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第十九話
しおりを挟むお昼寝から目を覚ますと、ヨルンは人間の姿に戻っていました。
ですから私も、魔法で人間に変えて欲しいと彼にお願いしました。彼と同じ姿で、並んで帰りたかったからです。人間をドラゴンに変える魔法は完成したものの、魔力の消費が激しい上にまだうまく使いこなせず、三回に一度は失敗するのだと、彼は笑って話してくれました。
「けれど夏に完成してくれて助かったよ。この時期、君はたいてい外に出たがるから、これで一緒にいられる」
ここ数か月、私はヨルンのことを避けていたので少し気詰まりでしたが、彼はまるで気にしていない様子でした。
それどころか上機嫌でニコニコしています。
高い岩場から下へ降りる時、当然のように手を貸してくれて、私の手を握りしめたまま歩き出します。ヨルンとは何度も手を繋いで歩いてきましたが、なぜだか急に恥ずかしくなって、私は彼の手を振りほどいてしまいました。
するとヨルンはショックを受けたように固まってしまい、
「……なんで……」
足を止めて私を凝視するので、反射的にしまったと思いました。
「違うんです、これは……」
正直に理由を説明しても彼は訳が分からないといった顔をしています。
「返事を待つとは言ったけど、君と離れたいわけじゃない。しばらく一人にしてあげたけど、まだ時間が必要かな?」
露骨に傷ついた顔をされて、私は焦ってしまいました。
こういう時は何を言っても言い訳にしかならない気がして、思わず言葉を飲み込んでしまいます。
少し前まで――二人ともドラゴンだった時は、言葉なんて必要ありませんでした。
ただ一緒にいるだけで分かり合える気がしたのに。
そこまで考えて、私はハッとしました。
そうだ、ドラゴンの時と同じように振舞えばいいのだと。
そうすれば誤解も解けるはず……。
この時の私は少しばかり混乱していたのでしょう。
後先考えずに思いつきを実行に移しました。
つま先立ちして彼と目線を合わせると、頬と頬とこすり合せて匂いを交換します。本当は思い切り彼に抱き着いて、抱きしめたかったのですが、そんなことをすればヨルンをしめ殺しかねないので自重しました。
突然のことに、ヨルンはびっくりしたように身体を強張らせていましたが、彼が動いて顔を傾けた瞬間、唇に柔らかな感触が当たり、今度は私のほうが驚いて固まっていしまいました。ヨルンは嬉しそうに微笑むと、瞬きせずに顔を近づけてきます。
二人の影が重なりました。
ですが、
「――痛ひ、れす」
なぜか下唇に噛みつかれています。
最初は甘噛みだったのに、徐々に強くなってきたので、軽く彼の胸を押してストップをかけます。
人間の時は私の方が遥かに力が強いので、難なく離れることができました。
「どうして噛むんですか」
「なんとなく。美味しそうに見えたから」
まさかヨルンに噛み癖があったなんて。
私よりもドラゴンに向いているのかもしれません。
「ところで、今のが返事ってことでいいんだよね?」
一体なんの話かと首を傾げる私に、
「僕をツガイとして受け入れてくれるんだよね?」
ヨルンの声は興奮のあまり上ずっていました。
もう後戻りはできないと思いつつも、私はなおも混乱した頭で首を横に振ったり、縦に振ったりしました。
一体どっちなんだと眉を寄せるヨルンに、
「もしもここで私が頷いたら、ヨルンのお父さんに顔向けできません」
「なぜそんなに父上のことを気にするの? 父上に嫌われるのが怖い?」
不機嫌そうな声を出して、また唇に噛みつこうとするので、慌てて顔をそむけます。
「私のせいで、ヨルンがお父さんに嫌われるのが嫌なんです」
「……父上にはもう話した。君の事情もね。先生が僕の味方をしてくれて、最終的にはお前の好きにしろと言われたよ」
確かにワイスさんにかかれば、ヨルン父の説得も簡単でしょう。
元より二人は信頼し合っているのですから。
「で、でも、屋敷の人たちの目もあるし……」
「もしかして使用人たちのことを言っているの? 彼らのことなんて無視すればいいさ」
ヨルンの悪い癖が出ました。
仕事熱心な執事さんや優しいメイドさんたちに対して、たまに冷たい言い方をするのです。
私の批難めいた視線に気づいたのか、彼は軽く咳払いすると、
「彼らのことを見下しているわけじゃないよ、ただ君があまりにも人の目を気にしすぎるから……」
しどろもどろに言い訳します。
私はため息をつくと、
「少なくとも……イングリットさんは、絶対に私のことを認めてくれないと思います」
母親の話題を出すと、決まってヨルンが落ち込んでしまうので、これまでは避けていたのですが、今回ばかりは我慢できませんでした。
ですがヨルンは顔色を変えず、強い口調で言います。
「あの人は子どもだった僕を捨てて家を出て行ったんだ。今さら口を出す権利はないよ」
ですが私は、どうしてもイングリットさんのことを悪く思うことができません。
きっとやむを得ない事情があったはずです。
思わず考え込んでしまった私は、その時浮かんだ、なんとも言えないヨルンの暗い表情に気づいていませんでした。
「けれどもしも、あの人が君の存在に気づいて、手を出すようなことがあったら……」
僕にも考えがあると小声で続けます。
「我が子に少しでも愛情があるというのなら、なおさら思い知らせてやる」
囁くようなその声が、私の耳に届くことはありませんでした。
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