帯刀医師 田村政次郎

神部洸

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第十話 祝言

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「ただいま戻った。」
政次郎は約束通り、いつもより一刻程早く帰ってきた。
家の主人の帰りに対して、出迎えは無かった。それは良いのだが、家の奥の方からお花の怒号が聞こえる。
 台所だ。台所から聞こえる。太郎はまだ生きているだろうか。

「ただいま…戻ったぞ…」

恐る恐る台所の戸を開けると、お花が太郎を𠮟りつけていた。

「お花、いかがした。」

「太郎殿が仕事をさぼって遊び惚けておりましたんで叱っているのよ。」

太郎は、政次郎の家に住む代わりに剣術と医学の勉強が義務づけられている。さらに、お花からも家事の一部を任されていた。

「まあ落ち着け、一度太郎の話も聞いてみようではないか。」

政次郎はお花をなだめ、太郎から話を聞くことにした。

「私は、力不足でした。」

太郎は神妙な勢いで話を始めた。居間に移動した三人だったが、静かなその場所がより一層気味悪さを引き立てた。

「あの時、私はやっと見つけた父の仇を師匠によって打ち損ねてしまいました。」

「あれは申し訳ない。てっきり斬り捨て御免なのかと勘違いした。」

「私はその後、奴の家と職場を見つけ出し、決闘を申し込みました。しかし、あの時の仇は、まるで動きが変わっていました。初めて会った時の動きは、もっと素早くもっと力強かった。」

太郎は下を向いた。目には涙が浮かんでいることだろう。

「もう良い。今日はそれより外で夕餉を迎える予定だろう。まだ時間はある。支度せい。」

政次郎は話を切り上げて二人にも支度をさせた。おそらく太郎は、自分の弱さに嘆き外で自分なりに動てきたのだろう。政次郎にはそれが分かった。

政次郎も、本来なら徳川剣術を極める身だが、分け合って医創流を継いでいる。

自分もいつか、太郎に秘伝を教え継ぐ日が来るのだろうか。まだわからない。

なんだか今日は、夏だというのに冷たい風が吹いているような気がする。
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