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閑話 クレイヴァル公爵家のメイド長が語ります。
しおりを挟む初めまして、クレイヴァル公爵家のメイド長を務めさせて頂いております、マチルダと申します。
ヨルン坊ちゃまが生まれる三百年前から、お屋敷で働いております。
町へ行けば「可愛いお嬢ちゃんだねぇ、いくつぅ?」とにやけた男性にナンパされることもありますが、エルフは年をとりませんから、それも仕方がないことでしょう。今のところ仕事一筋なので誰とも付き合う気はありません、ときっぱりお断りしますと「見た目に騙されたっ」だの「ロリババァっ」だのと悪態をつかれて、最後はなぜか悪者扱いされてしまいます。
……と、私の話はこれくらいにして、クレイヴァル公爵家の方々のお話をしましょう。
クレイヴァル公爵家の歴史は古く、エルフが治めるこの国では、クレイヴァル家以外に公爵家は存在しません。
ご当主であらせられる旦那様は、千年前の建国時代から生きておられるともっぱらの噂です。エルフはそれだけ長命種ですから、事実かもしれませんね。ちなみに奥様であるイングリット様のご年齢は不明で、ご本人もけして周囲にお年を明かそうとはしません。女性に年齢を訊ねることは失礼とされていますから、奥様の年齢を知ることは一生ないでしょう。
旦那様とイングリット様は俗にいう政略結婚で結ばれた仲です。
イングリット様は非常に男勝りで、武芸を嗜み、ダンスよりも狩りを得意とする女性でした。
そんな奥様にとって、公爵夫人といったお立場は、とても堅苦しく、息苦しいものだったのかもしれません。
子どもさえ産んでくれればあとは自由にしてくれてかまわないと、旦那様は寛大でしたが、イングリット様はそんな旦那様のことを「冷たい人」だとおっしゃっていました。「あの人は私にまるで関心がないのよ」と。
夫婦仲が悪くなった原因は、奥様がハンターギルドといういかがわしい集会所に通い始めたからです。
奥様がドラゴンキラーの異名を持つ凄腕のハンターだと知った旦那様は、それはもう激怒しておられました。
クレイヴァル公爵家の紋章を見て分かるように、旦那様はドラゴンを心から崇拝し、大地の化身……精霊のような存在だと考えておられます。
この世界からドラゴンがいなくなった時、それは世界が滅びる前触れだと旦那様はいつも話しておられました。
けれど奥様は違います。
奥様は幼い頃、森でドラゴンに襲われ、目の前でお兄様を食い殺されてしまったそうです。
「ドラゴンも魔獣と同じよ。人間を見ると襲わずにはいられない、ケダモノだわ」
いくら旦那様に叱られても、注意されても、奥様がハンターをやめることはありませんでした。
奥様が活躍すればするほどドラゴンの数は激減していき、百年後にはぱったりと、空を飛ぶドラゴンの姿を見かけなくなりました。魔術師協会とハンターギルドが共同で調査を行った結果、ドラゴンが絶滅したと判断され、発表されましたが、その後も稀にドラゴンを見たという目撃情報もあり、本当のところは誰にも分りません。
ヨルン坊ちゃまが生まれたのは、それから二百年後のことです。
お坊ちゃまが九歳か、十歳くらいになると、奥様は家を出て行かれました。
まだ幼いお坊ちゃまが旦那様と同じようにドラゴンを愛し、崇拝していることを知って我慢できなかったのでしょう。
奥様がいなくなると、旦那様はこれまで以上にお坊ちゃまに愛情を注ぎ、甘やかすようになりました。
仕事をできるだけ減らして、お坊ちゃまと過ごす時間を増やしたり、お坊ちゃまの欲しがるものはなんでも与えたりしました。
ですがお坊ちゃまは……。
次第に口数が減っていき、笑顔を見せなくなりました。
誰よりも愛する母親に裏切られ、捨てられたのですから、無理もありません。
「……申し訳ありません、メイド長。お坊ちゃまのことで、相談したいことがあるのですが」
この頃から、私たちメイドはお坊ちゃまのお世話に手を焼くようになりました。
急に外出したいと言い出すので馬車を用意すれば、乗り物は嫌いだと言って馬車に乗りたがらない、三十キロ先にある町まで歩いて行こうとする。もちろんお止めしましたが、機嫌を損ねて部屋に閉じこもってしまわれました。
お腹が空いたと言って夜中にメイドを叩き起こすのもしょっちゅうです。
ですが料理をお持ちしても食べようとしません、「もうお腹がすかないから」だそうです。
お坊ちゃまの気まぐれに私たちメイドは振り回されてばかりいました。
旦那様にこのことを申し上げても、
「あの子は自分が本当に愛されているのか不安なんだ。だからわがままを言って、私たち大人を試しているんだよ。じきにおさまるさ」
と言って取り合ってもらえません。
ある時、メイドの一人がいくら食事を出しても食べてもらえないと泣きながら私に相談してきたので、彼女の代わりに私が食事を持っていき、
「三食きちんと食事をとってください。でなければ大人になれませんよ」
とお坊ちゃまをなだめようとしましたが、まるで言うことを聞きません。
それどころかキッと私を睨みつけて、
「使用人の分際で、偉そうに僕に指図するな」
天使のような顔をして、なんて憎たらしいことを言うのでしょう。
私はこのことをすぐに旦那様にご報告しました。
さすがの旦那様も看過できない状況だということが分かったのでしょう。
「なんとか奥様に戻って頂くことはできませんか? このままではお坊ちゃまが餓死してしまいます」
「イングリットは戻らないさ。頑固だから。代わりにペットを与えてみるのはどうだろう?」
旦那様の思いつきは功を奏しました。
お坊ちゃまは大のドラゴン好きでしたので、犬や猫よりも爬虫類を特に可愛がり、自分で世話までするようになりました。するとご自分もきちんと食事をとるようになり、気まぐれを起して、私たちメイドを困らせるようなこともなくなりました。
ようやく夢中になれることを見つけたようです。もっと生き物のことを知りたいからと熱心に本を読むようになりました。
旦那様は大喜びで、お坊ちゃまのためにたくさんの家庭教師を雇い、勉強させました。
そしてお坊ちゃまが十二歳の誕生日を迎えられた日、イオ様……火竜の赤ちゃんが屋敷にやって来たのです。
その日を境に、お坊ちゃまは変わられました。
暗かった表情は明るく、荒んだ目には光が宿り、「僕が勉強しているあいだ、イオの面倒を見てくれてありがとう」と私たち使用人にお礼まで……。
イオ様の前だからカッコつけているだけだと旦那様はおっしゃっていましたが、私たちはイオ様に心から感謝しました。
ヨルン坊ちゃまの心の穴を、イオ様が埋めてくれたからです。
そんなイオ様が誘拐された時は大変でした。
嫌でも奥様が家を出た時の悪夢を思い出して、使用人一同、必死になってイオ様の無事を祈ったものです。
ヨルン坊ちゃまは半狂乱になってイオ様を捜しておられました。
食事も睡眠も一切とらず、「イオが誘拐されたのは僕のせいだ」と自分を責めておられました。
あのままイオ様が戻らなかったと思うと……想像するだけでも恐ろしいです。
イオ様が戻ってくると、かつて宮廷魔術師であられたワイス・アイン・ロックウェル様の手によって、すぐに公爵邸の敷地一帯に強力な結界が張られました。イオ様が飛んでいる姿を外から見えなくするためです。
ヨルン坊ちゃまにとってイオ様は大切な存在ですが、私たち使用人にとっても、イオ様はアイドルであり、救世主です。
日に日に大きくなっていく巨体ですら、愛おしくてたまりません。
ドラゴンがあれほどまでに美しく、人懐っこい存在だとは、イオ様に出会うまで知りませんでした。
ドラゴンは知性が高いというのは本当らしく、イオ様は普段から、私たち使用人を驚かせないよう、静かにゆっくりと動きます。鳴き声も控えめで、私たちの顔色をうかがいながら、まるで挨拶するかのように「ギャっ、ギャっ」と可愛らしく鳴きます。
イオ様が魔法で人間の姿になっている時は、お坊ちゃまの命令で男どもは近づけません。
清楚で可憐で、出るところは出ていて、目に毒だからです。
長い長い髪をおろした姿は、さながら天上の女神様のようです。
ヨルン坊ちゃまは旦那様に似て顔だけはいいので、イオ様の横に立っても見劣りはしません。
お坊ちゃまが成人になられた日、パーティーで踊る二人を見て、周囲の大人たちはうっとりとため息をついたものです。
それほどまでに美しい光景でした。玉の輿、もといヨルン坊ちゃまを狙っていたご令嬢方も、涙でハンカチを濡らしていたことでしょう。
もちろんイオ様はドラゴンで、ヨルン坊ちゃまは人間です。
常識的に考えれば結ばれるはずのない二人ですが、それでも願わずにはいられません。
どうかこのまま、二人が末永く一緒に、幸せになれますようにと。
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