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連載
後日談
しおりを挟む「……軍に、お入りになるのですか」
「はい、配属先の騎士団はまだ決まっていませんが」
帝都に戻ってきたマルクスを、午後のお茶に誘ったメアリは落ち込んでいた。
「まだ、そんなにお若くていらっしゃるのに」
「兄上が軍に入られたのは12の時です。それから5年間かけて、兵役義務を果たされました。僕は来年の春で14になりますし、早すぎることはないかと」
暗い顔をして黙り込むメアリに、「申し訳ありません」とマルクスは謝罪した。
「ですがもう二度と、兄上の足を引っ張るようなことはしたくないので」
それどころかアキレスの力になりたいのだと、マルクスは瞳を輝かせて言う。
「侍従のヤニスも付いて来てくれますし、心強いです」
皇子の後方に控えている青年を見ると、彼は恐縮したように礼をした。
「殿下のことは、この命に代えてもお守りいたります」
赤毛でそばかすのある、愛嬌のある青年だった。
軍人というよりは商人に向いてそうな風貌だ。
戦争によって領地を獲得してきたセイタール。反皇帝派による内乱は小規模ながらも断続的に発生しており、国境付近では、隣接する国々との小競り合いも続いている。この帝国に嫁ぐことを決めたからには、綺麗事ばかりは言っていられない――頭ではわかっているのに、メアリの口は重かった。
「どうか御身を大切にしてくださいますよう、ご無事なお帰りをお待ちしております」
…………
………
…
「メアリ、マルクス殿下のことが心配なのね」
二人きりの時だけ、いつものように、気さくに声をかけてくれる侍女のアルガに、メアリはこくりとうなずいた。生まれた時からそばにいてくれる彼女――精霊たちには、絶対的な信頼を寄せているせいか、つい本音が口からこぼれ出てしまう。
「……戦なんて嫌い」
「ねぇ、メアリ、メアリさえ望めば――」
「それはダメっ」
アルガの言葉を遮るように、メアリは口を開いた。
「ダメよ」
「でもわたしたちが代わりに戦えば……」
「望んでいないわ、そんなこと。わかるでしょ」
黙りこむアルガに、メアリはふと思い出したように訊ねる。
「そういえば、精霊の森は女王陛下の結界に守られているのよね」
「ええ、そうよ。だから人間は、あの森では生きられないし、悪さもできない」
精霊たちに見つかって殺されるか、飢え死にするまで出口を求めてさまよい続ける。
「私にもできないかしら」
以前、無自覚に魔法を使っていると、精霊たちに指摘されたことがあるメアリは、かねてから考えていたことを口にした。といっても、精霊の森を守っているような結界ではなく、
「例えば、戦意喪失する結界とか、武器を植物に変える結界とか……」
「メアリらしいといえばメアリらしいわね」
苦笑いを浮かべるアルガに、「ダメかしら」とメアリはしょんぼりする。
「でも、結界を張るっていう案はいいと思う。ノエが喜びそう」
ノエ、と嬉しそうに婚約者の名を口にするアルガを見、メアリもにっこりする。彼の父親である宰相から、あなたの侍女を息子の婚約者にしたいという申し出があったのは、つい先日のことだ。
――いち時はどうなることかと思ったけれど。
結果として、メアリは宰相の申し出を承認した。
ノエとアルガにそれぞれ事情を聞き、アキレスや他の精霊たちとも相談した上で、慎重にことを進めたつもりだ。一年という婚約期間を置いたのも、アルガやノエの気持ちが途中で心変わりするかもしれない、何より、これまで精霊として生きてきたアルガには、人間として生きるための、準備期間が必要だと思ったからだった。
かつて、精霊であったメアリの母親は、人間である青年に身も心も捧げてしまったため、精霊界の禁忌に触れてしまった。しかしアルガの場合、現段階ではまだかろうじて禁忌に触れていないため、相変わらず魔法が使えるし、仲間の精霊たちと言葉を交わすこともできるという。
「ねぇアルガ、暇な時でいいから、私に魔法の使い方を教えてくれない?」
その日を境に、たびたび皇城で不可解な現象が起きるようになるのだが――言い争いをしていた恋人たちが急に仲良くなったり、殴り合いの喧嘩をしていた男たちが突然睡魔に襲われ、眠りについたりと――宮廷の人々は妖精のいたずらとして、誰も問題視しなかった。
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