水にさらしておく。玉ねぎをバターでキツネ色になるまで炒めて、透き通ってきたら人参を加えてさらに炒める
――小麦粉がダマにならないよう、気をつけなくちゃ。
レシピは既に頭の中に入っている。
料理ができない反動から、暇さえあれば家族に隠れて、料理本を読みふけっていたのだ。
火加減に注意しつつ、たまにお佳代と談笑しながら、胡蝶は久しぶりの料理を楽しんでいた。火花がパチパチっと飛び散る音、お鍋から聞こえるぐつぐつ音、立ち上るスパイシーな香り、台所にこもった熱気――ああ、この時間がどれほど恋しかったことか。
「そろそろいいかしら」
時間をかけてじっくり煮込んだら、最後に牛乳を加えて、塩胡椒で味を整える。
ライスを盛ったお皿に慎重にカレーをかけていき、真ん中に半熟卵をのせたら完成だ。
「できたわ、頂きましょう」
「らっきょのお漬物も出しましょうね」
小さなちゃぶ台に料理を並べて、差し向かいで腰を下ろす。
いつも食事は一人で済ませていたので、誰かと一緒に食事できることが嬉しくてたまらない。
「あらま、卵がうまい具合にトロトロですわね」
「生卵をそのままのせるより、半熟にしたほうが美味しいかなと思って」
辛さ加減もちょうど良く、卵の黄身とからめて食べるとなお美味しい。
お佳代はもう少し辛いほうが好みだと言って、唐辛子を刻んで、にんにくと油で炒めたものをカレーに混ぜて食べていた。たまにらっきょの漬物を食べると、味に変化が出て、これはこれで甘酸っぱくて美味しい。夢中で食べているとじんわり汗が噴き出してきて、胡蝶はふうーと息を吐いた。
「一気に食べてしまったわ」
「大変おいしゅうございました」
お佳代もあっという間にお皿を空にしてしまうと、直後に「ううっ」と泣き出してしまう。
「あら、そんなに辛かった?」
「いえいえ、あんなに小さかったお嬢様が、こんなに美味しい料理をお作りになられるなんて……」
昔を思い出して、感極まってしまったらしい。
「たかがライスカレーくらいで、大げさね」
「ご立派になられて、お佳代は嬉しゅうございます」
「出戻り女でも?」
「お嬢様はまだまだお若いんですから、これからいくらでもチャンスはありますよ」
着物の袖で佳代の涙をぬぐってやりながら、胡蝶はぼんやり考えていた。
――私がお佳代の、本当の娘だったら良かったのに。
貴族の娘ではなく農家の娘に生まれていれば――けれど今は、ないものねだりをするのはよそう。隣の芝生は青く見えるものだし、貴族には貴族の苦労があるように、農家にも農家の苦労があるだろうから。
それよりも今は、全力でこの時間を楽しもうと、頭を切り替える。
「明日から食事は全部、私が作るわね」
41
あなたにおすすめの小説
忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
「離婚しよう」と軽く言われ了承した。わたくしはいいけど、アナタ、どうなると思っていたの?
あとさん♪
恋愛
突然、王都からお戻りになったダンナ様が、午後のお茶を楽しんでいたわたくしの目の前に座って、こう申しましたのよ、『離婚しよう』と。
閣下。こういう理由でわたくしの結婚生活は終わりましたの。
そう、ぶちまけた。
もしかしたら別れた男のあれこれを話すなんて、サイテーな女の所業かもしれない。
でも、もう良妻になる気は無い。どうでもいいとばかりに投げやりになっていた。
そんなヤサぐれモードだったわたくしの話をじっと聞いて下さった侯爵閣下。
わたくし、あなたの後添いになってもいいのでしょうか?
※前・中・後編。番外編は緩やかなR18(4話)。(本編より長い番外編って……orz)
※なんちゃって異世界。
※「恋愛」と「ざまぁ」の相性が、実は悪いという話をきいて挑戦してみた。ざまぁは後編に。
※この話は小説家になろうにも掲載しております。
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる