3 / 27
第三話
しおりを挟む「やあ、おチビさん。初めまして。僕はヨルン。今日から君のママだよ」
箱が開いた途端、キラキラした純粋な瞳に見つめられて、私の胸は罪悪感でいっぱいでした。
私《サラマンダー》のことをドラゴンだと思い込んでいる少年の目をまともに見返すことができず、
『キュッキュッ、キューキュっ(転売したり、生皮を剥いで高級バックにしたりしないでね)?』
顔をそらしつつも保険をかけます。
「大丈夫。怖がらないで。大切に育てるから」
少年は優しく私の背中を撫でて言いました。
「親と離れて、すごく不安だよね。気持ちは分かるよ。僕の母上も、僕が幼い頃に家を出ていってしまったから」
そんな母親もいるのかとショックを受ける私でしたが、ヨルンの母親を責めることはできません。映画「クレイマー、クレイマー」の再放送を思い出したからです。幸福の形は人それぞれ、ただのペットのすぎない私が他人様のご家庭のことをとやかく言う権利はありません。
おそらく母親がいなくなったことで、父と息子の絆が深まったのでしょう。
『キュッーキュ、キュッキュッ、キュッー(甘やかされた金持ちのボンボン――なんて言ってごめんなさい)』
そっと目を合わせると、少年は嬉しそうに瞳を輝かせて言いました。
「もう寂しくないからね、これからは僕がずっと君の傍にいて、守ってあげる。君の名前は……」
少年はチラッと肖像画が置かれた棚のほうを見ると、
「……イオ。今日から君の名前はイオだよ」
私を見下ろす彼の瞳は優しく、とても嬉しそうでしたが、イオと口にした瞬間だけ、どこか寂しそうに見えました。ペットを欲しがる人はたいてい、心に寂しさや悲しみを抱えているケースが多いといいます。
――でも私、本当はドラゴンじゃないのに……。
ですが私にとっては地獄に仏、母親が家を出たことで心に傷を負ってしまった子どもにさらにひどい嘘をつくなんて……と彼の父親を責めることはできません。生まれたばかりの私には、安全な巣の確保が最優先ですから。
「誕生日おめでとう、ヨルン」
おめでとう、おめでとう、と口々に祝いの言葉をかけられながらも、ヨルンは最後まで私の傍を離れようとしませんでした。
***
クレイヴァル公爵家に来て――息子の誕生日プレゼントとして金貨十枚で買われて――から数か月が経ちました。
生まれたばかりでキューキューと鳴くことしかできない私でしたが、いつの間にか身体も大きくなり、あちこち自由に動き回れるくらい成長しました。今のところ大きなケガも病気もなく、快適な生活を送っています。
それもこれも全て、ヨルンのおかげです。
「さぁ、ご飯だよ、召し上がれ」
まだ十二歳だというのに、意外にもヨルンは生き物の飼育に慣れているようでした。それもそのはず、彼の部屋では蛇やトカゲ、両性類といった沢山の生き物たちが飼われていました。私自身トカゲでなければ、恐ろしさのあまり逃げ出していたことでしょう。彼は間違いなく爬虫類オタクです。ですが至れり尽くせりの暮らし――ふかふかの大きな寝床、栄養満点の食事においしいおやつ、適度な運動に定期的な日光浴――をさせてもらっている身としては、贅沢は言えません。
「イオは本当に少食だね。ドラゴンの子どもって食欲旺盛だと思っていたけど、そうでもないのかな」
山盛りの餌――生肉ですが、なんのお肉かは不明です――をちびちび食べる私を見下ろして、ヨルンは心配そうに言いました。父親の嘘を未だに信じているようです。ですがヨルンは賢く、生き物の生態にも詳しいですから、いずれ気づくことでしょう、私がドラゴンではなくただのトカゲだと。その時はその時です。
――いつ捨てられても良いように、早く大きくならないと……。
せめて自分の餌くらい自分でとれるようにならないと、他生物に食べられるのも怖いですが、飢え死にだけはしたくありません。
突然ガツガツと餌に食いつき始めた私を見て、ヨルンは嬉しそうに笑い出しました。
「たくさん食べて、早く大きくなるんだよ、イオ。そしていつか、僕を君の背中に乗せてね」
ツンツンと指先で私の背中を突きながら、ヨルンは夢みたいなことを口にします。
「ドラゴンはものすごい速さで空を飛ぶことができるんだ。昆虫よりも、鳥よりも速く」
私は食べるのを中断して彼の顔を見上げました。
もっと話が聞きたかったからです。
「それに知能も高くて、僕たち人間の言葉を理解することもできる。今だって、僕が何を言っているのか理解しようとしているんだよね、君は賢いから」
くすぐるように顎の下を触れられて、私は慌てて首を引っ込めました。
なんだかぞわっとして、嫌な感じがしたからです。
「ごめんごめん、逆燐には触れられたくないよね」
そんな私の反応を見たヨルンは申し訳なさそうに肩を竦めます。
まもなくして戸を叩く音がし、
「おぼっちゃま、哲学の先生がお見えになりました」
メイドさんに呼ばれて「休憩時間は終わりだ」とヨルンはしぶしぶ立ち上がりました。
「僕が勉強をしているあいだ、いい子にしているんだよ。遊んでもいいけど、お昼寝を忘れないで」
公爵家の跡取りだけあって、彼はいつも忙しそうにしています。基本自宅学習ですが、勉強だけでなくダンスや礼儀作法、乗馬の訓練や剣術の稽古まで――これでは友だちと遊ぶ時間もありません。
――なんか可哀そう……。
お腹が膨れると眠くなってきました。
いくらトカゲが人間よりも早く大人になるとはいえ、まだまだ幼体ですから、眠気には逆らえません。寝床に戻ってウトウトしながら、私は前世での、幸せだった子どもの時代を思い出していました。勉強なんてそっちのけで部活に打ち込み、友人らと夜遅くまでファミレスで語り合ったあの頃――気づけば、私は深い眠りに落ちていました。
34
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
姉の忘れ形見を育てたいだけなのに、公爵閣下の執着が重いんですが!?~まっすぐ突き進み系令嬢の公爵家再建計画
及川えり
ファンタジー
突然届いた双子の姉からの手紙。
【これをあなたが読んでいるころにはわたしはもう死んでいることでしょう。わたしのことは探さないでね。双子を引き取ってもらえないかしら?】
姉の遺言通り双子を育てようと姉の嫁ぎ先へと突入する。
双子を顧みなかったという元夫のウィルバート公爵に何とか双子を引き取れるよう掛け合うが、話の流れからそのまま公爵家に滞在して双子を育てる羽目に。
だが、この公爵家、何かおかしい?
異常に気付いたハンナは公爵家に巣くう膿をとりのぞくべく、奮闘しはじめる。
一方ハンナを最初は適当にあしらっていたウィルバートだったが、ハンナの魅力に気付き始め……。
ハンナ・キャロライン・バーディナ 22歳
バーディナ伯爵家令嬢
✖️
ウィルバート・アドルファス・キングスフォード 26歳
キングスフォード公爵
ブックマーク登録、いいね❤️、エール📣たくさんいただきありがとうございます。
とても励みになります。
感想もいただけたら嬉しいです。
よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて
碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。
美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。
第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる