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第九話 師弟
五
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政次郎の態度に激怒した土屋は、愛刀を鞘から抜いて政次郎の頭めがけて振りかぶった。
一見何も持っていない政次郎は、絶体絶命と思われて、傍にいた小姓たちは目をそらした。しかし、刀が政次郎の頭を割るようなことにはならなかった。
政次郎は素早く正座の状態から屈んだ状態に立て直すと、振り下ろされる刀のタイミングに合わせて一回転した。
「カキン」
という金属の高い音がして、土屋は想定外の事に背中から倒れた。
政次郎はあの一瞬で例の着物の袖にある隠し刀の鞘を抜き、相手の刀を弾いたのであった。
政次郎は上着の裏側から義光を取り出し、その刃を土屋の鼻先へと突きつけた。
「曲者だ!」
土屋の号令一下、屋根裏から忍が三名あらわれて、その一人が政次郎の顔を蹴った。政次郎は何とか空中で体勢を立て直し、義光を正眼に構えている。
「良いのか。土浦公。やめるなら今のうちぞ。」
政次郎の最後通告に、土屋は答えなかった。この場合の沈黙は断絶を意味する。
しばらくの間が開いて、忍の一人が袈裟懸けに切り下してきた。政次郎はそれを後方にかわし、体制が崩れたところを峰に返して、背中を打つ。おそらく忍は家中の中でも熟練のものであったのであろう。政次郎の業に、残る忍が固まった。
その隙に政次郎は間合いを詰めて、一人の顎を柄で打ち、もう一人は装束を切り裂いてしまった。
「殿ぉぉぉぉ!何事で御座いますか!?」
先ほどの家老が、藩主と政次郎の二人の身を案じて飛んできた。
「殿、これはどのような惨事で御座いますか?」
「この無礼者が、儂たちに襲いかかってきたのじゃ。」
家老は何がなんなのか事態の収拾がついていない。
「田村公、これはどういった経緯でございまするか?」
いくら物を知らない土屋も、『田村公』という単語は聞いたことがあるようだ。
田村公・・・田村徳川政秀。という、前嫡子・徳川家政の息子がいる事は、だんだんと場内の面々にも知れ渡ってきた。しかし、そのものが田村政次郎と名乗っていることを知っているものは、ごく一部の者たちだけだ。
「もしや、あなた様は上様の兄上の…家政公の、御嫡男…」
言いかけた土屋を、政次郎が睨む。
「いや。私は旗本の田村家の次男坊で今は武士ですらありません。ただの上野の町医者ですよ。」
その場にいた全員が政次郎にひれ伏している。
「これは、政秀公からの伝言である。」
政次郎はこの流れを利用して太郎の件を進めてしまうことにした。
「白井太郎は政秀公の代わりとして、この田村政次郎が預かることとなった。それから、このことは決して口外することが無き用に。もしもあった場合、上様からきつくお叱りが下されることであろう。」
政次郎は土屋に近づいて囁いた。
「いきなりの事で済まぬ。だが安心されよ。太郎の事はこの政秀、命を懸けて立派な剣士とさせていただこう。」
土屋は再び頭を下げる。
「太郎。帰るぞ。」
そういって、政次郎は屋敷を出た。もちろん、弟子もそれに連なっている。
一見何も持っていない政次郎は、絶体絶命と思われて、傍にいた小姓たちは目をそらした。しかし、刀が政次郎の頭を割るようなことにはならなかった。
政次郎は素早く正座の状態から屈んだ状態に立て直すと、振り下ろされる刀のタイミングに合わせて一回転した。
「カキン」
という金属の高い音がして、土屋は想定外の事に背中から倒れた。
政次郎はあの一瞬で例の着物の袖にある隠し刀の鞘を抜き、相手の刀を弾いたのであった。
政次郎は上着の裏側から義光を取り出し、その刃を土屋の鼻先へと突きつけた。
「曲者だ!」
土屋の号令一下、屋根裏から忍が三名あらわれて、その一人が政次郎の顔を蹴った。政次郎は何とか空中で体勢を立て直し、義光を正眼に構えている。
「良いのか。土浦公。やめるなら今のうちぞ。」
政次郎の最後通告に、土屋は答えなかった。この場合の沈黙は断絶を意味する。
しばらくの間が開いて、忍の一人が袈裟懸けに切り下してきた。政次郎はそれを後方にかわし、体制が崩れたところを峰に返して、背中を打つ。おそらく忍は家中の中でも熟練のものであったのであろう。政次郎の業に、残る忍が固まった。
その隙に政次郎は間合いを詰めて、一人の顎を柄で打ち、もう一人は装束を切り裂いてしまった。
「殿ぉぉぉぉ!何事で御座いますか!?」
先ほどの家老が、藩主と政次郎の二人の身を案じて飛んできた。
「殿、これはどのような惨事で御座いますか?」
「この無礼者が、儂たちに襲いかかってきたのじゃ。」
家老は何がなんなのか事態の収拾がついていない。
「田村公、これはどういった経緯でございまするか?」
いくら物を知らない土屋も、『田村公』という単語は聞いたことがあるようだ。
田村公・・・田村徳川政秀。という、前嫡子・徳川家政の息子がいる事は、だんだんと場内の面々にも知れ渡ってきた。しかし、そのものが田村政次郎と名乗っていることを知っているものは、ごく一部の者たちだけだ。
「もしや、あなた様は上様の兄上の…家政公の、御嫡男…」
言いかけた土屋を、政次郎が睨む。
「いや。私は旗本の田村家の次男坊で今は武士ですらありません。ただの上野の町医者ですよ。」
その場にいた全員が政次郎にひれ伏している。
「これは、政秀公からの伝言である。」
政次郎はこの流れを利用して太郎の件を進めてしまうことにした。
「白井太郎は政秀公の代わりとして、この田村政次郎が預かることとなった。それから、このことは決して口外することが無き用に。もしもあった場合、上様からきつくお叱りが下されることであろう。」
政次郎は土屋に近づいて囁いた。
「いきなりの事で済まぬ。だが安心されよ。太郎の事はこの政秀、命を懸けて立派な剣士とさせていただこう。」
土屋は再び頭を下げる。
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そういって、政次郎は屋敷を出た。もちろん、弟子もそれに連なっている。
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