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第八話
しおりを挟む「そこの君、イオを――真っ赤なトカゲを見なかったかい? ずっと捜しているんだけど、どこにもいないんだ」
公爵邸の中庭でぼんやりと突っ立っていた私は、声をかけられて振り返りました。
案の定、そこにはヨルンがいて、落ち着かない様子できょろきょろしています。
私もちょうど彼を捜していたので、ホッとしました。
「それなら……」
貴方が捜しているのは私ですと正直に打ち明けようとしましたが、ちょっと待てよと思いとどまりました。
ヨルンが私を見ても気づかないのは、ワイスさんの魔法がうまくいっているからです。
私は今、人間に化けていました。ちゃんと服も着ています。
鏡を見ていないのでハッキリとは分かりませんが、髪の長い赤毛の女の子といった感じでしょうか。
見た目は十歳くらいだとワイスさんが言ったのを覚えています。
できるだけヨルンの年齢に近づけて欲しいとお願いしたのですが、これが限界だと言われました。
年の割に胸やお尻が大きく感じられるのですが、気にしすぎかもしれません。
ともあれ、今はこの状況をどう乗り切るか……
「……そんなトカゲなんて知りません。見たことも聞いたこともないです」
私は嘘をつきました。
正確には、正体を隠すことにしたのです。
ヨルンの友達になるために。
ついでに彼の関心を引こうと、ツッコみどころ満載――この屋敷の人間なら、私(イオ)のことを知らないはずがありませんから――な答え方をしたつもりでししたが、
「そうか。なら失礼するよ」
ツッコみを入れるどころか、ヨルンは私の顔を見ることなく行ってしまいました。
まるでこれ以上、時間を無駄にしたくないみたいに。
私はすぐさま彼を追いかけました。
他人に――というより人間に? ――興味がないことは知っていましたが、まさかこれほどとは……先が思いやられます。
「待ってください、私も一緒に捜しますから」
けれどヨルンは私を無視して歩き続けます。
どうやら狩猟の森へ向かっているようでした。
ペットがいなくなった時、まず散歩コースを探すのは定石ですが、
「あの、そっちにはいないと思いますけど……」
ヨルンはちらりと私を見ると、
「君は屋敷の人間じゃないね。下働きの子にしては若すぎるし、迷子かな?」
ぶんぶんッと首を横に振ると、
「でなければ不審者か侵入者だ。僕が警備の者たちを呼んで君をつまみ出す前に、消えてくれないかな?」
ぞっとするほど冷たい声でした。
私は未だかつて、ヨルンのこんな声を聞いたことがありません。
「僕は忙しいんだ、邪魔しないでくれ」
私は足を止めました。
こんな警戒心むき出しの彼に、「私と友達になって欲しい」なんて言えるはずもありません。
計画は失敗です。
――ワイスさんのところへ行って、元の姿に戻してもらおう。
私は来た道を引き返すことにしました。
これ以上、ヨルンの時間を無駄にするわけにはいきませんから。
そんな時です、
『ギャアギャアっ』
上空から不気味な鳴き声が聞こえてきました。
ハッとして見上げると、頭が二つある大きな鳥がぐるぐると空を飛んでいます。
鋭い嘴に獰猛そうなかぎ爪、その鳥には見覚えがありました。
以前、ヨルンが読んでいた図鑑で見たことがあったから――魔獣です。
魔獣は見境なく人を襲います。おそらく獲物を探してこの敷地内に迷い込んだのでしょう。
嫌な予感がして、私は走り出していました。
予感は的中し、鳥が急降下した先にヨルンがいました。
けれど私が助けるまでもなく、
「そのまま下へ落ちろ」
ヨルンは無事でした。
それどころか魔法を使って、魔獣を地面に叩きつけています。
彼の努力とワイスさんの指導のおかげでしょう。
魔獣は意識を失い、ぐったりしていました。
勝負ありです。
ヨルンは駆け付けた私に気づくと、これ見よがしにため息をつきます。
「僕の前から消えろと言ったはずだ」
心底迷惑そうな顔をされて、地味に傷つきました。
ですがこのまま黙っていたら余計に怪しまれてしまうと思い、
「わ、私は怪しい者ではありません。私の身元はワイスさんが保証してくれます」
ワイスさんの名前を出すと、ヨルンは警戒を解くどころか眉を寄せて、
「……まさか君がイオを攫ったの? 先生の命令で?」
あらぬ疑いをかけられてしまいました。
万事休すです。
「おかしいとは思ったんだ、こんなに長くイオが戻ってこないなんて、今までなかったから。そうか、君の……先生の仕業だったのか」
ハハハッと笑っているのは口だけで、目は笑っていません。
これ以上ヨルンを怒らせる前に、さっさと退散したほうがよさそうです。
冷や汗をかきつつ、回れ右をしようとしたまさにその時、それが目に入りました。
気絶したはずの魔獣が起き上がって、今まさに背後からヨルンに襲い掛かろうとしています。
考える前に身体が動きました。
私はヨルンを押しのけ、彼をかばうようにして魔獣の前に立ちました。
「ギャアギャア」と不気味な鳴き声を上げて魔獣が私を威嚇します。
間近で見ると、魔獣がより大きく、恐ろしいものに思えて、私はビビりまくっていました。
熊に遭遇した時以上のプレッシャーを感じます。
恐怖と緊張のあまり、鼻がムズムズしてきました。
「はっ……くしゅんっ、くしゅんっ――」
私はくしゃみを我慢することができませんでした。
案の定、私の口から大きな炎の塊が二つ飛び出してきて、魔獣に当たりました。
火だるまになった魔獣は慌てふためき、私の横を通り過ぎて空へと飛び去っていきます。
おそらく水場へ向かったのでしょう。肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂っています。
なんだかデジャビュを覚える光景でした。
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