トカゲに見えますが、実はドラゴンの生き残りで、人間にもなれます。

四馬㋟

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第三話

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「やあ、おチビさん。初めまして。僕はヨルン。今日から君のママだよ」



 箱が開いた途端、キラキラした純粋な瞳に見つめられて、私の胸は罪悪感でいっぱいでした。

 私《サラマンダー》のことをドラゴンだと思い込んでいる少年の目をまともに見返すことができず、


『キュッキュッ、キューキュっ(転売したり、生皮を剥いで高級バックにしたりしないでね)?』


 顔をそらしつつも保険をかけます。


「大丈夫。怖がらないで。大切に育てるから」


 少年は優しく私の背中を撫でて言いました。



「親と離れて、すごく不安だよね。気持ちは分かるよ。僕の母上も、僕が幼い頃に家を出ていってしまったから」



 そんな母親もいるのかとショックを受ける私でしたが、ヨルンの母親を責めることはできません。映画「クレイマー、クレイマー」の再放送を思い出したからです。幸福の形は人それぞれ、ただのペットのすぎない私が他人様のご家庭のことをとやかく言う権利はありません。


 おそらく母親がいなくなったことで、父と息子の絆が深まったのでしょう。

 

『キュッーキュ、キュッキュッ、キュッー(甘やかされた金持ちのボンボン――なんて言ってごめんなさい)』


 そっと目を合わせると、少年は嬉しそうに瞳を輝かせて言いました。



「もう寂しくないからね、これからは僕がずっと君の傍にいて、守ってあげる。君の名前は……」



 少年はチラッと肖像画が置かれた棚のほうを見ると、



「……イオ。今日から君の名前はイオだよ」



 私を見下ろす彼の瞳は優しく、とても嬉しそうでしたが、イオと口にした瞬間だけ、どこか寂しそうに見えました。ペットを欲しがる人はたいてい、心に寂しさや悲しみを抱えているケースが多いといいます。

 

 ――でも私、本当はドラゴンじゃないのに……。



 ですが私にとっては地獄に仏、母親が家を出たことで心に傷を負ってしまった子どもにさらにひどい嘘をつくなんて……と彼の父親を責めることはできません。生まれたばかりの私には、安全な巣の確保が最優先ですから。



「誕生日おめでとう、ヨルン」



 おめでとう、おめでとう、と口々に祝いの言葉をかけられながらも、ヨルンは最後まで私の傍を離れようとしませんでした。

 

 ***




 クレイヴァル公爵家に来て――息子の誕生日プレゼントとして金貨十枚で買われて――から数か月が経ちました。



 生まれたばかりでキューキューと鳴くことしかできない私でしたが、いつの間にか身体も大きくなり、あちこち自由に動き回れるくらい成長しました。今のところ大きなケガも病気もなく、快適な生活を送っています。


 それもこれも全て、ヨルンのおかげです。



「さぁ、ご飯だよ、召し上がれ」



 まだ十二歳だというのに、意外にもヨルンは生き物の飼育に慣れているようでした。それもそのはず、彼の部屋では蛇やトカゲ、両性類といった沢山の生き物たちが飼われていました。私自身トカゲでなければ、恐ろしさのあまり逃げ出していたことでしょう。彼は間違いなく爬虫類オタクです。ですが至れり尽くせりの暮らし――ふかふかの大きな寝床、栄養満点の食事においしいおやつ、適度な運動に定期的な日光浴――をさせてもらっている身としては、贅沢は言えません。



「イオは本当に少食だね。ドラゴンの子どもって食欲旺盛だと思っていたけど、そうでもないのかな」



 山盛りの餌――生肉ですが、なんのお肉かは不明です――をちびちび食べる私を見下ろして、ヨルンは心配そうに言いました。父親の嘘を未だに信じているようです。ですがヨルンは賢く、生き物の生態にも詳しいですから、いずれ気づくことでしょう、私がドラゴンではなくただのトカゲだと。その時はその時です。



 ――いつ捨てられても良いように、早く大きくならないと……。



 せめて自分の餌くらい自分でとれるようにならないと、他生物に食べられるのも怖いですが、飢え死にだけはしたくありません。

 突然ガツガツと餌に食いつき始めた私を見て、ヨルンは嬉しそうに笑い出しました。



「たくさん食べて、早く大きくなるんだよ、イオ。そしていつか、僕を君の背中に乗せてね」



 ツンツンと指先で私の背中を突きながら、ヨルンは夢みたいなことを口にします。



「ドラゴンはものすごい速さで空を飛ぶことができるんだ。昆虫よりも、鳥よりも速く」



 私は食べるのを中断して彼の顔を見上げました。

 もっと話が聞きたかったからです。



「それに知能も高くて、僕たち人間の言葉を理解することもできる。今だって、僕が何を言っているのか理解しようとしているんだよね、君は賢いから」



 くすぐるように顎の下を触れられて、私は慌てて首を引っ込めました。

 なんだかぞわっとして、嫌な感じがしたからです。



「ごめんごめん、逆燐には触れられたくないよね」



 そんな私の反応を見たヨルンは申し訳なさそうに肩を竦めます。


 まもなくして戸を叩く音がし、



「おぼっちゃま、哲学の先生がお見えになりました」



 メイドさんに呼ばれて「休憩時間は終わりだ」とヨルンはしぶしぶ立ち上がりました。



「僕が勉強をしているあいだ、いい子にしているんだよ。遊んでもいいけど、お昼寝を忘れないで」



 公爵家の跡取りだけあって、彼はいつも忙しそうにしています。基本自宅学習ですが、勉強だけでなくダンスや礼儀作法、乗馬の訓練や剣術の稽古まで――これでは友だちと遊ぶ時間もありません。


 ――なんか可哀そう……。


 お腹が膨れると眠くなってきました。


 いくらトカゲが人間よりも早く大人になるとはいえ、まだまだ幼体ですから、眠気には逆らえません。寝床に戻ってウトウトしながら、私は前世での、幸せだった子どもの時代を思い出していました。勉強なんてそっちのけで部活に打ち込み、友人らと夜遅くまでファミレスで語り合ったあの頃――気づけば、私は深い眠りに落ちていました。

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