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第五話
しおりを挟むさらに数か月後、ヨルンの甲斐甲斐しいお世話のおかげで、私はすくすくと成長していきました。
翼も大きく頑丈になり、今や強風に流されることなく空を飛ぶことができます。
狩猟の森で野生動物に遭遇した時は、翼を大きく広げて相手を威嚇します。
空が飛べるとはいえ、まさかヨルンを置いて逃げるわけにはいきませんから。
すると狐もイノシシも、私を見るとびっくりしたように逃げていきます。
それが面白くて調子に乗っていたら、ついに自分よりも大きい生き物――熊に遭遇してしまいました。
さすがに一巻の終わりだと覚悟しましたが、
「イオっ、火炎放射だっ」
まるでポケモンに命ずるかの如くヨルンに言われて、私はハッとしました。
そうでした、私は火トカゲ――サラマンダーです。
大きく息を吸って……吐く、大きく息を吸って……あれ、どうやって火を吹けばいいのでしょう?
私がフリーズしているあいだにも、熊がどんどんこちらに迫ってきます。
恐怖のあまり、鼻がムズムズしてきました……くしゅんっ。
直後、炎の塊が口から飛び出してきて、熊に直撃します。
火だるまになった熊はパニックのあまり私の横を素通りし、そのまま走り去っていきました。
おそらく水のある場所へ向かったのでしょう。
毛の焼き焦げる匂いが辺りに漂っています。
「やったね、イオ」
ヨルンが嬉しそうに駆け寄ってきます。
彼が無事で私もホッとしました。
「だけど、くしゃみをする時は人に顔を向けないようにね」
注意されて、ごもっともとばかり私は頷きます。
近づいてきたヨルンはいつものくせで私を抱きかかえようとしますが、
「――重いや、さすがにもう僕の力じゃ持ち上がらないな」
どこか寂しそうにつぶやき、途中で諦めてしまいました。
「成長したね、イオ。これから先、君はもっともっと大きくなるよ」
ヨルンは未だに私のことをドラゴンだと思い込んでいるらしく、胸が痛みます。
サラマンダーの成体は大きくても三メートルほど、コモドオオトカゲと同じくらいです。対してドラゴンは、体長八メートルから最大二〇メートルまで――そんな巨大な生物を絶滅させてしまうなんて、人間とは本当に恐ろしい生き物です。
「仲間がいなくて寂しいだろうけど、僕がいるからね」
寂しいなんてとんでもない。
安心できる寝床があって、ご飯も毎日食べられて、好きな時に好きなだけ遊べて、疲れたら昼寝して……毎日が天国にいる気分です。
「大好きだよ、イオ。君のことは絶対に守るから」
一体何から? と思いましたが、深くは考えませんでした。時間さえあればヨルンは私にべったりですし、彼が勉強で忙しい時はクレイヴァル家で働いている方々が優しく話しかけてくれたり、寝床を綺麗にしてくれたりと、大変よくしてくれます。たまに公爵も顔を出して、「ヨルンには内緒だよ」と言って私に甘い果物をくれます。
「君のおかげで息子の笑顔を取り戻すことができた、感謝しているよ」
感謝されるようなことは何もしていないのですが――おそらくアニマルセラピー的な効果があったのでしょう――私は遠慮なく果物にかぶりつきました。
私はよく食べてよく眠り、瞬く間に一年が経ちました。
あくる日、屋敷の外が騒がしいことに気づいた私が、不思議に思って窓の外を眺めていると、
「敷地内に君専用の小屋を建てているんだよ」
読書中のヨルンが説明してくれます。
十三歳になった彼は一気に身長が伸びて、身体にもうっすら筋肉がついてきました。髪や瞳の色も濃くなり、凛々しさも増しています。剣術の稽古も続けているようですが、父親が家庭教師として高名な魔術師を雇ったせいか、最近では魔術の勉強に夢中で、家でも外でも本ばかり読んでいます。
「僕の部屋もそろそろ手狭になってきたし、君もずっとこの部屋にいたんじゃ窮屈だろう?」
前世の感覚からいえば、ヨルンの部屋は高級ホテルのスイートルームなみに広いのですが、手狭になってきた原因は私にあるので文句は言えません。なぜならわすが数年の間に、私の身体が大きく成長してしまったから――現在、長い尻尾も入れると体長二メートルはあるでしょうか、ここで成長が止まってくれればいいのですが、食欲は日に日に増すばかりで、自分でも怖いくらいです。
私の食費だけでかなりの金銭的負担をかけているというのに、その上、住む家まで用意してもらえるなんて、なんて幸せなんでしょう。目を細めると、たくさんの大工さん――おそらく皆ドワーフでしょう――が遠くに見えます。皆さん、小屋というよりギリシャ神話に出てくる神殿のような設計図を手にしていますが、きっと気のせいですね。
「もちろん君一人で行かせたりしないよ、僕も一緒に住むから」
すぐに捨てられるか、飽きられるだろうと思いきや、責任感の強いヨルンは未だに私の面倒を見てくれます。そろそろ自力で餌をとれるくらい成長したと思うのですが、身体が贅沢な暮らしに慣れてしまったので、成体になったところで野生に帰るのは難しいでしょう。
「ずっと傍にいるからね、イオ」
ご主人様に愛されることはペットにとっての務めであり、至上の喜びでもありますが、私には一つだけ気がかりなことがありました。それは、ヨルンには同年代の友達がいないということです。彼はいつも大人たちに囲まれて生活しています、兄のような父親、様々な種族の使用人たちに高名な家庭教師の先生方、ですが一度も、ヨルンが同年代の子どもと話をしたり、遊んだりする姿を見たことがありませんでした。
――せめて学校にくらい通わせてあげればいいのに。
この国にもいくつか学校があるらしいのですが、どれもヨルンにはふさわしくないと彼の父親は言います。そもそも貴族だからといって必ずしも勉強に力を入れているわけでもなく、ほとんど自分の領地から出ることがないので、最低限の教養さえあれば十分だという人も中にはいるそうです。
ですがヨルンは非常に賢く、勉強好きだったので、そんな息子の知識欲を満たすためにたくさんの家庭教師を雇ったんだとか。
要するに親バカです。
いくらエルフが長命種とはいえ、ヨルンがこのまま――勉強漬けの毎日で、話し相手は爬虫類だけ――大人になるのは心配です。
やや押し付けがましいかもしれませんが、子どもらしい青春時代を送るべきでしょう。
でなければあまりにも……気の毒すぎて涙が出てきました。
――ヨルンに友達を作ってあげないと。
おそらく上げ膳据え膳の生活に慣れて、暇を持て余していたせいもあるのでしょう。
この日から、私のお節介が始まりました。
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