トカゲに見えますが、実はドラゴンの生き残りで、人間にもなれます。

四馬㋟

文字の大きさ
2 / 27

第二話

しおりを挟む


「まさか直にお会いくださるとは……光栄です、公爵閣下」


 目的地に着くあいだ、檻がずっと揺れていたせいでしょう。

 途中から気分が悪くなって、私は中でぐったりしていました。乗り物酔いです。



「挨拶は抜きだ。さっそく商品を見せてくれ」



 ですから檻の中から出された私は、我慢できずに綺麗なテーブルの上に吐いてしまいました。

 生まれてから何も食べていないので、もちろん胃液だけです。気分は最悪でした。



 そんな私を、耳のとがった美青年が冷たい目で見下ろしています。



「……これがサラマンダーの赤ん坊か?」

「はい、間違いありません」

「羽があるようだが」

「亜種です、閣下。珍しいでしょう?」

「触っても構わないか?」

「構いませんが、火にはご注意を」

「分かった、念のために防火用の手袋をつけよう」





 無遠慮な手であちこち触られて、私にとっては恐怖しかありません。けれど我慢してじっとしていました。

 下手に暴れたり逃げたりすれば、殺処分、なんてことになりかねませんから……くしゅんっ。





「本当だ、火を吹いた」



 美青年は感心したように頷くと、そっと私から手を離しました。

 その様子を手もみしながら眺めていたドワーフたちが我先にと口を開きます。



「ご覧の通り健康体ですし、鱗の色つやも大変美しいでしょう?」

「サラマンダーはほとんど動かないので、お世話も簡単です」

「ご子息様にも必ず気に入っていただけるかと……」



「去年の誕生日にはドラゴンの化石を贈ったのだが、本物が欲しいと駄々をこねられて困ったよ」



 美青年――どう見ても二十代前半くらいの青年にしか見えないのに、もう子どもがいるなんて驚きです――の言葉に、ドワーフたちはぷっと吹き出すと、



「それは無理な注文ですね」

「ドラゴンが絶滅して、かれこれ数百年以上が経ちますし」

「ハンターによる乱獲が原因でしょう。ドラゴン素材は法外な値段で取引されていますから」



 恐ろしい話が耳に入ってきました。



 やはりこの世界でも人間――エルフやドワーフも人間に含まれるのでしょうか? それとも妖精? ――によって多くの生物が絶滅の危機に瀕して……いいえ、今は他生物の心配より、自分の心配をしたほうがいいかもしれません。そろそろ現実逃避はやめて、目の前の危機に集中すべきでしょう。



 私は今、ドワーフみたいな三人組のハンターによって、ろくに餌も与えられず、ペットとして売られようとしているのですから。 



 しかも子どもの誕生日プレゼントして。



 十二歳の男の子といえばわんぱくざかり、一体どんな目に合わされるのやら……いいえ、もしかしたら「サラマンダーはいらない」と断られる可能性も……それはそれで大変傷つきますが、命あっての物種です。





「それで、どうでしょう、閣下」

「ご購入なさいますか?」

「無理なようなら、他のお客様に……」



 畳みかける三人に、公爵はまじまじと私を見下ろしながら答えます。



「サラマンダーの亜種とは珍しい。まるでドラゴンの赤ん坊のようだ。気に入った」



 商談成立……どうやら私の永久就職先が決まったようです。





 ***





 シャンデリアの光が眩しい、どこまでも広い広い鏡の間。磨き抜かれた床の上を歩くのは色とりどりの美しいドレスを着た女性たち、そんな彼女たちをエスコートする男性陣も、ピカピカの靴を履いて、タキシードでバシッと決めています。長テーブルの上には溢れんばかりに食事が用意されていて――見たことがないような果物の山、甘い香りのするお菓子に、大皿に盛られたハムやチーズやお肉――おそらくお酒でしょうが、グラスの中で宝石のように煌めく飲み物がずらりと並び、音楽は当然生演奏です。



 大きなリボンがついたプレゼント用の箱の中で、空気穴から外の様子を眺めていた私は、たまらずため息をついてしまいました。





「紳士淑女の皆様、本日は息子の誕生日パーティーにお越し頂き、誠にありがとうございます。ささやかではありますが、食事と飲み物をご用意しておりますので、これを機にご親睦を深めて頂き――」





 主催者であるエルフの美青年がグラス片手に挨拶の言葉を口にしていますが、まるで耳に入ってきません。





 私の家は放任主義なので、親に誕生日を祝ってもらえたのは十歳までです。

 それ以降は友人が、恋人が、おいしい食事と素敵なプレゼントで祝ってくれました。

 

 一番お金がかかった結婚式や披露宴ですら、このパーティの豪華さに比べたらちっぽけなものです。



 ですからつい思ってしまいます、「子どもの分際で、なんて贅沢なんでしょう」と。

 たかが誕生日ごときで親にこれほど散財させるなんて、とんでもなく愛されているか、わがままなボンボンに違いありません。



 ひどく空腹だったせいもあり、私は公爵家の金持ち親子に対して、あまり良い感情を持つことができませんでした。



 そもそも十二歳の子どもに生き物をプレゼントするなんて、どうかしています。

 すぐに飽きられて捨てられるか、いじめ殺されるかのどちらかですから。



 

 ――早く大きなって、この家から逃げ出さないと。



 

 私は決意しました。



 そのためには、とにかくモリモリ食べて、よく眠ること、もしもいじめられたら、身体を丸めてじっとしていましょう。幸い私の皮膚は厚く、硬い鱗もついているので、叩かれたり蹴られたりしても、センザンコウのように身を守ることができるはずです。





「では皆様、中にはすでにご存じの方もいらっしゃいますが、あらためまして、我が息子ヨルンを紹介しましょう」



 そう言って彼は、後ろに隠れるようにして立っていた少年を前に押しやると、「さあ、皆様にご挨拶を」と耳元で囁きます。



 出てきたのは輝くような金髪に透き通ったガラス玉のような青い瞳をした少年です。

 たくさんの招待客から注目されても、彼は物怖じすることなく背筋を伸ばすと、



「ヨルン・エリオスです。本日は僕のためにご足労いただき、ありがとうございます」



 少年らしい涼やかな声ではきはきと口上を述べると、優雅に腰を曲げてお辞儀をしてみせました。貴族特有の挨拶なのでしょう。理知的な目に引き締まった口もと、顔立ちが父親そっくりで整っているせいもあるのでしょうが、とても大人びて見えます。





 そんな息子が誇らしくてたまらいといったように、公爵は満面の笑みを浮かべて息子を見つめると、



「では、私の跡継ぎであり、未来の公爵閣下にプレゼントを渡すとしよう」



 直後、私の入っている箱が宙に浮かび、動き始めました。

 どうやらついにご対面です。



 

「ありがとうございます、父上。開けてみてもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだとも。お前がずっと欲しがっていたものだよ」



 少年の頬が期待で真っ赤に染まります。



「もしかして……もしかして……」



 興奮のあまり言葉を詰まらせる少年に、父親は周りに聞こえないよう、小声で伝えます。



「そうだ、ドラゴンだよ。ドラゴンの赤ん坊だ。お父様が必ず手に入れると約束しただろう? 皆には内緒だよ。大切に育てなさい」



 一気にハードルがあがりました。

 この父親、とんでもない嘘つきです。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

姉の忘れ形見を育てたいだけなのに、公爵閣下の執着が重いんですが!?~まっすぐ突き進み系令嬢の公爵家再建計画

及川えり
ファンタジー
突然届いた双子の姉からの手紙。 【これをあなたが読んでいるころにはわたしはもう死んでいることでしょう。わたしのことは探さないでね。双子を引き取ってもらえないかしら?】 姉の遺言通り双子を育てようと姉の嫁ぎ先へと突入する。 双子を顧みなかったという元夫のウィルバート公爵に何とか双子を引き取れるよう掛け合うが、話の流れからそのまま公爵家に滞在して双子を育てる羽目に。 だが、この公爵家、何かおかしい? 異常に気付いたハンナは公爵家に巣くう膿をとりのぞくべく、奮闘しはじめる。 一方ハンナを最初は適当にあしらっていたウィルバートだったが、ハンナの魅力に気付き始め……。 ハンナ・キャロライン・バーディナ 22歳      バーディナ伯爵家令嬢         ✖️ ウィルバート・アドルファス・キングスフォード 26歳      キングスフォード公爵 ブックマーク登録、いいね❤️、エール📣たくさんいただきありがとうございます。 とても励みになります。 感想もいただけたら嬉しいです。

よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて

碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。 美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。 第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...