16 / 27
第十六話
しおりを挟む基本、雌をめぐる雄同士の戦いで、動物が死ぬことは滅多にありません。
激しい戦いに発展することもありますが、彼らは単純に力比べをしているだけで、殺し合いをしているわけではありませんから。どちらか一方が負けを認めるか、逃げるかすれば、その時点で勝負がつきます。
ヨルンとザイオンの戦いは拮抗していましたが、長くはかかりませんでした。
戦いが長引くと判断したのか、ザイオンが突然、攻撃をやめて逃げ出したからです。
「イオくんのフェロモンにあてられておかしくなっとったが、どうやら完全に正気を取り戻したようじゃ。イングリット殿の残り香に気づいたのじゃろう」
ヨルンが使っている弓はイングリットさんのお下がりです。
しかもドラゴン素材で作られた一級品で、小型の魔獣なら一撃で倒せるほどの威力があります。
ヨルンは最初、その弓を使うことを嫌がっていたようですが――イングリットさんのことを恨んでいるからではなく、武器としてドラゴンの死体が使われていることが許せなかったようです――ワイスさんに説得されて、しぶしぶ使うようになったとか。
「一度コテンパンにやられたせいで逃げ癖がついたようじゃ。かつては広大な土地を縄張りとする主(ぬし)であったのに……なんと哀れな」
ワイスさんは大いに嘆いていましたが、私はホッとしました。
でなければザイオンの攻撃で、この一帯は火の海と化していたことでしょう。
ワイスさんが魔法で被害を最小限に留めてくれましたが、それでも森の一部は焼失し、狩猟小屋も破壊されて、ひどい有様です。
ヨルンも追撃することなく、武器をおさめました。
爬虫類好きの彼としては不本意な戦いだったでしょう……と思いきや、
「助けに入るのが遅れてごめん、先生に、少し様子を見るように言われて……」
別の意味で落ち込んでいました。
どういうことかと詰め寄ると、ヨルンはあっさり白状しました。
二人は、結界を破られた時点でザイオンの侵入に気づいたそうです。転移の魔法で戻って来たヨルンは、すぐにザイオンを追い払おうとしましたが、「イオくんがその気になったらどうする? しばらく二人の様子を見るのじゃっ」とワイスさんに注意され――それでもヨルンはワイスさんを無視して私を助けようとしたらしいのですが、
「ドラゴンから繁殖の機会を奪うつもりかっ。彼らが本当に絶滅してしまってもよいのかっ」
すさまじい剣幕でワイスさんに怒鳴りつけられてしまい、思わず考え込んでしまったそうです。
ヨルンはどうあっても私(ドラゴン)のことを手放したくない、離れたくないのだそうです。ですが私を飼い殺しにするわけにはいかない、いつかはツガイを見つけて、家族を持たせてあげたいという気持ちもあり――そのことでずっと悩み、苦しんでいたと私に打ち明けてくれました。
「でも、ようやく解決策を思いついたんだ」
ヨルンは私に顔を向けると、初めて出会った時のように、瞳をキラキラさせて言いました。
「僕が君のツガイになる。ドラゴンになるんだ」
彼はペットロスを恐れるあまり、おかしくなったのでしょう。
私は助けを求めてワイスさんを見ました。
ですが、
「イオくん、君も見たじゃろう。ヨルンはザイオンとの戦いに勝利した。すなわち、子孫を残す権利を得たということじゃ」
すかさずヨルンの味方をします。
この二人は、自分たちがおかしなことを言っているという自覚はないのでしょうか?
「しかし今すぐに、とはいかん。人間をキツネや狼、猫に変える魔法は存在するが、ドラゴンに変える魔法はまだ開発されてはおらんからのう」
「これから魔法開発研究所へ行って、先生から圧力をかけて頂くことはできないでしょうか? 研究開発費は全てクレイヴァル公爵家が負担しますので」
「分かった、ザイオンにも協力させよう。あやつの遺伝子が必要じゃ」
「僕が実験台になります」
お金持ちはなんでもお金で解決しようとしますが、魔術師は魔法で解決しようとするのですね。
頭が良すぎるのか、自信過剰のどちらかでしょう。
――私が人間になって、ヨルンと結婚するほうが早いのでは?
そう思いましたが、口には出せませんでした。
それだとまるで、私がヨルンと結婚したがっているような……いいえ、私はこの生活に十分満足しています。不満なんてありません。そんなことを言えば罰が当たります。
来世では、結婚はせずにバリバリ働くと誓った私です。
たまたまドラゴンに生まれ変わったせいで、キャリアウーマンとしての道は閉ざされてしまいましたが、私なりにペットとしてヨルンに……飼い主に尽くしてきました。これからもペットとして、たまに友人として、彼を支えていくつもりです。
そもそもヨルンには、ヨルンにふさわしい相手――お金持ちで賢く、美しい女性がいくらでもいるはずです。
その女性がエルフで、できれば爬虫類好きだといいのですが。
ヨルンが耳のとがった綺麗な女性と軽やかにダンスをしている姿を想像して、微笑ましい気持ちに……なりませんでした。
それどころか気分が悪くなりました。胸がむかむかします。
きっと薬の副作用のせいでしょう。
20
あなたにおすすめの小説
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
姉の忘れ形見を育てたいだけなのに、公爵閣下の執着が重いんですが!?~まっすぐ突き進み系令嬢の公爵家再建計画
及川えり
ファンタジー
突然届いた双子の姉からの手紙。
【これをあなたが読んでいるころにはわたしはもう死んでいることでしょう。わたしのことは探さないでね。双子を引き取ってもらえないかしら?】
姉の遺言通り双子を育てようと姉の嫁ぎ先へと突入する。
双子を顧みなかったという元夫のウィルバート公爵に何とか双子を引き取れるよう掛け合うが、話の流れからそのまま公爵家に滞在して双子を育てる羽目に。
だが、この公爵家、何かおかしい?
異常に気付いたハンナは公爵家に巣くう膿をとりのぞくべく、奮闘しはじめる。
一方ハンナを最初は適当にあしらっていたウィルバートだったが、ハンナの魅力に気付き始め……。
ハンナ・キャロライン・バーディナ 22歳
バーディナ伯爵家令嬢
✖️
ウィルバート・アドルファス・キングスフォード 26歳
キングスフォード公爵
ブックマーク登録、いいね❤️、エール📣たくさんいただきありがとうございます。
とても励みになります。
感想もいただけたら嬉しいです。
よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて
碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。
美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。
第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる